決意の残像


チェルベッロが、対決は校舎B棟だと告げ、スクアーロを連れて駆ける。
「待ってるぞぉ」、とのスクアーロの言葉に、山本はただ、いつものように笑って、「ああ」とだけ告げた。
側に居るだけで、安心できる。戦いを前にして昂ぶっていた気持ちが落ち着くようだった。


44th.決意の残像

ゆうこから聞いていた、昨日の嵐戦で怪我をしたという獄寺を、了平さんが連れてくる。まるでファラオなその要望に全力でツッコミを入れるツナは通常運転だった。もぞもぞと動き辛そうながらも、どうにか包帯を取ってツナと話す獄寺。……実際に見なかったからか、嵐戦の凄惨さを感じた気がして少しだけぞくりと震えた。

「……なまえ?」
「ん……ってみょうじ! お前、無事だったのか!?」
「おお、みょうじではないか! あいつらに捕まっていたと聞いたのだが、大事ないか?」

目敏く、と言うべきか、私の震えを見抜いたツナから話しかけられ、それに呼応するように獄寺と了平さんの視線が私へと向く。2人とも、私が帰ってきた事への安堵と、捕まっていた事への心配を募らせているのは、表情からも声からも丸わかりで、なんだかおかしくなってくる。
なんだ、もう。見ないふりして、全部遠ざけて、ひとりぼっち気取って。だってこんなにも、心配してくれているのに。気づかないふりしてた。気づこうという関心を持たなかった。

「……うん、大丈夫。ありがとう、獄寺、了平さん。……行こう、あんまり待たせると相手の怒りが凄そうだから」

そうだなー、と同意する山本の声を伴って、先導するようにB棟へ向かう。
声は、震えてなかったかな。


B棟は、窓も入り口も、ガラスや鉄板をぶっといネジではめ込まれて、簡単には脱出ができないようになっていた。某絶望学園を思い出した。リボーンが見つけた唯一の入り口から入ると、中の鉄筋コンクリートはまるで廃墟のように穴が空き、瓦礫が散らばり、水が滝のように上から下へと流れ続ける。……いや、滝と言うよりはむしろ、水時計。

「これが雨の勝負の為の戦闘フィールド、"アクアリオン"」

特徴が立体的な構造と、密閉された空間に止めどなく流れ落ちる大量の水、と言う辺り水時計の認識は間違っていないようだ。校舎最上階をタンクに改造し、そこから水を流し続ける。密閉空間では外に流れ出ることの出来ない水はどんどん嵩を増していき、足場の確保どころか最終的には守護者ふたりを水没させる。

「なお、溜まった水は特殊装置により海水と同じ成分にされ、既定の水位に達した時点で、獰猛な海洋生物が放たれます」
「ドーモーな生物〜!?」

……ツナの片言に非常に癒されたがいやしかし物騒だ。ただでさえ水没の危険性があるというのに水の中での死亡率を上げるとか。……守護者って言うのは、ここまで、命をかけなければならないものだったのかと、今更ながら、自分が身を置く場所がどう言う世界なのか、知らされている気がした。
しかし、フィールドだけで驚いては居られない。面白そうだと言う言葉と共に姿を現したヴァリアーは、まだ正直、正面から見据えられる程恐怖が消えた訳でもない。
それでも。

「──!」

隣の、ツナの人差し指と中指を、少しだけ握らせて貰う。隣にツナが居るだけで、私は大丈夫だ。きっと。
ツナも、指を握った私に気づいたのか、大丈夫、と小さな声で言ってくれる。俺は此処に居るよと、言わなくても気持ちは伝わる。
目線を上げて、ヴァリアーを見やる。高いところから見下ろされ……見下されて威圧感割り増しだけど、今度は見返すことが出来る。1人じゃない。ツナが、山本が、獄寺が、了平さんが、バジルくんが、此処に居てくれる。

ふと、スクアーロが口唇を軽く持ち上げた、そんな気がした。



水没に巻き込まれるからと、観客は校舎の外へ追いやられる。モニターで見ることが出来ると言うけれど、やっぱり近くで応援したかった。
……というのも開始後すぐに吹き飛んだが。
勝負開始、の合図からすぐに水しぶきだの爆弾だの飛び交いすぎてやっぱり近くにいなくて良かったと心底思ったごめん山本ごめんでもここからめっちゃ応援してる。
ヴァリアーという特殊部隊に身を置くスクアーロと、互角にやり合う山本。一見危なげ無さそうに見えるけれど、本職であるリボーンやディーノさんにはそう見えないらしい。
ヴァリアーのボス候補とまで言われていたスクアーロは、やはり一筋縄ではいかないようで、まるで今までの戦いがウォーミングアップとでも言うように、段々と山本を追い詰めていく。
水嵩は増していく。山本の肩が、スクアーロの刃を飲み込む。血を流し膝をつく山本に、スクアーロはにたりと笑って告げた。

「時雨蒼燕流は、昔ひねりつぶした流派だからなぁ!」

スクアーロが猛攻に出る。右目を柱の破片で怪我し、腹部を横一文字に切られ、それでもなお山本は食らいつく。
いったん距離を取ろうと上の階に上がっても、「鮫の牙」で床を木っ端みじんにされる。無数の突き傷切り傷で、山本はもうぼろぼろだった。見ているのも辛く、震える右手を自分の左手で押さえ込むように包んだ。今にも駆けだしていきたくなる。

