半年目の話


「検非違使討伐お疲れ様。被害状況はどんな感じ?」
『和泉守兼定と一期一振が軽傷だ。加洲清光が傷こそ無いが刀装を1つ持って行かれた』
「ありがとう。……マップ的に進軍状況はまだ序盤の方か……。この先の進軍で検非違使に遭遇しないとは言えないし、よし。じゃあ大倶利伽羅、進軍はそこまで、引き上げてください」
『……まだ、行けるが』
「そう言って進軍して検非違使に連チャンしたことがあるからね。損傷軽微ならまだしも、軽傷からは一発で破壊まで持って行かれる可能性があるから、それを考えると進軍させたくないの。敵のレベル的にも上限60帯に対して君たちの平均は50そこそこ。それに、戦場に絶対がないのは、君たちの方がよく解っているでしょ?」
『……。了解した。直ぐに戻る』
「はい、よろしくお願いします」

大倶利伽羅さんとの通信を切って、机上に散らばった書類へと目を通す。既に二軍も検非違使に遭遇し、怪我を負って帰還している。今回もそうだが、陣形有利にもかかわらず検非違使へのダメージが通っていない。編成が悪いのか、たまたま今回当たった敵が強かったのか。
検非違使は部隊のトップレベルに合わせて出るとはいえ、厳密に同じレベルで出てくる訳じゃ無い。「レベル帯」で編成される以上、格上の相手と当たるケースもざらだ。今回は運悪く、二回ともそうだった、と見ている。

「第三部隊も帰還か。……今回の出陣はぼろぼろだね」
「全くだわ。いつもならここまで検非違使に後れを取らないんだけど……。何か別の理由でもあるのかな」
「敵も強くなっている。レベル上げ、とはいえ、部隊の編成を見直した方が良いのかもしれないね」
「ああ……。確かに、短刀じゃあ長槍は会心が出ても一撃で沈められないのよね。まして刀装も硬いし」
「うまく脇差しの攻撃が当たればいいけれど、戦場で、まして検非違使相手に余裕を持って戦うなんて難しいからね」
「むぅ。それと刀装も原因かな。遠戦に拘って並刀装ばかり持たせてたから威力が持たなかったのかも」
「その辺も含めて、改めて編成と今後の進軍について考えたらどうだい?」

歌仙さんの言葉に頷いて、書面とパソコン画面へと視線を戻す。ネット環境は「無駄に未来の知識を持ち帰られても困ります」ということで、2015年の私が見られる範囲でしか閲覧できないようになっている。つまりこのパソコンは時代が違っても私の部屋にあるそれと同じ物体だと認識している。そのおかげと言うべきか、このゲームの攻略wikiも見ることが出来るので、本当にブラウザゲーと同じように攻略を進めることが出来て助かっている。
ブラウザのタブを行き来しながら、手頃な紙に色々と書き付けていく。部隊の再編をするならば。誰を入れるか。進軍先は。部隊の平均は。
頭を悩ませていると、隣で歌仙さんがくすりと笑う声がした。不思議に思って彼を見やれば、穏やかな目で私を見ている。

「どうかした、歌仙さん?」
「ふふ、いや。随分と成長したものだと思ってね。審神者を始めた頃は、少しの傷でもすぐに撤退指示を出していただろう? 僕たちとしてはそれこそ、さっきの大倶利伽羅じゃないけれど、『まだ戦える』、って思ったりもしたものだ」
「ああ……。何せ勝手が全然分かってなかったからね。それに、今みたいにきちんとレベル管理してなくって、むしろ今よりも無茶な進軍してたよあの頃は。お陰で一度引き返したしね」
「ああ! そんなこともあったねえ。確かに、あんな進軍をしていたんだ、多少の怪我で引き返すのも安全策の1つではあるかもね」

楽しげに歌仙さんが笑う。笑い事じゃないけどなあ、とあの頃を思い出しては苦い顔をする私に、ますます彼の笑みは深くなるばかりだ。

「……そんなに笑う程何かおかしい?」

笑みが綺麗な歌仙さんに、思わず拗ね気味にそう尋ねると、歌仙さんは軽く目を見張ってから、ふにゃりと笑った。

「いいや、そんなこと。……ただ、君の手を取ってから、今日に至るまで。色々あったなあと、思い出にふけっていただけさ」
「……」

幸せそうに笑う歌仙さんに、私は言葉を無くす。彼は笑っているが、楽しいことばかりじゃなかったことは、私は良く覚えていた。
戦場の基準レベルを見ずに進軍して大怪我をした。三日月欲しさに、検非違使にも構わず進軍させて、結果破壊寸前まで追い込んだ。一番長くそばに居る彼は、私のむちゃくちゃの被害を一番被ったと言っても過言ではない。それでも彼は、笑っていた。
私の後悔や不安を見透かしたように、歌仙さんは諭すように言う。

「確かに、楽しいと言えることばかりではなかった。無茶な命令に従って、ここで折れるかという覚悟をしたこともあったさ。それでも僕は、あの時君の手に握られたことを、間違いだったとは思わない。……間違いだったと、言わせない」

ぽふぽふ、と頭を数回撫でられ、その手が私の手を取り握る。彼の眼差しは、どこまでも柔らかく、温かい。

「この手に呼ばれ、この本丸で、君の初期刀として過ごせることを、僕はとても楽しく思っている。君の最初の相棒になれたことを、とても誇りに思っているよ。何せ、こうして君の成長を見つけて褒められるのも、最初の最初から共にいる僕の特権というものだろう?」

一番近侍が長い光忠さんでもなく、初めて鍛刀した前田くんでもなく。一番最初、審神者とは何か、刀剣男士とは何か、右も左も分からないまま、迷いに迷って手にした初期刀。彼を手に取ったその時から、私と彼は、始まった。

「まあ、実際に君の手をこうして握ることが出来るようになったのは、つい最近だけれどね。それでも、僕が君の初期刀であることに変わりはないし、君のことを全て見てきた刀剣男士は、僕だけだ」

歌仙さんと視線が絡む。花緑青の瞳が、仄かに輝いた気がした。

「半年間、お疲れ様。そして、これからもよろしく頼むよ、主」
「……っ、うんっ……!」

初めの一歩の、二人三脚。例え近侍が変わっても、心に寄り添っているのはきっと、これからもずっと、歌仙さんなんだろう。
うっすらと眦に浮かんだ涙を、歌仙さんの指が拭う。「ほら、大倶利伽羅たちが帰ってきたよ、手入れをしてあげるんだろう?」、苦笑しながら言われたそれに、私は少しだけ乱暴に涙を拭って立ち上がる。
大倶利伽羅さん達を迎える声を遠くに聞きながら、彼らの方へ駆け出そうとして、立ち止まり振り返る。

「こっちこそ、半年間有り難う! これからも、ずっとずっとよろしくね、歌仙さん!」

言ってから、恥ずかしくなって彼の顔を見ずにかけ出す。流石に二十も半ばを過ぎてあれは小っ恥ずかしい。けれど、紛れもない本心だった。
ようやくか、まだか。半年という期間に思いを馳せながら、私は今日も本丸での日々を過ごしていく。
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