わたしの話


1日しっかり働くと、やはり身体は重い。疲れを引きずりながら、けれど少しだけ弾む心に、自分でも現金だなと思いつつ、家のドアを開ける。

「ただいまー」

お帰りなさい、と母の声がする。夕飯を食べてから、もう一仕事だ。


現世で仕事をして、帰ってきてからも仕事だなんて、大学時代にさんざん働きたくないでござると口にしていた私からすると考えられない。それでも辞めるという選択肢がないのは、偏にどちらの仕事も好きだから、だろう。
夕食に、風呂まで済ませれば後はもう寝るだけみたいなものだが、まだまだこれからが仕事だ。パソコンのスイッチを入れ、立ち上がっている間に髪を乾かしスキンケアも終わらせる。起動が終わったところで、いつものブラウザを使ってアクセス。画面に、支給されたIDと、設定したパスワードを入力すれば、身体が薄い光に包まれるのが分かる。未だに原理が分かっていないが、まあ未来の技術という奴だ、たぶん。
ふっとまぶたを落として、深呼吸。再度見開けば、明るい日差しが差し込む和室。

「おかえり、主。今日もお疲れ様」

近侍の光忠さんの言葉を受け、私はへにゃりと笑った。



画面の向こう側だった、ブラウザゲームが質感を持つようになったのは、つい最近のことだ。2205年の政府の者だと名乗る人間が、勝手に遠隔操作で画面に映像通信を繋いできたことが、全ての始まり。
話を要約すると、実際に本丸へ来て仕事をしてくれと言うことだった。理屈は分からないが、どうもブラウザ上でぽちぽちやるのと、現場である本丸を訪れるのとでは、効率に劇的な違いがあるらしい。実際にブラウザゲームを通して統計を取りましたので間違いありませんとか言われたけど、まじか少なくとも私と同じように声を掛けられて本丸に行った先駆者がいるということか。未来の技術怖い。
比較的初期からサーバーにこもっている割には、周囲と比べてもレベルが高いわけなく、刀剣男士だって練度の差が酷いものだし、何より刀帳埋まってないんですが。と聞けば、問題ないのだという。
今まで通り、日常生活を送り、帰宅してからでも、いつの時間でも。出来るときにやってくださいと言われ、それなら大丈夫かなあと、生来の楽観さとお人好しが合わさって、安易に引き受けてしまった。

いつも通りブラウザを起動してゲームをしていた時間を、実際に本丸に訪れて仕事をする形に変わっただけなので、さほど生活に変化はない。行きたいときに行き、休むときは休む。私生活もあるので、実際に活動できる時間は1日につき2,3時間程度。日課も全てこなしているわけではないが、今のところお咎めもないので問題ないのだろう。


「今日は早かったね。みんな喜ぶんじゃないかなあ」
「そうかな?」
「もう、そろそろ気づいてよ。みんな君のこと待ち遠しくて仕方ないんだよ?」

それに、皆に先んじて君を一番に迎えられるこの立場を預かれて、僕は嬉しいんだけど、と、素直に言葉をぶつけられて頬が緩む。全く、他の本丸と刀剣男士がどうかは知らないが、うちの刀剣男士達は私に甘過ぎである。そんで私は甘やかされすぎて駄目になりそうだ。リアルの仕事辞めて審神者に専念したい。……いややらないけど。リアルのお金めっちゃ大事。こっちでも給金出るには出るけど、実質こっちの空間というか、審神者業務に必要なことでしか使えないから、やっぱりリアルのお仕事辞められないです。漫画の続きとかゲームとか買えないのダメだわ。鶴丸さんじゃないけど私の心が死んでしまう……!

「さ、それじゃあ広間に行こうか。今日の計画はもう立ててあるの?」

手を差し出しながら尋ねる光忠さんに、自然とその手を握り返し、一緒に部屋を出る。濡れ縁がきしきし言うのはいつ聞いても心地良い。私は、頭の中で練っていた計画をぼうと思い出しながらぽつぽつと零す。

「うーん、やっぱり第1部隊と第3部隊を平行して3-1でレベリング、かな。光忠さん達は、今日も演練をお願いするね。それと、第4部隊は、レベルを均しながら入れ替え制で鍛える形で。昨日の鍛刀分は起こしたんだっけ」
「そうだね、確か今は全部空いていたと思うよ」
「ん、じゃあすぐに鍛刀に入れるね。刀装作って、あと連結と解刀……まあいつも通り日課任務をこなす感じで」
「オーケー、じゃあ、今日も頑張ろう」
「頼りにしてます、光忠さん」
「任せてよ!」

にこりと微笑む近侍は今日も格好良い。さあて今日も頑張りますかと、いっそう気合いを入れるのだ。
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