戦慄の対面


真っ暗な道を、電柱の街灯の明かりを頼りに、ツナの家に向かって歩く。ツナとバジルが、死ぬ気丸について話していた。

「死ぬ気になる錠剤アイテムです。親方様が拙者専用に作ってくれたんですよ」

「!」

「死ぬ気弾より、死ぬ気は少し落ちるんですけどね」

バジルの言葉を聞いて、また親方様か、とぼやいた。リボーンがもうすぐツナも会えるからな、と言う。そうだね、と、リボーンの言葉に同意した。
苦い顔をするツナは、親方様が誰か、本当に推測出来ていない。本当に身近な人なんだけれど、それも気付きはしないだろうな。
もしここで、ツナが、親方様=家光さんだという推測を立てられたらそれは、実の父親がマフィア職であるということを疑っているということで、そうやって人を疑うことを、まだツナは知らなくていいと思う。
今の素直さが、ツナの魅力の一つでもある。

なまえ、知ってる?聞かれて、知ってるけど、それは私の口からいうことじゃないなあ、と答えておいた。

少し拗ねた風なツナに、くす、と笑った。



38th.戦慄の対面



ツナの家について、ドアを開ける。ただいま、その言葉全てを言い終わらぬうちに、ツナはげ、と苦い声を零した。ツナに応えるおかえりのその声の持ち主が、家光さんだったからだ。

「と…父さん!」

珍しく起きてんだ、珍しく、が気にかかる。どっかでかけんの?ツナの言葉に答えるその言葉が、少し低くなる。

「ああ。招いてない客が、思ったより早く来ちまったらしい」

それに感づくのが、リボーンと、バジルと、──私。
そうか、今日だったのか、ヴァリアーが並盛に来るのは。

疑問符を浮かべるツナをよそに、リボーンが事の詳細を尋ねる。事情を知っている、私とリボーンとバジルには解る会話だけれど、ツナには何が何だか。全く解らないだろう。それでも、事態は急を要する。
淡々と交わされる会話に事態を尋ねるツナ、それに、家光さんが、隠すこともせずに、答えた。

「ヴァリアーが日本に上陸したらしい」

「なっ!例のおっかない連中がー!??」

叫ぶツナは、少し混乱した様子で家光さんに、何故家光さんが事情に詳しいのかを尋ねる。──尋ねると言っても、そう言葉になっては無いのが、ツナらしいというかなんというか。

しかし、ツナに解るように詳しく解説している時間が無いのもまた、事実だろう。

「オレは守護者全員の安全の確認を兼ね、状況を伝えに行く。手伝え、バジル」

「はいっ!」

「!?」

「お供します親方様!」

「!!」

やっぱり、驚く。まあ、普通そうだ。もし私も、親がマフィアだとか言われたらかなり驚く。
近しい人間がそんな意外なことに足を突っ込んでいるとは、普通思わない、だろう。

一つだけ例外を上げるとしたら、人間びっくり箱のゆうこくらいなもんかな。あれは大体のものが来ても驚かない、気がする。

うっすらと、そういえば行方不明の友人について考察している間に、ツナと家光さんの親子漫才もとい状況説明は終わったようだ。ツナは、家光さんにランボを任せられる。
家を出ようとする家光さん、驚いて腰を抜かしてへたり込むツナ。
ドアを開けたところで、家光さんが振り返ってこちらに視線を向けた。

「ああ、そうだなまえちゃん」

「はい、何ですか?」

「ゆうこちゃん、君が迎えに行ってくれるか?」

「はい?」

彼女、今連絡付かないんだけど、なまえちゃんなら連絡付けられそうだし、じゃあな!

そう言い残して、家光さんは去って行った。

「あーもう!」

がしがしと、乱雑に頭を掻いて、携帯を取り出し、ツナの家から出る。後ろからツナとリボーンが出て来る。

「じゃあな、なまえ。俺とツナは雷の守護者のとこ行くぞ」

「うん。気を付けて」

「あ……、じゃあね、なまえ!」

ツナに軽く手を振って、携帯のアドレス帳からあの兄妹の携帯番号を検索する。どちらに連絡した方が早く連絡がつくか、と考えた結果、兄である奏一さんの連絡先を呼び出した。

家光さんが私にゆうこのことを頼んだ、ということは、少なくとも家光さんが、ゆうこに関して何らかのアプローチをかけているということで、連絡がつかないということは、何をやっているか知っている、ということでもあるだろう。
これらの事態から推測するなら、それからゆうこという人間の特性を考えれば、今現在、ゆうこは守護者として修業中であり、もしこれが答えであるなら、修行中は携帯の電源を切っておくだろう。
そう考えると、ゆうこレーダーを持つ奏一さんに連絡を取った方が早い。番号を呼び出して通話ボタン。5コールくらいで呼び出し音が途切れた。

「──もしもし?」

「なまえちゃんか、どうした?」

「奏一さん!ヴァリアーについてご存知ですか!?」

切羽詰まった声が出たことに、自分でも驚く。奏一さんも驚いたらしく、返してきた言葉に少し動揺が見られた。

「え、ああ──知ってるけど」

「なら、話が早いですね」

「どうした?」

「ヴァリアーが、攻めてきました。リング保持者です。……ゆうこを呼ぶように、と、家光さんが」

「成程。……事情は呑み込めた。──だそうだ、ゆうこ!

