「私」の帰属


「……それにしても。どうやって此処まで来たの」

「ん?あのねー、お兄ちゃんに言われたの。修行明けの試練だーって!」

「……ああ、そう」

相変わらずずれた回答の友人だ。その答えに少しだけ安心もした。



43rd.「私」の帰属



どういう原理かは知らないけれど、恐らく私の居場所を割り出したのはリボーンか、いや、ゆうこの言葉を聞くには、きっと奏一さんだろう。あの人の手にかかれば大抵の情報は手に入る。以前にボンゴレの情報に接触していた奏一さんだ。ヴァリアーも大した敵では無かったのかも知れない。あの人の底力は計り知れない。
修行の成果を試すついでに、私の身柄の確保もかねてゆうこを送り込んだのだろう。そう考えれば、うっすらではあるがつじつまは合う。まあ全ては憶測に過ぎないのだけれど。

「……大丈夫?」

聞かれて、少しの間の後に同じ言葉を肯定で返す。
私を助けに来てくれた過程が想像でしかないものと違い、きっとさっきゆうこが私に向かってかけてくれた言葉は本物だ。そこを計り違えるほどこの子との付き合いは浅いものではない。だから、大丈夫。ゆうこと友達だというこの自信が、ある意味で私を私たらしめている。寄りかかるもののないこの世界で、私を確立出来る理由の一つ。

「そっか。……あ、そうそう。お兄ちゃんからね、状況を教えてやってくれって言われてたんだった」

笑顔を浮かべながら丁寧になぞって言われる言葉は、ヴァリアー達に捕まっていた私に現状整理をさせてくれる。
今までに晴戦、雷戦が終わり、今日、恐らく今、嵐戦が行われているだろう事。
今までの流れを見るに、原作からは大幅なズレは無いようであること。
漫画の内容を忘れかけているとはいえ、一度は読んだものだし、好きな漫画だ。言われれば思い出す。完全に忘れた訳じゃない。記憶は、消えないものだ。

「晴れのリングはこっち、雷と大空はヴァリアー側。多分……嵐もだね。そんで、雨戦は確か、武とスクアーロだよね」

「うん」

雨戦……巨大なアクアリウムを模したフィールドで行われる闘いの結末は……そこまで考えれば、ふと思い出す。そのおぞましい結末を。
結果的には死者は出なかったわけだが、演出としてはやりすぎなそれは、不快な気持ちはぬぐいきれない。

「……多分、武だし、大丈夫だとは思うけど……」

「だよ、ね……」

ふるりと背筋を襲うこの寒気は何だろう。山本も無事に勝って、スクアーロも間一髪で救われて──私の知るその未来が崩れるとでも言うのか。
私と同じ怖気を感じたのかどうかは解らないが、不安に揺れるゆうこの瞳と目が合う。

「とりあえず……なまえも、疲れたでしょ。捕まってて、さ。……今日は、帰って休もう」

明日、みんなに顔合わせよう。なまえが助かったって事は、ちゃんと連絡しとくからさ。
わざとらしいにも程があるが、明るく言われて頷く。街灯に照らされる住宅街は、薄気味悪く佇んでいた。



「──なまえ!」

翌日、昼を過ぎた頃に目が覚めた。気怠い身体を起こして遅すぎる朝食、もとい昼食を食べていたところに、リボーンから直々のお誘いが入る。本当にどこから沸いて出るんだろうこの家庭教師。
強制、もとい言われるままに着いていけば、崖の上のような所に案内された。そこには、紙のようなものを見るツナと、それに付いているバジル君。ざりざりと砂利を踏む音に顔を上げたツナは、大きく目を見開いた後、こちらに走って近づいてきた。

「──わ、ぷっ!」

勢い余って、だと思う。強く強く込められた力で抱きしめられていた。かたかた、小さく揺れているのは、震えだろうか。

「良かった……良かっ……!」

昨日ゆうこから連絡貰ってからずっとこうなんだ。リボーンの声が小さく遠くに聞こえる。

「だからなまえは無事だっつったろ」

「…………っ、……!」

何かを言いたいのか。口を動かしているのだろう。その吐息が首筋をゆるやかに舐める。

ああ、そう、だ。
昨日、ゆうこは言っていたじゃないか。

──私が死んだら、ツナは泣く?

