憂慮の揺曳
なまえが、居ない。
おととい、そう、俺がヴァリアーと会ったあの日から。
携帯にも連絡が繋がらない、メールも返って来ない。
どうしたんだろう、ってリボーンに聞いてみれば、さすがにそれは可笑しい、って、調べてくれた。
俺がなまえの携帯に電話をかけて、リボーンがそれを逆探知。
なまえの携帯は、なまえの家にあった。
鍵は閉まっていたから、多分、帰ってない。(ちなみに鍵は、リボーンがピッキングで開けた)
骸と戦った時のような、嫌な感じが背筋を伝った。
ねえ、また、危ない状況に陥ってるとか、そんなんじゃないよね。
ねえ、声が聞きたいよ。
大丈夫だって言って。
いつものように、俺に笑って。
40.憂慮の揺曳
でも、なまえがいなくても時間は過ぎていく。雨に打たれながらの修行も、身が入ってない、なんて言われて、中途半端に終わって。
気付けば時間は夜になっていた。雨は、相変わらず酷い。
雷戦が近づいてくる。
指示されるがままに行った学校の屋上は、戦闘用のフィールドが用意してあって、それはとても不気味なものだった。
まだ幼いランボが戦うということもあって、心配していたのもあると思う。俺は、戦いが始まってからはずっとはらはらしっぱなしだった。
雷はそこまで心配する要素じゃないって解りはしたけれど、それでも相手との実力差は歴然としていて、一方的に攻撃されるランボ。
それも、10年バズーカのおかげでなんとかなるか、と思いきや、存外そうでもなく。
これからどうするんだろう、と、じっと見ていた俺たちの目の前で、ランボは、10年後の自分に向けて、さらに10年バズーカを撃った。
フィールドに出てきたのは、まさかの、20年後のランボだった。
ランボが酷くさみしそうな目でこちらを見ていたけれど、その理由が解るだろうなまえは、今ここにはいない。
もうひとり、解りそうなゆうこちゃんは、家庭教師であるお兄さんと一緒に、更なる修行の旅に出るとか言って、ヴァリアーと会ったあの日から居ない。
俺は、ランボの言葉に違和感を覚えながらも、ただ、このランボだったら勝ってくれるんじゃないかって、そんな期待をしてみた。
期待は間違ってなかった、うん、これなら勝てる!……そう思った矢先、だった。
ランボが元の姿に戻って、それまで扱っていた電流に耐えきれずに気絶する。
相手は、そんなランボに、執拗なまでに攻撃を繰り返す。
……手を出せば、失格?
そんなの、知るもんか。
「オレ……ランボを守らなきゃ!」
誰かが欠ける戦いに、意味なんて無い。
オレは、ランボを守るんだ。
相手のヴァリアーが、ランボにとどめを刺そうとした、その時。オレが割って入ったためか、フィールドは崩れ、ランボをぎりぎり助けることができた。
……そうだ、
「……いくら大事だって言われても……ボンゴレリングだとか……、時期ボスの座だとか……、そんなもののために、オレは戦えない」
そう、だ。オレが戦う、戦わなくちゃいけないって、言われて、それで戦う理由。
「でも……友達が……仲間が傷つくのは、イヤなんだ!」
そこに、オレが戦う理由はある。
そう、言った直後。
「ほざくな」
ぞくりとする、冷たい声、それに振り返れば、身体を襲う衝撃。
攻撃を仕掛けてきたのは、ザンザスだった。
……いいざ、攻撃してきたところで、俺の言葉が覆るわけじゃない。お前には負けない、そういう意味も込めて、ザンザスをにらんでみるけれど、それは違うように取られたらしい。
「なんだその目は……おまえまさか、本気でオレを倒して後継者になれると思ってんのか?」
「そんなことは思ってないよ……オレはただ……!」
ただ、
「この戦いで、仲間を誰一人失いたくないんだ!」
オレの言葉に、ザンザスがキレたのか、左手が光を集める。何をするのかなんて知らないけれど、それが凄く危ないであろうことは予想できた。
