存在の理由
何か言いたいのかと聞かれて、それはね、と簡単に答えられることじゃないんだ。
私に尋ねてきたその人物が、敵組織のボスだなんて、ねえ。
つまりはさ、ザンザスと二者面談です勘弁してください本当に。
41st.存在の理由
「よう」
そんな軽々しい挨拶とともに、私とザンザスの会話は開始された。
軽すぎるにもほどがあるだろうと思いながらも、けしてその雰囲気は風船のように軽くない。むしろ鉛だ。
にたりと微笑むザンザスは、正直に言おう、怖い。
「そういやお前、あのモドキのガキの仲間だったな」
え、今更それを言いますか。私を攫えと言っておいてそれを言いますか何故に!
「あのカス、てめぇのこと心配してたぜ。良かったな」
「は、ぁ……」
良かった……良かった、のだろうか。まあ、心配してもらえるのは、正直に嬉しいところではあるのだが、それをこのザンザスの口から聞かされるというとんでも状況でなければ、もう少し素直に喜べた気も、しなくはないのだ。
「それだけか……まあいい」
本題に移ろう、ザンザスはそう言った。
「ボンゴレ、ヴァリアーの情報網を持ってしても、お前とそっちの雪の守護者の情報は、手に入らなかった……異常事態だ、これは」
雪の、守護者……。オリジナルリングてことは、あの子のことか。
「どういうことか、説明してもらおうじゃねえか」
ザンザスの左手の平に、光が集まる。死ぬ気の炎……確かザンザスの炎には別の呼び名がついていたはずだけれど、何だっただろうか。ただ、良くないものだったのは、覚えている。当たれば死ぬだろうことは、簡単に予想がついた。
「え、ちょ……」
鋭い眼光に射貫かれる。それから逃れる術は無い。縛られている状態でどう動けと言うのか。
そうしている間にも、死ぬ気の炎は段々と光度を増していく。あああ、やられ、る……!?
凝縮された炎は、最終的にザンザスの手を離れ、放たれた。ごうごうと、とてつもない音がする。それは、わたし自身が感じているのだから、きっと私に当たったというわけではないのだろう……たぶん。
思わずぎゅうとつぶっていた目を開く。見れば、私のすぐ横の床が、粉々になっていた。黒ずんでるんですけどなにこれ。
「……ふん、まあでも、お前のようなカスでも、あのモドキどもを釣る餌くらいにはなりそうだな」
降ってきた声に見上げると、にたりと、びっくりするくらいあくどい笑みを浮かべるザンザス。血の気が引いた。
「にしても……向こうの方が当たりか。ちっ、早計だったな」
ふつりと零れた声は、沈んでいるようにも思えた。……当たり、ってなんだろう。
聞いてみたいけれど、残念ながらそこまでの勇気は私にはない。尋ねることも出来ず、私は去るザンザスを見送った。
……疲れた。
重苦しい音を立てて閉まる扉、この部屋には誰も居ない。
抜け出す絶好のチャンス、けれど私にはそこまでの力はない。
ああ、骸さんに捕まったときも思ったけど、やっぱり、力が欲しい。せめて、こういう場面でも対応できるくらいの。私一人でも何とかやっていけるくらいの。
せめて、足手まといにならない程度の力を。
「平穏無事を望んでいたのは、何よりも私だったというのに……」
まあ、平穏無事な生活を望んでいるのは変わってないんだって。向こうが勝手にアプローチかましてくるんだって。わたしわるくない。つか、しょうがなくないか?
「なあんで、捕まるんだろうなあ」
「お前がトロいからじゃねえのかぁ」
根本的なところを自問自答してみるつもりだったのだけれど、それに返ってくる答えがある。
「……あ」
「なんだぁ?」
「……いや、別に……」
む、とされたが、それを無視した。
「つかお前、マジで何なんだぁ……?」
「何って……普通の、人間ですけど」
「……そうかぁ?」
ざらりと零れる銀糸が蛍光灯を受けてきらめく。最初に対面したときの殺気は、今現在はすっかり消えている。私がただの使えない女だと解ったか……あ、ちょっと言ってて悲しくなってきたよ……?
