久しぶりの話


うっかり、……いや、うっかりでは無いのだけど。いろいろあってオフでの仕事を溜め込みすぎて、「24時間働けまっす!(血涙)」とか言いながら休日出勤したがために、今回の土日は本丸へ出勤することがかなわなかった。行こうと思えば行けたんだろうけど、ちょっと疲労困憊だった。パソコン起動する気力すら無かった。すまん。12連勤だ許せ。月曜までに済ませておかないといけなかったんだ……!
本丸に行ったらまず謝らないといけない。何せ休むことを伝えていなかった。それも2日も。いくら「ご自由に、都合の付くときだけで良いですよ」、という契約だったとしても、毎日顔を出して、そのたびに待ちわびていたと言いたそうな笑顔を見ていれば、無断で休むというのは頂けない判断だった。心配を掛けたかも知れない。怒っているだろう。まずは近侍に会って、それから、と、怒られる子どものような気持ちを味わいながら、仕事とは真逆だなあと自虐する。いつものように、IDとパスワードを入れて、ふっと瞬間浮遊する感覚。目を閉じて、再び開けば、そこは見慣れた本丸の執務室。

「……あれっ」

のはずだが。いや、確かに執務室ではあるのだけれど。いつもは明かりが付いていて、近侍の光忠さんが待っていてくれているはずなんだけどなあと、うっすら照らされた部屋を前に考える。この部屋の光源は、今し方私が移動に使ったパソコンの光ばかりで、他には、障子越しの月明かりがほんのり見えるくらいだろうか。
……もしかして、顔も見たくないってレベルで怒られただろうか。それは、……確かに私が悪いが、許して貰えるだろうか。
そう、と部屋の障子戸を開けば、遠く、広間の方からは声がする。一応、みんな居るのだろう。
やっぱり、2日も空けてたら「今日も来ないだろうな」って思われたのかも知れない。うん、すまん、私の怠慢だ許して下さい。
出迎えが無いのがこんなに寂しいとは思わなかった。光忠さんは、ここで、来ない私をひたすらに待ち続けてくれたのだろうか。2日も。
それでも、何か言わねばと、広間の方へ足を向ける。ぎしり、ぎしり、踏み出す度に縁側の板が鳴いた。

広間にほど近い縁側に、誰かが腰を下ろしている。夜の背景色に紛れ込みそうな、その衣服の色は。

「……三日月、さん……?」
「ん、おお、主か。なんだ、随分久しく感じるなあ」

はっはっは、と鷹揚に笑って、彼は緩く手招く。「ほれ、近う寄れ」、との言葉に、それログインボイスー! と内心叫びながらゆっくりと近づき、隣に膝をつくようにして屈んで目線を合わせれば、す、と伸びてきた真っ白な腕が、指が、頬を捕らえ、て。


「ぃぎぎぎぎぎ!」
「それで、何も言わずに2日もこちらに来なかった理由は聞かせて貰えるのだろうな、主殿? ん?」

ぎゅうううう、と容赦の欠片も無い、剣を振るう刀剣男士の力でめちゃくちゃ頬をつねられた。痛い。めっちゃ痛い。

「はっはっは、餅のように伸びるぞ、食べたら美味いか?」
「ひ、ひた、ひかふきさ」
「よく聞こえんなあ、なんせじじいでな」
「むぎぎぎぎ」

こいつ、そらっ惚けやがって……! 主殿の頬は肉付きが良いなあ、って、お前さりげにそういうとこ! 指摘しないで貰えますか! 肉体ダメージに加えて精神ダメージもとかいくない! 辛い!!
ぺしぺしと頬をつまんでいる腕を叩いて抗議していたら、どたどたと夜の静けさを割って激しい足音が聞こえた。誰だ、と涙の浮かぶ目で音のした方を見やれば、随分と慌てた表情の光忠さんが現れた。普段からころころとよく表情の変わる人ではあるが、ここまで焦りをあらわにした表情は珍しい。

「主の声がするからもしかしてと思って来てみれば……!」

未だつねられた頬で、「ひふははさん」、と発音がままならないまま名前を呼べば、彼は、へにゃりと相貌を崩した。

「……ああ、もう、君って人は……!」

ようやく離された三日月さんの手に、頬がひりひりと痛む。間を置かずに、光忠さんの手がそこに触れた。手袋が温かく感じる。

「みんな、待ってたよ。……顔を、見せてあげて」
「ああ、どれ、ならば俺も一緒に広間に戻るとするか」

よいせ、と声を上げて立ち上がる三日月さん。光忠さんが、開いた方の手で私の手を取って立ち上がらせてくれた。するり、頬を一撫でして、さあ、と促す。右に三日月さん、左に光忠さんを伴って、私は広間へと向かった。



「あるじぃぃぃぃ! 良かった、良かった来てくれたああああああ!!」
「びょっ、病気じゃ、ないかって、うえぇぇぇ!」
「あー、あー……、ごめんなさい……」

光忠さんに先導されるままに広間のふすまを開けて顔を出せば、全員が揃っていた広間は一瞬にして静まりかえり、その後お前達標準で小雲雀装備なの? ってスピードで抱きつかれ、もとい、突進された。腹筋とか諸々がダメージ受けた。甘んじて受けよう……っ!

清光くんと安定くんが涙目になりながら抱きついてきたり、ちょっと遠くで山姥切くんが、捨てられたわけじゃ無かったんだな、ってどこか安心したように呟いてたり、短刀くん達には、病気でもう来られなくなったんじゃないかと心配した、と泣かれ、不謹慎だが必要とされていることが嬉しかった。

「それで? どうして2日も来られなかったの?」

寂しさを紛らわせるために皆で宴会してた、と聞けば、それを咎めるなんて出来なくて。すっかり出来上がっちゃっているみんなに今から出陣しろとは言えず、今日は帰る前に鍛刀・刀装日課だけこなしていくかと予定を練り上げていたところ、隣に光忠さんが座って、度数の低いお酒を出してくれた。こくりとグラスを傾けてちびちびと飲みながら、真相を零す。

「いやぁ……、仕事がね、手際悪くて溜め込んじゃってさ。土日出て消化してたから、ちょっと本丸に来れるだけの気力が残っていなくってね……ごめんね」
「いや……、そうだね、君の生活に関わる事情なら仕方が無いさ。ただ、一言言付けてくれれば、と思わなくはないけれどね」
「はは、ごめんねー。今度からは気をつけるよ」
「今度がない方が嬉しいんだけど」
「それもそうだ」

くい、と酒を呷る。アルコールがうっすらと喉を焼く感覚。連勤の疲れがどっと押し寄せてきたようだった。いかん、疲れた身体に酒はいかん。

「……主、眠そうだね」
「んー……、ん……」
「もう、ほら、……おいで」

ぽすぽす、膝を叩く光忠さんに、近づいて寄り添えば、背中を支えるように腕が回される。肩に頭を預けるように寄りかかれば、段々と眠気が襲ってきて、瞼が重くなる。

「日付が変わる頃には、起こしてあげる。明日もまた、仕事でしょ?」
「うん……」
「だからほら、今は休んで。ね」

広間の喧噪が遠くなり、触れる仄かな熱が、眠気を助長する。ああ、今日は、良い夢が見られるかも知れない。

「おやすみ、また明日、一緒に頑張ろう」

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