変わらない話


「おかえり、ある……」
「光忠さん政府から手紙来てない!?」

挨拶すら遮って、私は叫ぶ。私の行動に光忠さんは驚きながらも、「ああ、来ているよ」と丁寧に答えて、無機質な茶封筒を差し出してくれた。
はさみを探すのすら手間が惜しく感じて、びりびりと手で破く。光忠さんが困惑した声で「主……?」と呼んでいるが、答える暇はない。中身を取り出し、封筒を乱雑に投げ捨てる。嫌みなまでに丁寧に織り込まれたその用紙を荒く開けば、文面は先ほどタイムラインで確認したものと全く同じ内容だった。

「……主? 本当に、どうし」
「光忠さん」

きっと、困って居るであろう光忠さんに、私は一言だけ、声を掛けた。

「みんなを、広間に集めて。最優先命令です」


私が居ない間は、当然だけど出陣もない。内番にあてられた子達が仕事をしているくらいなので、ほんの10分もすれば全員が広間に集まっていた。急な招集に困惑を隠せない様子のみんなを見渡して、私はひとつ、ため息をつく。
誰かが、光忠さんに何の招集か聞いていたが、彼も困ったように首を傾げていた。

「急に招集してごめんなさい。どうしても伝えなきゃいけないことがあったから、最優先で集めて貰いました。大事なことだから、しっかり聞いてね」

私が何を言おうが、彼らが何を言おうが、きっとこれはもう、変わらない。だったら私は、事実を伝えることしか、出来なかった。

「明日、池田屋の三条大橋の先のステージが開放されます。といっても、まだ池田屋にすらたどり着けてないから先のことだけど、頭に入れておいてね。それと、打刀と脇差の連係攻撃、『二刀開眼』も使えるようになるから、同じ部隊に配属された打刀と脇差は、戦略の幅が広がると思います。これからの進軍に役立ててね」

そこまで言って、私は息を飲む。ここから先の言葉を言うだけなのに、言葉が喉に張り付いたような感覚すらした。

「主、それが最優先で伝えなきゃいけなかったことかい?」

光忠さんの声に、私は、どう言葉を出すか迷って、結局笑った。笑ったけれど、光忠さんの顔が少し歪んだから、きっと笑えていなかったんだろう。
視線を、紙に戻す。二枚目の、この言葉を、伝えるために。
からからに渇いた喉で、口で、文面を、読み上げる。

「……、『和泉守兼定』、『大倶利伽羅』、『同田貫正国』。以上三名、明日より刀種区分が太刀から打刀に変更になります」

しん、と、まるで音の一切が無くなったような静けさが通り過ぎて、一気にざわりと困惑の声が広がる。該当する三人は、ただただ、目を見開いて固まっていた。


いくつもの言葉が発されては消えていく広間で、いつの間にやらその声は段々と静けさを取り戻していく。それぞれ、当人も、周囲も、思うことはたくさんあるだろう。私ですら困惑した。まして彼らならなおさらだ。

「刀種変更、ということは、つまり、兼さんの過去が、彼らに変えられた、ってことですか?」
「違う、と思う。たぶん、今以上に信憑性のある資料が見つかったんだと、それに即したんだと、私は思っている。そもそも、貴方たちの過去が変えられたとしたら、それは審神者である私たちが真っ先に察知してしまうはずだから」
「それも、そうですよね……」

審神者は、歴史を守るために戦う。つまり、正史をしっかりと把握し、差異や齟齬を見つけ出して修正しなくてはならない。自身の知る歴史に差異が発生したとき、本丸に居れば、感覚的なものだが掴める。
ついでにメタ視点になるが、和泉守兼定の打刀化は、堀川との二刀開眼の為もあると思うんだ。

「一応、刀としてのステータス、つまり貴方たちの強さは、今までと変わらない、と言われている。少し今までよりも良くなる部分もあるみたい。刀種が打刀に変更になったことで、今まで装備が不可能だった遠戦用の刀装が付けられるメリットもある。また、打刀だから、夜戦や屋内戦でも活躍が可能になる。新ステージは屋内戦らしいから、つまり、太刀でありながら夜戦や屋内戦、遠戦に対応できるようになった、ということだね」

