のんびりする話


「三日月さんー、三日月さーん……」

基本的に三日月さんは自由というか、確かに公式でマイペースだと言われるだけある。下手をすると、仕事中全く顔を合わせないことも稀にあったりする。基本的に、仕事の時には広間に集合して貰うんだけど、たまにふらっと居なくなってることもあったりして。
今日は向こうがお休みだしと、朝からこちらに来てはいるものの、来てから全く顔を合わせていない。せめてこういう、時間のある日くらいは全員に挨拶していきたいんだけどと、ふらふらと本丸を歩いてみたが、なかなか見つからない。奴はかくれんぼの天才なんだろうか。
せっかく、向こうからお土産のお菓子持ってきたんだけど、この調子だと私が自分で食べることになりそう。

「……光忠さんにでもあげようかな……」
「僕がどうかした?」
「ふわっ!?」

ぽつりと零した声に答えがあって、びくりと肩が跳ねる。振り向けば、お盆に湯飲みと茶菓子を乗せて、きょとりとこちらを見下ろす近侍の姿。相変わらず格好良いのに可愛らしいところもある。なんでもない、と苦笑いしかけて、ふとお盆に目をやれば、どうやら湯飲みが二つあることに気づく。

「……誰かとお茶でもするの?」

それか、誰かに持っていくか。不思議に思って尋ねてみれば、ああ、と彼は緩やかに笑った。

「これから三日月さんとお茶をするんだよ」

思わず食い気味に「一緒に行って良い!?」と言って、成る程と苦笑されながら頭をぽんぽん撫でられた。解せぬ。


「はっはっは、成る程、主殿は俺を探しておったか」
「……、だって、いつもふらっと居なくなるじゃないですか」

むす、と膨れてみせるが、三日月さんは気にせず笑うばかりだ。いじけそうになるが、ここまで気にされてないといっそ一周回ってどうでも良くなる。いやどうでも良いわけじゃ無いけれど、会えないことに意固地になっていることが馬鹿馬鹿しくなると言うか。気が向いたら来てくれるだろうなとすら思うようになるから、三日月さんのペースに巻き込まれているんだろう。

「はは、すまんな。俺も主と話したくはあるのだが、どうも俺が行くときは主殿は常に誰かと話しているのでな」
「……そう、でしょうか」
「ああ、俺の主は人気者で困るなあ」

ずず、とお茶を啜る音が響く。確かに、何かしら話しかけられているよねえと、反対隣の光忠さんから声がかかる。ううむ、自分では意識してないからよく分からないが、そういうものなんだろうか。

「ふむ、だが、主がそこまで俺のことを探してくれるというのも、なかなか気分が良いものだ」
「えええ……?」
「おなごに求められて、悪い気のする男など居るまいよ」
「……あのね、三日月さん、主そういうの慣れてないから止めてあげてくれない?」
「はは、戯れだ。本気にするな」

ぶわりと顔が熱を持って、咄嗟に俯いてみたが、きっと二人共にバレているのだろう。そういう意味じゃ無いと分かっていても、照れてしまうものは仕方が無い。平安生まれ怖い。

「なに、こうして主と茶を共に出来るだけでも、俺は十分楽しいのでな。また共に茶をしてくれ、主よ」
「それくらいなら、ええ、喜んで。じゃあ、今度もお菓子用意しておきたいから、出来れば事前に言ってくれると嬉しいです」
「はは、覚えておこう」

ゆたり、微笑む三日月さんを見上げていた私は気づかない。

(次の約束までしっかり取り付けて、そうやってじわじわ絡め取られているんだけど、まあ、言わない方が彼女のためかな)

会えない分思いは募る。そうして緩やかに落とそうと、既に三日月宗近の手を握っているのだと、気づかない方が幸せなのだろうと、光忠が静かにお茶を啜りながら、思っていたことも。

(それでもまだ、過ごした時間では僕の方に利があるし、ね)

くいと、光忠が挑発的に唇の端を持ち上げ、三日月さんを見たことも。
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