電話の向こう、うっすらと聞こえた声に、え、と驚く。それから、奏一さんがかなり強かったことを思い出して、そうか、ゆうこの修行相手か、と納得した。

「──場所は解るか、なまえちゃん」

「……いえ、そこまでは……」

「そうか。……いや、うん、十分だ。ま、相手を探すのもゆうこの修行にはなるだろうし。……なまえちゃんこそ、捕まるんじゃないぞー」

「あ、──あー、はい」

善処しときまーす、とだけ、そう答えて電話を切った。
何の戦闘力もない人間が、しかも女が、ヴァリアー相手に生き延びるとか、冗談でも寒い。
茶目っ気を含んで言ってくれた奏一さんには悪いけど、それに笑うことはできなかった。

さて、と思い、これからどうするか。それを考える。
ここでただじっとしているのもどうかとは思うのだけれど、下手に動いたらヴァリアーに見つかるという可能性も捨てきれない訳ではない。

結論として、家に帰ることにした。

家に帰ってじっとしていれば、それまでにヴァリアーに会わなければ、今日は平和に過ごすことができるだろう。

そう考えて、家に向かおうと、駆けだした。

善は急げ。

思い立ったが吉日。
















マジヤバイんだけどコレマジヤバイよ。どれくらいヤバイかっていうとマジヤバイ。

過去最大のピンチきたこれどうしようか。

今まで感じたことない悪寒が背を伝う。冷や汗だって出なくなるくらいの恐怖だこれは。

動くことができない。





家に帰ろうと思ったまでは良かった。何故、この道を選んだのか。それを数分前の自分に問いたい。

帰る途中、大きな声が聞こえた。まさかと思い、足を止め、そこから状況をうかがってみると、そこには、黒服集団が高台に集合していた。道の延長上には、ツナたちの姿がある。
もちろん、ゆうこもいた。
黒服集団の中で見覚えが無いのが一人。あれが、ゆうこの対戦相手だろう。やっぱり変なリングの保持者になってたか……。

と、ここまで冷静に分析している暇があれば逃げれば良いだろうと思うのだが、いかんせん相手はボンゴレの暗殺部隊。足音一つ立てればどういう運命をたどるのか、想像に難くない。……というか、ここに居ることは悟られているんじゃないか……?

まあ、そんな理由で動けなかったりするわけなんだが。
無駄だと思いながらも、電信柱の陰でただじっとしている。
このまま、ヴァリアーが去ってくれることを祈りながら、じっと、じっと……。

家光さんの声がする、チェルベッロのであろう声もする。リング争奪戦、その言葉に、とうとう始まったのだと思わせられる。
耳を声がすりぬけていく感覚。ただ、怖かった。
ヴァリアーの殺気とは、ただの一般人の私でもこうして感じ取れるまでに鋭いものなのか。


「それでは、明晩11時、並盛中でお待ちしています」

「さようなら」

二つの似通った声がそう告げた後、バッ、と空気を切る音。チェルベッロが、人間とは思えないような非常識な飛翔力を披露して消えていった。

「ちょ、待ってそんなっ!」

ツナの制止の声もむなしく響く。夜の静かな空気に、ツナの慌てた声だけが余韻を残した。

少し間があって、それからうわぁぁ!と叫び声が聞こえる。ザンザスに睨まれでもしたのだろうか。それから、靴が土を蹴る音。ツナたちが立っている場所はコンクリートだから、これはヴァリアーの足音。

どうやら危機は去ったようだ。どば、と汗が噴き出る。これが冷や汗か。膝が笑っている……情けない、と笑うべきか、よく物音を立てなかったと、自分を褒めるべきか。

ともかく、ヴァリアーの脅威は去った。これなら家に帰れるだろう。
震える足を叱咤して、しっかりと足に力を入れる。

ここでツナたちに顔を出す意味は無い。そう考え、家に戻ろうと、足を踏み出した。今来た方向、少し遠周りになるが、帰れないことは無い。ツナたちに見つかって、リング争奪戦に変に巻き込まれることは避けたかった。

一歩、二歩、三歩。

かつ、かつ、












きっと今日は厄日だ。でなければ、こんな事態にはなっていない。
大体、ヴァリアーに鉢合わせ未遂をしたことですら十分にピンチだったのに。何故、何故なの何故なのよ。


「まさか、あの場に居合わせたことが偶然だとか吐くつもりはねぇんだろぉ?」

蛍光灯の淡い光を受け、綺麗にきらめく銀糸。同じ銀色の光でも、その左腕の銀は鋭く鈍くきらめいている。




どうしてくれる。全くもって動けないのだけど。

まあ当然である。誰が、両手両足を縛られた状態で動けようか。

……デジャヴ。

「何か言いやがれ小娘ぇ!」

ここで「何か」、と答えたら、確実に剣の錆になるであろうことが予測される。
本当にどうしよう。

人間、本当にどうしようもない状況に陥ったら、どうしようとしか考えられなくなるんだ。きっとそうだ。つまりこれは本当にどうしようもない状態なんだ。


「ねえ、本当にそんな貧弱で貧乏そうな女が何か関係してるの?」

「さあ?実際カンケー無さそうじゃね?」

「でも、捕まえろ、って。ボスの命令なんでしょ?スクアーロ」




…………そうでしょう?


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