彼女の結論


所詮こんなものだ、どこからか声がする。
これで良いだろう? 笑う声がする。

だって、不変を望んだのは、お前<わたし>じゃないか。


45th.彼女の結論


原作通りだった。山本が勝った。嬉しいはずなのに。どうしてだろう。
原作通りだった。スクアーロが、海洋生物に飲み込まれた。
確か、助かったはずだ。彼は。大空戦に間に合ったはずだ。
それでも、とどこからか責める声がやまない。

スクアーロが最後に残したのは、私に対する言葉だった。
彼は、穏やかに笑って、言葉を残して、沈んだ。

「だれかに寄り添って生きることは、駄目ですか」

逃げないのか、と問われたときに答えた、私の言葉。問いに問いで返したあの問答は、私のこの言葉で打ち切られていた。
昨日の言葉は、きっとその答えだ。

「誰かの為に生きることだって、悪かねぇなぁ!?」

「誰かの為に、ってのを、ようやく、自覚したなら、もう、大丈夫だろ」

「ビビりすぎだ。周りを見ろ、自分を持て──みょうじなまえ」


試合が始まる前から、きっと彼は解っていた。私が、回りに目を向けたことを。待っていてくれるみんなをようやく認めたことを。
まるで良かったと、そう声を掛けてくれたように勘違いしてしまう。
……彼は、無事だろうか。


起き上がる気力もなく、初めて何の連絡も無しに学校を休んだ。後で雲雀さんに怒られるだろうか。
ゆうこは、大丈夫だろうか。今日の戦いに思いを馳せる。
昨日のスクアーロのような結末は、もう見たくない。大事な友人が、怪我を負うのを見たくはない。
雪の守護者は本来原作に登場しない。相手も全く知らない。故に結末が解らない。
結末が不透明なことに怯えて──その考えに、恐怖した。
本来なら、結末も未来も解るはずがない。だからみんな必死に努力してる。勝とうとしている。
私の考えは、全てを、無駄だと笑うようだった。

知っている結末に、甘えすぎていた。変わることを恐れた。
こんなにも──こんなにも、目まぐるしく変化している周囲に恐怖した。

早い話がスクアーロの言うとおり、私はビビって動けなかったのだ。
変わることが怖かった。変わらないで居て欲しかった。
原作が、展開が、周囲が、友人が、関係が、彼女が、彼が。
……全部、私とゆうこが居る時点で、あり得ない話なのに。

そう考えるとおかしかった。なんだ、たった、それだけだった。

もう、迷う必要は無い。
私には、ゆうこが居る。山本や獄寺が、ランボが了平さんが雲雀さんが骸さんが。
沢田綱吉が、居る。
ツナが居るから、私も一緒に居る。
ツナが好きだから、隣に立ちたい。

私は、沢田綱吉のことが、好きだ。



日も疾うに沈みきった真夜中。中学生に深夜帯は過酷だと思います! と声を大にして言えたら良かった。
正直眠くて仕方がないのである。
校庭には、もうみんな集まっていた。山本も、昨日の怪我で包帯や湿布、眼帯を付けていたけれど、ツナや獄寺達とのやりとりから、さほど心配は無さそうだと言うことが解る。
喧嘩腰な獄寺を、ツナとバジルが諌めている。応援のつもりか、山本がゆうこの髪をがしがしと撫でた。
彼らの少し後ろの方には雲雀さんが居て、やっぱり心配だったのかな、とくすりと笑みが漏れる。山本に撫でられるゆうこを見て、少し不機嫌そうに顔を歪めた。
雲雀さんの隣には奏一さんが居て、機嫌の悪そうな雲雀さんの背中をとんとんと叩いて宥めている。彼が笑顔だから、きっとゆうこは大丈夫だ。
一通り、彼らを眺めてから足を進める。砂を踏む音に気づいたのか、ボンゴレ側が私の方を向く。

「なまえー! 遅いよ、もう! 私の試合なのに来てくれないかと思っちゃった!」

ゆうこが強気に笑う。自信に溢れていて、不安は感じなかった。

「よかった……今日、学校に来てなかったってリボーンから聞いてたから、心配してたんだ」

ツナが、安心したように笑った。心配を掛けて申し訳無くなる。

「うん、もう大丈夫。ありがとう。……ゆうこ、負けたら承知しないから」
「もっちろん! 任せてよ!」

ガッツポーズが何よりも頼もしい。ふ、とただ自然に、笑えた。


雪の守護者の使命は、敵を凍てつかせ味方を覆い隠す、吹雪であること。校庭中に散らばるハーフボンゴレリングから正しい二つを見つけ出して組み合わせることが勝利条件だった。一応トラック内とはいえ足の踏み場もないような密度で散らばるボンゴレリングの数は圧倒を通り越して呆れすら覚える。良くこれだけ作ったね偽物!
ヴァリアー側の相手は、同年代か少し上くらいの、女の子だった。カノン・ヴィヴァーチェ。彼女の名前だ。
ゆうこの手には両刃の剣、相手の、カノンの手には恐らく鉄で出来た扇。