本当に、自分でも言葉にしていながらどういうことなのか全く掴めない。けれど、不安を抱えて居るのは私だけじゃない。みんなだってそうだと思うし、不安ならむしろ、該当する三人の方が、もっとずっと大きいだろう。

「政府からの通達は、これで全部です。……色々、言いたいことや分からないこと、きっと私以上に、みんなの方があると思う。……それでも、明日は来るし、明日が来たらそれで出陣しなきゃいけないことに変わりはない。だから、明日も、いつも通りに、出陣します」

私に出来ることは、この本丸で、みんなと過ごし、仕事をこなすことだけだ。ようやく色々軌道に乗ってこなせてきたかと思えば、政府は突拍子もないものをガンガン落としていくけれど、だからといって投げ出しても何も変わらない。

「三人が太刀だった事実も、この本丸で、頑張ってきたことも、無くなる訳じゃ無い。少し、政府が手を出してくるだけ……、だけって言い方じゃ全然収まらないんだけどね。でも、三人の過去が変わる訳じゃ無い。だから、明日からも、よろしく、お願いします」

ば、と頭を下げる。政府の代わりという訳では無いが、現世で、ゲームをプレイしていた身として、謝らなければいけないと、そう思った部分もあった。私自身が後ろめたく、はっきりと正面からよろしくと言い切る自信がなかった部分もあった。

「おいおい、主がんな簡単に頭下げんなよ」

けれど、少しばかり呆れたような声にゆるゆると顔を上げれば、不敵に笑う和泉守さんが居て。兼さん、と、隣に居た堀川くんから声を掛けられても、彼の笑みは強気なままだ。

「打刀上等だ。むしろ今まで国広達の夜戦を見てるだけで、もどかしかったんだ。戦場が広がる。今まで通り身体も動かせる。すこーしばかり変わるところがある、つったって、別にあんたが居なくなる訳じゃねぇんだろ?」
「え、あ、うん、私は、明日もここの審神者だけど……」
「なら、それで良い。上があれこれ言おうが、俺たちを弄くろうが、あんたが俺たちの主なら、俺は、俺が選んだあんたに付いて行くだけだ。むしろ、今まで以上の采配を期待するぜ?」

最後に、口の端を釣り上げて笑うものだから。彼の言葉が、じわりと染み渡るように響いて。絶対的な信頼感が、そこにあって。

「っておい!? 泣く程だったか!?」
「っ、うー……!」

ぼろぼろと、思わず零れる涙を拭っても、止まる気配はない。慌てふためく和泉守さんを、堀川くんが苦笑しながら対応している。私の方には光忠さんが、堀川くんと似たような苦笑いを浮かべて、タオルを差し出してくれた。素直に受け取り、顔を埋める。

「もう、主。そんなに泣く程和泉守くんの言葉が嬉しかったの?」

光忠さんの言葉に、和泉守さんの動きがぴたりと止まる。私の言葉を待つように、恐る恐るこちらを伺う様子が、先ほどの自信に溢れた様子とは全然違っていて。タオルで隠れた口元が笑ったのは、きっと光忠さんには気付かれている。

「……、兼さんが、兼さんが格好いいとか嘘だー!」
「んだとぉ!?」

ぼふ、とタオルに顔を埋める真似をすれば、どっと笑いが起きる。手を振り上げて怒った様子の和泉守さんも、それを宥める堀川くんも、はやし立てる周りも、きっとみんな分かってやっているんだろうと思うと、自然と笑いが込み上げてきた。
まだ少し涙で歪んだ視界で、広間を見渡せば、刀種変更を告げたときよりもどこか表情を和らげて、大倶利伽羅さんは鶴丸さんと、正国さんは御手杵さんや蜻蛉切さんと話している。最後に和泉守さんに視線をやれば、「しょうがないなこの主は」、と言いたげな笑みを浮かべていた。
まだまだ、悩むことも考えることも多いけれど、この本丸でなら、私は明日からもずっと、頑張れる。
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