それを止めるかのように、チェルベッロが割って入るけれど、それもザンザスに攻撃される。
そして、ザンザスは不気味に笑った。
「オレはキレちゃいねぇ……むしろ楽しくなって来たぜ」
笑顔をこれほど怖いと思ったことは、初めてだ。
「やっとわかったぜ。一時とはいえ、オヤジが貴様を選んだわけが……。その腐った戯れ言といい、軟弱な炎といい、お前とあの老いぼれはよく似ている」
ザンザスの言うことは、何もかもが不明瞭で、オレは戸惑うしかなかった。
勝手に自分で納得して、話を進めて、俺には推測もできないようなことを喋る。
口出しができないから、黙るしかない。
何も言うことができないでいると、ザンザスがチェルベッロに話を振った。
それは、雷のリングと、大空のリングの争奪戦の決着。
フィールドへの行為も妨害とみなすって……自分がルールって言ってる以上、オレ達のドンナミスでも相手への勝利に換算されるんだろうな、と思った。
……オレの選択は、間違ってたんだろうか。
聞いてみる相手がいない、聞いても、それでよかったんだよって、笑ってくれる相手がいない。
オレは、正しい選択を、したんだよな?
ザンザスの右手中指にあるそのリング、それで、ザンザスは、ボンゴレの名のもとにオレ達をいつでも殺せる、といった。
「だがおいぼれが後継者に選んだお前をただ殺したのではつまらなくなった。おまえを殺るのはリング争奪戦で本当の絶望を味わわせてからだ」
にたりと、あくどい笑み。
「ああ、そうだ。モドキ、お前はさっき、ほざいてたな」
「……何を」
「仲間を誰一人、失いたくない、だったか」
ザンザスは笑みを崩さない。嫌な予感しかしない。何だ、何を言うつもりなんだ。
「……それは、あの女もか?」
「!?」
思考が固まる、っていう次元じゃなかった。身体が、氷漬けにされたように、動くことを止めた。
ザンザスが言うあの女、連絡が取れているゆうこちゃんではないだろう、それから、京子ちゃんも、居ないんだったらお兄さんが何か言っているはず。
思い浮かぶのなんて、一人しかいなかった。
連絡が取れず、行方不明。
まさか……まさか!
「結局お前は、何一つ守れちゃいねーんだよ」
女も、あの老いぼれもな。
続けられた言葉に、父さんが反応した。それも、自分で調べろなんて言う。
「喜べモドキども。おまえらにはチャンスをやったんだ」
「!」
「残りのバトルも全て行い、万が一お前らが勝ち越すようなことがあれば、ボンゴレリングもボスの地位も全てくれてやる」
唐突な提案に、ザンザスが何をしたいのか、戸惑う。
けれど、続けられた言葉に、あいつの真意を見た。
「だが負けたら、お前の大切なもんはすべて……消える……」
「た……大切なもの全て……!?」
せいぜい見せてみろ、あの老いぼれが惚れこんだその力を。
ザンザスが言った後、明日の対戦カードが発表される。
「明日の対戦は……嵐の守護者の対決です」
ランボを助けて、病院に入院させて、その帰り道。
どうしても考えがまとまらないうちに呟いた本心は、リボーンによって肯定された。
欲していた言葉のはずなのに、満たされた気がするのに、それでも何かが足りないと思うオレは、欲張りなんだろうか。
「リボーン、オレ、もっと強くなりたい」
そう、もっと、もっと強く。みんなも、それから、なまえも守れるくらいに。
守れるくらい、いや、そうじゃない。守らなきゃ。俺が、守るんだ。
なまえを取り返す。
ああそうだ、あいつの口ぶりからして分かった。
なまえは、ヴァリアーと一緒にいる。ああ、助けるんだ、オレが。
「……そうか」
あいつに関しては、俺の方で手を打っておく、さっさと連れ戻さないとな。
リボーンの言葉に、頷いた。