「う゛お゛ぉい、まだやるか?」

スクアーロが挑発するように山本に投げかける。どこか諦めたような、力の抜けた山本に。

「継承者は八つの型すべてを見せてくれたぜぇ。……最後に八の型"秋雨"を放つと同時に無惨に散ったがなぁ!」

けれど、その言葉が山本に再び火を付けたようで。水に浸かっていた身体を、勢いよく持ち上げるように立ち上がる。

「う゛お゛ぉい寝ていろ! そのままおろしてやるぞぉ!」
「そーはいかねーよ。時雨蒼燕流は……完全無欠、最強無敵だからな」

その目は未だ諦めていない。だけど、身体に残るダメージは深刻なようで、水場という足場も手伝ってか、山本の身体はふらついていて今にも倒れそうだった。
スクアーロの攻撃は容赦なく山本に降りかかる。傷ついた身体で斬撃を避けながらも、山本はどうにかしてスクアーロと相対した。
剣を構える。スクアーロが迎え撃つ。山本が放つのは。

──時雨蒼燕流 攻式八の型 篠突く雨


時雨蒼燕流は、継承と変化の剣である。一度きりという型の継承法、さらに継承者が新しく作る型。型を作れなかったり継承できなければそこで途絶える。消えることもやむ無しとされた中で、最強を謳い君臨する滅びの剣。
篠突く雨を見切った、と言うスクアーロに、山本は笑って返す。いつも通りの、あの明るい笑顔で。

「んじゃ、いってみっか。──時雨蒼燕流、九の型」

構えも、野球のバットの構え方そのもので、まるでそこがリング戦のフィールドではなくグラウンドのような錯覚を覚える。いつもの山本がそこに居るような。でも間違いなく、今は雨の守護者戦で、舞台はアクアリオンだった。

「図に乗るなよガキ!! 俺の剣の真の力を思い知れぇ!!」

「鮫特攻」、剣帝を倒したという技が山本に放たれる。舞い上がる水しぶきの中、剣を構える山本の姿が一瞬だけ見えた。
技名通りの猛攻に防戦一方の山本。

「とどめだぁ!」

スクアーロの最後の一撃が放たれようとする。が、正面に山本は居らず、その背後に影はある。スクアーロの体勢からして山本への攻撃は難しいかと思われたが、左手首が180度曲がって、剣が山本の腹を貫く。スクアーロの左手が義手だからこそ出来た技だ。……けれど。

「……!?」

剣で貫いたはずの山本は、水流となってスクアーロへとなだれ込むだけだ。彼が貫いた山本は──投影。呆然と背後を見やるスクアーロに、山本の剣が振り下ろされる。

……"うつし雨"

山本が編み出した、時雨蒼燕流・攻式九の型だった。

スクアーロのハーフリングを弾いて、自分のリングと嵌め合わせる。……山本の勝ち、だ。


スクアーロの敗北に、XANXUSが笑う。高く、高く。

「……」
「用済みだ」

まるでアクアリオンごと消すかのように手を構えるけれど、チェルベッロが待ったをかけた。
既定水深に達した為に、獰猛な海洋生物が放たれました、と。

……知るとおりに。物語通りに、話は進む。
普通、助けね? 山本の声がする。
スクアーロを抱えてよたよた進む山本のもとに、血の臭いを嗅ぎつけてか、海洋生物が近くへと寄る。柱を噛み砕く。
床が抜けて、2人が階下へ落ちる。
……やめて。
でも、どうしたら。
どうにも。私には、何も。

「……おろせ」

スクアーロが小さく呟いた。

「剣士としての俺の誇りを、汚すな」

残った力でか、山本を蹴飛ばす。海洋生物は、すぐそこまで迫っている。

「ガキ……剣の筋は悪くねぇ。後はその甘さを捨てることだぁ」

耳鳴りのように、スクリーンから届く声が遠い。
スクアーロと海洋生物は、目と鼻の先ほどの距離で。


「誰かの為に生きることだって、悪かねぇなぁ!?」

突如、大声で叫ぶスクアーロに、何事かと全ての視線が集まる。山本も、私も、ツナも、ボンゴレ側もヴァリアー側も。
スクアーロはただ、愉快そうに、笑って叫ぶ。

「誰かの為に、ってのを、ようやく、自覚したなら、もう、大丈夫だろ」

海洋生物が、大きく口を開ける。見つけた獲物を、飲み込もうと。

「ビビりすぎだ。周りを見ろ、自分を持て──みょうじなまえ」


遺言のように、響く、響く言葉は。

振り下ろされた牙が起こす水飛沫に、全て溶けた。





スクアーロが、海洋生物に飲み込まれる前に残した言葉は、なまえに向けた言葉だった。隣でスクリーンを見ていたなまえを見れば、彼女は、ただ静かに、泣いていた。
二つの目から、大きな涙を、いくつもいくつも零して。でも自分が泣いているのも気づかないのか、凪いだ水面をうつし続けるスクリーンを見上げていた。
胸の前で組んだ手は、まるで神への祈りのようでもあった。

「……雨のリング争奪戦は山本武の勝利です。それでは、次回の対戦カードを発表します」

抑揚の無いチェルベッロの声が、無機質に響く。

「明晩の対戦は……雪の守護者の対決です」

雪……ということは、ゆうこちゃんだ。きっと今日もどこかで修行をしている。

「え、あ……」

雪の守護者、と聞いて、なまえは膝から崩れ落ちた。ぼたぼたと、涙はまだ止まらない。

「……心的負担が大きいはずだ。早く連れ帰って休ませてやれ」

ディーノさんの肩から俺の肩に飛び移って、リボーンが零すように言う。
彼女は、ずっとスクリーンを見上げていた。
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