よろしくの話


草木も眠る丑三つ時も近づこうかという頃、私たちは、地下50階に到達していた。


「ふあぁ……」
『何だ大将、眠いのか?』
「そりゃあ……、既に2時近いもん、眠いよ」
『無理せず、明日に回しても良かったでしょうに』
「でも、会いたいじゃない……ここまで来てあと一階で撤収ー、なんて、私も嫌だし、みんなも嫌でしょ」

待ち焦がれていたのは、本丸の誰もが知っている。強行軍だと分かっては居たが、行かずには居られなかった。

「それに、みんなが頑張ってくれてるのに、私だけ眠るなんて嫌だ。せっかく今日は本丸に泊まり込むつもりで用意したんだもの、今日は、っていうかもう日付変わっちゃってるけど、博多くんが来るまで眠らないからね! 眠いけど!」
『最後の一言がなけりゃあ、格好良かったんだけどな、大将?』
「うるっさいー! ほらほら最深部までもうちょっと! 頑張れ!」

がりがりと、大阪城の地下を掘り進む、もとい、進軍する。敵も強くなっては来ているが、残念、カンストまで折り返しを迎えた彼らの敵ではない。
高速槍が若干厄介だが、練度の差からかものともせず進軍する姿は、短刀ながらに頼もしい。

既に上層階では第四部隊を中心に練度を上げ、おかげで全員特付きになった。ポケモンかな? とか考えながら進軍したとはちょっと言えない秘密である。残り数階を、途中休憩を挟みながら進軍し、目的地の50階へ到達する。既にマップは10階層ごとに変化するのは承知済みなので、残り戦闘回数の計算も簡単だ。このまま進軍しても、損傷軽微で目標は達成できることは目に見えている。

『戦闘終了、この階層で6回目ですね』
「お疲れ様です、一期さん。では、次が最終戦ですね、これを制すれば、博多藤四郎くんが見つかります。お願いします!」
『ええ、勿論です。ご期待に応えましょう』

こんのすけは、この階層に入った時に「敵が強い」、と進言していた。前田くんが軽傷だが、ここまで来て急に敵が練度を上げてくるとは思えない。メタ思考だが、ここで敵が強くて倒せないのなら、誰でもチャレンジ! は嘘偽りになるからだ。それに、ここまで刀装はあれど乙以上の敵が居ないことを見ても、まあ、敵のレベルは窺い知れるというものである。
居ても、50を越えてるしまあ問題なかろうとは思うのだが。

実際、敵は乙ばかりで固めており、高速槍さんの攻撃で体力を削られたものの、それこそかすり傷レベルのもので、あっという間に敵の殲滅は完了した。

『よっし、終わったぜ、大将』
『俺が誉れを取りましたよ! 褒めて下さい、主!』
「はっは、鯰尾くんさっすが!」
『僕も、僕も頑張りました!』
『それを言うなら僕だって、たくさん弓矢で敵の刀装をはがしましたよ!』
『ぼ……僕も、頑張りました……!』
「うんうん、秋田くんも前田くんも、五虎退くんもお疲れ様! ちゃんと見てたよ、みんな頑張ったね」
『あ、ありがとうございます、主君!』
『えへへ……嬉しいなあ……』
『ありがとう……ございます……!』

やっぱり粟田口は天使だ。可愛い。
和んだところで、少し奥へと進んで貰う。敵の総大将を倒したその奥、小部屋には、大判小判がざっくざく、というやつだった。今までちまちまとフロア制覇ごとに一定額が落ちていたが、それの比じゃあない。ざっと……何倍だろうか。

『すげぇ……今までのフロアの合計分……いや、それほどじゃあないか……?』
『一万……くらいでしょうか……』
「まじか……、大金持ちだな、夏の景趣待ったなしだわ」
『主、景趣とは?』
「あ、ごめんこっちの話」