『……泣くよ、ツナ、涙もろいもん』

居なくなっただけで、ここまで。本当に心配されていたのか。じわじわと、胸に実感が沸く。
よくよく思い出せ、自分。
骸に捕まったときも、ツナは助けに来てくれた。……あの時の私は、実感していなかった。ツナが黒曜に乗り込むことは必然であり、仲間の危機には胸を痛める様を知っており、だから、私個人を案じていたわけではないのだと、無意識にか線引きをして。

心配をかけた、とその感覚を感じるほど、ツナの震えを受けるほど、私は大きくなる感情を抑えられない。
かたかた、私自身も震えているのか。上手く動かせない手を、ツナの背に持っていく。シャツの肩辺りをしっかと握って、
顔を、肩に埋めて少しだけ泣いた。

ありがとう。帰って来れて、良かった。







しばらく修行に付き合ってから、家路につく。途中、山本の家に寄るというツナ達とは別れた。
家ではお風呂とか夕飯とかを済ませ、学校へと向かった。学校には既に山本、ツナ、バジル君にリボーンが揃っていた。

「なまえ!」

「お待たせ……、って、まだゆうこたちは来てないか」

「そうだね」

くすりと笑うツナに、嬉しそうだね、と思った言葉がそのまま出た。

「ん?そうかな……だって、なまえが隣に居るなあ、って」

その言葉の意味を理解するのに数秒。脳が理解した瞬間、顔が火照った。は、恥ずかしいことをさりげなく言いますね……!そうだよこれがツナだったよ!
手で口元を押さえ、ば、と目を逸らした私を、ツナは不思議そうに見ていた。

「みょうじ!ゆうこから助かったって聞いてたけど、本当、無事で良かったのな!」

「あ、ああ、山本……。うん、無事帰還しましたー」

山本の言葉に応えると、なんだそれ、と苦笑された。あながち間違ってないんだからいいんじゃないかな?

「今までヴァリアーのところに居たんだろ?大丈夫だったのか?」

「あー、うん……そうだね、骸さんのところの方が快適だったかな」

「それもどうなのなまえ!?」

ツナに突っ込まれるが、正直な感想だと思うよ?私は。
だって、骸さんのところに居た時はまだ自由だったし、少人数だしそこまで怖くなかったし。……言ってしまうと、骸さんの目的はボンゴレっていうかツナだった。だけど今回の敵であるヴァリアーの目的は10代目ファミリー候補全滅だ。怖さの規模が違うね。

「ははっ!ま、何にせよ、お帰り、みょうじ」

山本の口から何気なく出てきたその言葉に、私は呆ける。ツナの足下でリボーンがにっ、と笑っていたのにも、気づかなかった。
そっか。私は、ここに帰ってきたのか。ここに、居たんだ。そう思うと、どうしようもない感情が溢れて止まらなかった。泣きそうになるのを、寸でのところで堪える。

「ただいま、山本」

その声は、震えてなかっただろうか。その笑みは、泣いてなかっただろうか。



「う゛お゛ぉいっ!!!よく逃げ出さなかったな刀小僧!!活け造りにしてやるぞおぉ!!」

唐突に聞こえた大音量の声は、スクアーロのものだ。1階渡り廊下の屋根に飛び乗ったスクアーロは、山本を見下ろしている。
バジル君とツナの叫ぶ声を気にせずに、山本は答えた。

「そうはならないぜ、スクアーロ」

ひゅん、と振られた時雨金時が刃を剥く。

「オレがあんたを、この刀でぶっ倒すからよ」

時雨金時、時雨蒼燕流でのみ刃を剥く変形刀。つまり山本は、時雨蒼燕流で戦うらしい。だけど相手は、いくつもの流派を潰してきたスクアーロだ。その選択はやばいんじゃ……と慌てるツナに、山本は笑う。

「本当…やべーよな…。サヨナラのチャンスにバッターボックスに立つみてーにゾクゾクするぜ」

この土壇場でも笑える山本は、本当に凄い。山本の言葉に、ツナの顔にも笑みが戻る。

「そっか…そーだよな。………忘れてた…」

「え?」

「あれが、山本なんだ…。昨日、スクアーロの話を聞いても自分の修行に集中できたのは…、山本なら、何とかしてくれそうな気がするからだ」


雨の守護者のリングをかけた戦いが、始まる。
私にとっても、初めて見るリング争奪戦だ。

山本を見た後、視線を上に逸らす。夜闇にきらめく銀髪。スクアーロは笑っていたけれど、何かを言いたそうにこちらを見ていた。


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