「それでは、雪の対戦、ともせいゆうこvs.カノン・ヴィヴァーチェ、勝負開始!」

開戦の合図と共に、相手が扇を開いて一振りする。その振り方からは考えられない程の風が舞い上がり、リングを吹き上げた。

「相手は風使い、か?」

隣で観戦している奏一さんがしみじみと言う。大丈夫かなぁ、と漏れた声に、不安が過ぎった。

「……大丈夫なように、仕上げたんでしょう」

後ろでぼそりと、小さく、でもしっかりとした声がする。振り返れば、強い瞳と目があった。

「僕は、彼女を信じてるよ」

ただその一言が、何よりも心強い。


見た目に解らない程精巧に作られたレプリカの中から本物を見つけ出すのは難しい。正しければかっちりと組み合う、と言うことだから全て接合部分を作り替えてあるのだろう。……本当にどれだけ労力使ったんだ。
未だにふたりは牽制し合いながらも本物を見つけられていないようだった。段々と、カノンの顔に焦りが浮かぶ。対してゆうこは、ただ冷静に相手の攻撃をいなしていた。

「私は……私は、ここで、勝つの……っ!」
「……」

容赦のない風の攻撃が、ゆうこを襲う。風を切っているのか剣で防いでいるのか、切り傷はあれどゆうこはまだまだ消耗していないようだった。

「勝たなきゃ、意味がないの……!」
「……」
「あの人は、私を救ってくれた! だから、こんなところで、私が、あの人の道を途絶えさせる訳には、いかないの!」

攻撃は激しさを増す。先にゆうこを倒してから本物を探そうという算段だろうか。けれど、ゆうこは焦り一つ見せていない。ただじっと、相手を見つめる。
見つめて、──剣を一振り。一振りで相手の持つ鉄扇をはじき飛ばした。
突然の反撃に、相手は言葉を失う。防戦一方だったゆうこが、一振りで武器を弾き飛ばしたのなら、確かにその反応も頷けるかも知れない。

「……救ってくれた人の為に、か」

一度構えを解いて、ゆうこはちらりとこちらを覗った。間違いなく、私と目が合った。

「なら、私も負けられないなぁ」

再びカノンに向き合って、剣を構える。

「私も、私を救ってくれたなまえの為に。負けらんないね」




散々鈍いと言われる私だけど、ことなまえのことに関してはそうでもないと自負している。
彼女のことなら大体解る。ポーカーフェイス気取りで、その実感情豊かななまえは、本当に素直で見ていて解りやすい。
長い付き合いというのも、有るんだろうけど。

なまえは、ずっとずっと怖がっていた。一人きりで、震えていた。知ってたよ。
私も怖かった。いきなり全然知らない場所に居て、お隣さんの隼人には初対面でガン飛ばされたりしたし、リボーンに会って元の世界のこと洗いざらい吐かされたときは受け入れて貰えるか怖かったし。
でも、隼人と、武と、ツナと知り合って。私の毎日は楽しくなったけれど、やっぱり1人は寂しかった。
だから、5月に、なまえを見つけたときは、本当に救われたんだよ。1人じゃなかった。
なまえが一緒なら、私は頑張れる。
私は、ついこの間にお兄ちゃんに会えたけど、なまえはずっと1人だった。
寂しくて、でも誰にも頼れなかったの、知ってるよ。なまえは頼ることが苦手だね。

ずっと誤魔化して居るみたいだけど、見てれば解るよ、なまえは、ツナが好きだよね。
ごめんね、ツナ。私、守護者とか、ボンゴレの為と言われても、命を懸けてまで戦えない。
……だけどね、私の友達の大好きな人の為に、頑張っちゃおうって思うくらい、ツナのこと好きだよ。
だから、私は、大好きななまえの為に戦う。

「久しぶり」、全然違う世界でも当たり前のように掛けてくれたその一言で、私は救われたんだ。



ゆうこが剣を振るう。まるで踊るように舞う剣が、敵を飛ばして昏倒させた。
本当に一瞬。一振りで、決着は付いた。

「さて、と」

ふ、とゆうこが眼を細める。何をしたのか、ここからでは解らなかったけど、意味があったんだろう、迷うことなくハーフボンゴレリングを二つ、拾って嵌め合わせた。かちり、小さな音と共に一つの指輪が完成する。

「これで、私の勝ちだよね」
「はい。雪のボンゴレリングが完成しましたので、ともせいゆうこの勝利となります」
「やーったー!」

なまえーおにいちゃーん、恭弥ー、武に隼人にツナー勝ったよー、と呑気に手を振るゆうこに、知らず知らず止めていたらしい息を吐き出す。
赤外線が消えたことで獄寺や山本、奏一さんがゆうこの方に走り出す。後ろを振り返れば、学ランの袖を靡かせながら雲雀さんが帰るところだった。声を掛けなくて良いんだろうか。

「なまえ、行こう」

ツナに呼ばれて、私もゆうこのところへ向かう。やったな、とかおめでとう、と祝われているゆうこを見るとこちらも嬉しい。

「ゆうこ、おめでと」
「うん。ありがとうなまえ!」

ところで雲雀さん帰っちゃったけど、と言えば、あ、そうなんだと呑気に返される。獄寺が、雲雀あのやろう、って怒っていたけど、ゆうこは、むしろ今日来たことがびっくりだよーと言った。

「試合の結果が出たから、多分自分の修行に戻ったんじゃないかなぁ」

何の気なしにそう言ったゆうこの目は、まるで雲雀さんが「信じてる」と言ったときと、同じ色をしていた。

「では、次の対戦を発表します。明晩の対戦は、霧の守護者同士の対決です」

チェルベッロの声が響く。そっか、明日は、霧の。
隣のツナは、不安げな表情でチェルベッロを見やっていた。

ふとフィールドに目を向けると、XANXUSがカノンを抱えているところを見てしまった。俵抱きなんて雑なものではなくて、両手でしっかりと抱えて居たから、案外彼女の片思いではないのかも知れない。私が正確に知るところではないけれど。
……今は、明日の対戦について、考えることにしよう。彼に任されたことも、含めて。
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