夏の話


「ふぅ……こんなものかなぁ……!」
「ああ。これで過ごしやすくなるね」

障子を全て取っ払い、代わりにつり下がるのは涼しげな簾。普段開け放している障子のところは、くるくると巻き上げて上で留めておく。吹き抜ける風が、簾を通して入ってくると、随分と室内の温度も違うだろう。

「主、これも忘れちゃいけないよ」
「あ、風鈴! ふふ、そうだね、夏に縁側に風鈴って、ちょっと憧れだったんだあ……」

歌仙さんが差し出す手には、紙のクッションに包まれて、小綺麗な箱にちょんと収まっている風鈴があった。お願いして良いですか、と尋ねれば、勿論、と二つ返事で承ってくれた。

「こうして主のお役に立てるのならば、身体が大きいというのも吝かではありませんね」
「ほんと、太郎太刀のお陰で簾取り付けるのすぐに終わったからな! ありがとな!」
「いえ、お礼を頂く程のことではありませんよ」

歌仙さんが風鈴を設置してくれる横で、太郎さんと獅子王くんが話しているのを聞いていた。


博多くんを迎え、貯まったお金で夏の景趣を購入した。もちろん、季節は向こうの四季と連動しているから、こちらは梅雨時期になる。今日は珍しく梅雨の晴れ間という日で、空は綺麗に澄み渡っており、明日から雨とは到底思えない天気だった。
せっかくだしと景趣購入の特典を探してみれば、夏の景趣の特典は、簾と風鈴だった。わざわざ政府に申請せずとも、景趣購入で一緒に付いてきたのだろう。しかもおあつらえ向きに今日は晴れている。これからの梅雨時期、障子ではいささか蒸し暑い日もあるだろうと、一軍を筆頭に本丸の刀を総動員して障子を簾に変える作業を行った。
殆どの刀が揃ってる当本丸では、大太刀や薙刀、槍といった、身長の高い人たちを中心に、てきぱきと作業が進められていく。一軍にはよく使う私の執務室周辺を真っ先にやって貰ったのだが、作業の早いこと早いこと。あっという間に完成して、もう他のところに手伝いに行っても良いくらいだ。

風鈴が、風に揺られて涼しげな音色を奏でる。身に染み入るようだ。

「これが憧れ、か……。主の時代じゃあ、これは出来ないのかい?」
「出来なくは、無いだろうけど、まず濡れ縁がある家が珍しいよね、今は。洋風の建物ばかりで、中と外が明確に区切られているっていうか。だから、かなあ、本丸って、今居る部屋と、外が繋がってる感じで凄く広く感じるっていうか……」
「そっか」

いつの間にか隣に立っていた光忠さんに尋ねられ、私は自分の家を思い出しながら伝える。だからだろうか、余計に憧れが募るのは。

「まあ、こっちだってもう一つの家だと思って、気軽に帰ってきてくれて良いんだがな。むしろ住んで欲しいくらいだ」
「あっはは、流石にそれは無理だなあ、向こうでの仕事もあるしね」
「……ま、そういうと思ったぜ、主は」

さらに後ろから鶴丸さんの声もする。それにしても、障子を簾に変えるだけで随分印象が違うな、といわれた。本当にそうだと思う。

「ほら、主。風鈴付け終わったよ。鉄の風鈴に比べたら随分と脆そうだと思ったけれど、硝子というのは見た目にも涼やかで良いものだね」
「でしょう? 今度ここで冷たいお茶飲みながら冷菓でもどうかな、歌仙さん」
「良いね、それは是非ご相伴に与りたいところだ」
「なっ、おいおい、歌仙だけ優遇されすぎじゃないか、主」
「えー、だって鶴丸さんと一緒だと風鈴の音を楽しむ間も無さそう」
「俺だってそれくらいの雅を解する心はあるつもりだぜ?」

ほんとかなあ、なんてからかえば、こいつっ、と頭をぐりぐりされる。じゃれ合うように叩いたり擽ったりとしていると、主さーん、と呼ぶ声が聞こえてきた。

「主さん、他のところも殆ど終わったみたいですよ、全部終わったらおやつにしましょう、今日は僕が腕によりを掛けてあんみつを作ってますから!」
「ふふ、有り難う堀川くん! 楽しみにしてるね!」
「はいっ!」

堀川くんの作るおやつは美味しい。さあて、と私の部屋の周りでそれぞれ作業を終えた第一部隊の面々を見渡して、次の指令を下すことにした。

「さ、終わってないところを手伝いに行こう、そんで、終わったらみんなでおやつ食べよう!」

異口同音に上がる肯定の声を浴びて、太陽にも負けないくらいに、私は笑った。
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