こちらには四季がちゃんと存在しているので、景趣とは全く意味が無いに等しいのだが、購入特典はあるらしい。実際に本丸のパソコンから購入できるとか。未だ一枚も景趣持ってないけど、夏は買うつもりなのでそれから色々見つけてみればいいと思う。

「それで、どう? 博多藤四郎は見つかりそう?」

確実にあるはずなので、見つかるとは思うのだが。少し不安になって尋ねてみれば、ごそごそと宝物庫を探っていた一期さんが、あ、と声を上げた。

『ああ……ありました、これです。吉光の、短刀ですなあ……』

愛おしそうに、拾った短刀を見つめる一期さん、嬉しそうに顔をほころばせる薬研くん。どれだどれだと、一期さんに寄っていく、鯰尾くん、秋田くん、前田くん、五虎退くん。
ああ、良かった。無事、迎えることが出来た。

「はい、喜んでるところ悪いけれど、帰還をお願いします。……こっちも、みんな待ってるよ。早く顕現させてあげたいね」
『ええ、よろしくお願いします、主』

隠すこともせず弾んだ声の一期さんに、私は笑った。


「俺の名前は博多藤四郎! 博多で見出された博多の藤四郎たい。短刀ばってん、男らしか!」
「いやー本当男前! 九州男児! 博多弁良いね! 初めまして博多藤四郎くん、私が君の主です!」

おおー、主さん! よろしくお願いするばい! と朗らかに笑う小柄な、……いやうん、やっぱり結構身長高い、同じくらいある。男士の中では小柄なんだろうけど、くっそ、本丸は私に優しくない! 主に私の首に優しくない!
ともあれ、博多藤四郎くんを無事にお迎えすることが出来た。彼は今、私の後ろに控えていた粟田口にもみくちゃにされている。可愛い。

「それにしても君、さっきまでの眠気はどこに行ったの……嫌にテンション高いじゃないか」
「ははは、楽しみだったからなー、二日で来るとは思わなかったわ」
「強行軍も程々にね。今日ばかりは、一期さんも彼らの夜更かしを許可してたけど」
「ふふー、だから明日はお昼まで寝かせてね」
「いつものことじゃないか……」

近侍の光忠さんと言葉を交わしつつ、満面の笑みを浮かべる粟田口を見やる。家族が増えるのは良いことだ。さて、明日からは51階以降の博多くんレベリングチャレンジである。
ほっこりしていると、粟田口流の大歓迎から抜け出してきた彼が、私の前に来て、にぱりと笑った。

「主さん主さん、兄弟に会わせてくれてありがとう! めっちゃ嬉しかとよ! 俺、頑張るけん、いっぱい使って欲しか!」

喜びをめいっぱい浮かべた笑顔に、私もつられて笑顔になった。

「うん、うん、こちらこそ、来てくれてありがとう博多くん! こっちも嬉しかよ! 私も頑張るけん、一緒に頑張っていこうね!」
「え……?」
「うん?」

あれ、普通に挨拶をしたはずなのに、部屋が静まりかえっている。どういうことかと、何か変なことでも言っただろうかと慌てれば、にやりと笑った博多くんが、私の両手を握ってぶんぶんと上下に振った。

「主さんお揃いやね! へへ、同郷の人が主さんなら、心強かったい!」
「あ……!」

今まで本丸には、陸奥守さんを除いて殆どが標準語を喋っていた。未実装の明石さん? 知らない人ですね。
だからか、私もあまり方言が出ていなかったのだろう、それが、博多くんの言葉を前にして、地が出たということだ。あれだ、一人暮らし先から実家に戻ったら方言が酷くなるあれだ。すっげぇ身に覚えがある。成る程実家のような安心感……!
ほんの少し照れくさいのを隠しながら、博多くんの言葉を素直に喜ぶことにする。

後日、近侍に「方言で喋る君は可愛かったなあ」とか、真っ白爺さんに「主が博多と同じ言葉で喋ると聞いて! 是非聞かせてくれ!」とか言われる度に博多くんの元へ逃げ込むことが日常になることを、このときの私は知らないのである。
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