初期刀との話


「虎徹10倍とかどこでやってるんですかねえ……」
「ほら主、拗ねないの」
「むぅ……」

練度99の部隊が厚樫山から帰ってきた。今日も損傷軽微で何よりだ。一時虎徹狩りに精を出しすぎて刀剣破壊一歩手前まで行ったのは、正直チュートリアルよりもトラウマである。練度99の初期刀が一発で体力1まで落ちたときと言ったら、肝が冷えるというか、心臓が冷えた。体温下がった気がした。
ぱすぱすと、軽く頭を撫でてくれる光忠さんに、少しだけ甘えるように頭を擦り付けてから、他の面々へと目をやる。光忠さんと、太郎さんが少しだけ傷を負っている。軽傷とすら言えないほどだが、こういう傷でも放っておくと大変なことになる。この二人はとりわけ統率が高いけれど、やはり怪我を残すのはあまり好ましくない。鶴丸さんと獅子王は無傷で何よりだ。刀装も、本丸にいれば修復されるだろう。
問題は、歌仙さんと堀川くんだろうか。やはり、太刀・大太刀勢に比べれば、打刀、脇差は軽くて機動が速い分、耐久が心許ない。まして検非違使の槍は破壊力が通常の遡行軍とは比べものにならない。堀川くんは軽傷だが、歌仙さんは中傷だ。確か手入れ部屋は空きがあるはず。
ぐ、と唇の端を噛むと、ぽん、と肩に軽く手が触れる。見上げれば、金色の片目が柔らかく私を見下ろしていた。

「行っておいで、ほら」

何も言わずとも、分かってくれるのがくすぐったい。ありがとう、と少しだけ照れて言い捨て、私は歌仙さん達の方へと向かった。


「堀川くん、歌仙さん!」
「あっ、主さん! ただいまです」
「やあ、主。そんなに慌てなくても、特に問題は無いよ」

にこり、と笑う二人だけれど、やはり申し訳なさが残る。
この二人は、かつて二度ほど、破壊寸前まで追い込んだことがある。采配ミスなどでは無く、ただ、私が、怪我をしたまま彼らの進軍を押したが為に。三日月宗近欲しさに進軍させ、結果あわや破壊と言うところまで追い詰められた。結果的に勝ったから良かったものの、たかだか物欲で、大切な初期刀と、一生懸命戦ってくれている刀剣男士を、なくすところだった。トラウマが過ぎてお守りを持たせたら、「君はちょっと極端すぎるよね」、と歌仙さんに呆れながらも嬉しそうにされた。堀川くんも照れていたが嬉しそうだった。

「お疲れ様でした。手入れ部屋が空いているから、入ってきてね」
「はい、じゃあ行ってきますね!」

もう承知したものと、堀川くんが駆けていく。歌仙さんは行かないのだろうかと、隣を見上げれば、切り傷の残る顔で見下ろしていた。

「歌仙さん?」
「……いや、うん、ただいま、主」

今日も帰って来れて良かったよ、と、独りごちたのだろうけれど、その声はしっかりと私の耳に届く。歌仙さんが、今日も帰ってきてくれた、その事実が嬉しくて、思わず抱きつけば案の定慌てられた。

「ちょっ、こら、止めてくれ主! 埃だらけだ、君が汚れてしまう!」
「大したことじゃあ無いですねえ、ふふ」

服も身体も、汚れれば洗えば良い。折れてしまえば、二度と会うことは敵わないのだから。初期刀として、審神者としてログインしたその日から、ずっとずっと、私の傍にいてくれたのは、君なんだから。

「おかえりなさい、歌仙さん。今日も、帰ってきてくれて、ありがとうございます」

そう言えば、諦めたようなため息と共に、ゆるりと腕が私の背後へと回る。ただいま、と、熱を持った吐息が、ほんのりと耳を擽った。


「嬉しいのは分かるけど、そろそろ歌仙くんを手入れさせてあげようよ、主」、「相変わらず歌仙にべったりだなあ主は」、「仲良きことは美しきかな、とも言いますし」、「良いなー、俺も主にぎゅぅってされたい」、などの部隊員の声を聞き、ゆるりと彼の手を引いて、手入れ部屋まで行くまでもう少し。
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