「まあ確かに、戦闘に出しても速攻で肉塊になっちまいそうだしなぁ」
「言うに事欠いて肉塊とか」
「あぁ!?」
「いえ、何でもないです」
……やっぱり、にらまれると怖い。ヴァリアー怖い。
「……ったく……」
がしがしと頭をかきながらも、スクアーロはこの部屋を出て行こうとしない。……見張り?
「あの……」
「何だ?」
「何しに、来たんでしょう?」
「そんなもん、お前の見張りに決まってんだろうがぁ」
「あ、そう、ですよね……」
まさか過ぎた。逃げられる訳ねぇってのに。こんなに縄でぐるぐる縛りなのに。正直、手首のとことか擦れて痛いんですけど。
「はぁ……」
「お前……案外余裕そうじゃねぇかぁ」
「……そう、見えますか……」
逃げられるんだったらとっくに逃げてるんだけどって。
「あのガキどもの仲間なんだろぉ?お前もあいつらみたいに俺らに歯向かうと思ってたんだけどなぁ」
「そんな力、あったらとっくにここから逃げてます」
さっきまで思っていたことを、正直に口に出してみた。ああやはり、私は一般人でしかないのだ。
「……仲間のもとに、戻ろうとか思わねぇのか」
「戻れる状況じゃないでしょう、これ」
はは、と、口から零れるは諦めの苦笑だった。
それに、スクアーロは、寂しいやつだなぁ、と言う。
「死にものぐるいでも戻ろうとか思える相手、居ねぇんだな」
「──!」
諦め良すぎんだろぉ、と言うスクアーロは、もしかしたら私を逃がしたいとかそういう思考の持ち主だったりするのか……まさかそこまでご都合主義はあるまい。
「俺がてめぇの立場だったら、無い力使い切ってでも、あいつのところに戻ろうと思うしなぁ」
「それは……みんな出来ることじゃないですよ」
そこまで、自分の命を軽んじることなど、私には出来ない。怖いのだ。命を失うことが、この世界が。マフィアのボスとなる人間の傍にいて何を、と思われるかもしれない、でも、けれど。
「命の危険に晒されることなく、ただのうのうと平穏に暮らしてきた、たかだか14歳(仮)の女子に、何が出来るって言うんです」
自分の命を守ることで精一杯、他人は二の次。死ぬのが怖い。当たり前のことだ。日常生活では、感じないだけで。
「できねぇのか」
「できません」
「……」
「じゃあ聞きますけど。あなたは私をここから逃がしてくれるんですか?」
「それはねぇなぁ」
「でしょう?……縄抜けなんて出来るはずもない、まず動くことという、根本すら解決できない人間に、ここから逃げ出す選択肢は、存在しないです」
「それで、のうのうと殺されても良いってかぁ」
「まさか……」
「お前の言葉は、それと同義だ」
……確かにそうだが。
「……じゃあ、どうしろって言うんですか!」
荒い声が出る。
「私に出来ることなんて、無いんですよ」
変わった日常、ここにいることが奇跡に思えてくる。ここは私の世界じゃない。
だから、誰かに私の存在意義を求める。
言うなれば、私が、ツナと敵組織を結ぶ存在であるように。
それが、この物語における自分の「役割」だとでも言うように。
「だれかに寄り添って生きることは、駄目ですか」
それを誰かにはき出す自分は、意地汚いと解っていながらも止めることが出来ない。
私は、まだ、この世界になじむ日が一生来ないことを願っているのだろう。
好きだ何だと言いながら、結局はこの世界を紙面の向こうとしか見ていない。
ごめんなさいと謝る、その矛先は解らない。
誰かが、私がこの世界で生きる、その正確な意味と答えをくれたらいいのに。