もう一度の約束
彼らの修行に触れることが怖くて、私は逃げるように学校へと通い詰めた。ツナやゆうこたちのことを聞かれても、知らぬ存ぜぬで通しながら(そういえばゆうこもいなかったが、あいつもまさか守護者として選ばれたのだろうか。ありきたりな、初代以外に守護者の存在しないリングとか──まさかね)、ひたすらに変わり映えのしない日常を過ごす。
あの日から、ツナには会っていない。──それが少し寂しくも感じる。今まで、そう間を置かずに会っていたから。それに、
「──渡せなかったなあ」
こっそりと用意していた、ツナの誕生日プレゼント。スクアーロに襲撃されたあの日の、次の日が、ツナの誕生日だった。笑顔で、渡したかったのに。
結局、あの日ツナから逃げ出して、きっとツナはそのまま修行に行ってしまっただろうから。
喧嘩をしたわけじゃないのだけれど、仲直りするタイミングを失った気がする。
いっそ修行中のツナに会いに行くという手もなくは無いのだけれど、場所を知らないという、最大の失態。
「……寂しいなあ」
ツナのいる日常が当たり前になっている、そんな些細でありながらも大きいその変化に、内心の戸惑いを隠せなかった。
37th.もう一度の約束
心なしか重い足取り、一人で歩く通学路。ボンゴレファミリーのくくりに入る、誰とも会わないこの通学も、もう五日目になるだろうか。律儀にカウントしている自分に、失笑しか出てこない。
最近は校門に雲雀さんが居ない。それを嬉しそうに話す男子生徒、さらにそれを目を光らせて捕まえようとする風紀委員。草壁さんは、居ない。
重いため息が零れる。何だか、精神的にきているようだ。サボりたいな、と、思う。校門までまだ100メートルはあるだろうか、今から忘れ物をしましたと言って方向転換すればサボれそうだ。学校に向かっていた足を、百八十度回転させる。近くに居た風紀委員が不審がったので、忘れ物を取りに行ってきますと告げるだけ告げてもうダッシュ。走れば不審がられないだろう。たぶんおそらく。
自分の体力の限界まで走り込んでから、息を整える。見覚えはある場所、けれどなかなか通らないその場所。通勤通学の人間が姿を消し始めた、朝の街路。制服を着て鞄を持っている自分が浮いている。浮いてはいるのだけれど、けれど着替えに家に戻るのも何となく面倒臭い。
──この前スクアーロの襲撃に合った、あの商店街に行ってみようか。
何とはなしに浮かんできた、その考え。他に候補を並べ立てるのも面倒だったので、その意見でいいかと、ここからあの商店街へ向かう方向へ足を向ける。と、
「おいおい、サボりは駄目だぜ、お嬢さん」
覚えのある声、覚えのあるシチュエーション。頭に乗せられた手の持ち主を確認するかのように振り返って、小さく零した。
「──ツナのお父さん……」
「暇だろ、なまえちゃん。ちょっと付いてきてくれると助かるんだけどなー」
言いつつ、家光さんはわたしをぐいぐい引っ張っていく。
「ちょ、え、人攫いー!」
元女子高生、異世界人。そんなステータスしか持ち得ない私は、為す術も無く家光さんに引っ張られていった。
「なあ、なまえちゃん」
「──何ですか」
君は、未来を知ってるんだってな、その言葉に、もう当てになりませんよと返す。
「人の記憶なんて、曖昧なもんです。一度得た知識を永久的に保存することなんて出来やしません」
もう、私に解ることなんて微々たるものです。それは本心だった。
「……じゃあ君は、未来を知っていたから、ツナと一緒に居たのか?」
あいつの辿る未来が、君の知っている未来であるかどうか確かめるために。そう続けられ、反射的に違いますと答える。──叫ぶ。
「そんな理由でツナと一緒に居たわけじゃないんです!」
「なら、それでいいだろ」
「──へ?」
必死になって訴えて見るも、家光さんはあっさりと返事をした。前を向いていた、その顔をこちらに向けて、笑う。
「なまえちゃんはこれからもずっとツナのそばに居ればいい。あいつ、俺が最後に見たときよりも随分きれいに笑うようになってきてるしな」
むしろそばにいてやってくれとお願いしたいくらいだ、そう言われる。
「──私は、ツナの傍に居ていいんですかね」
戦えない、ただの女が。将来のボンゴレボスの傍に居るというのは果たして許されるのか。
「…………許す、許されるの問題じゃないと思うけどな」
「……」
「なまえちゃんはツナに、傍に居ることを許してほしいと、そう言われたのか?」
「いや、それは無いです」
「だろう?だから、なまえちゃんはツナの傍に居たい、なら居ればいい。それでも自分は、それが許されないと思うなら、許されると思うまで努力すること。自分で自分を許すんだ。──といっても、ツナ自身はとっくになまえちゃんに傍に居てほしいと思ってるみたいだけどな」
この前、修行中に会いたい、って言ってたぞ。その言葉に、胸がほっこり暖かくなるのを感じる。そうなれば、次は早い。会いたいと、ただひたすらに会いたいと、その感情だけがそこに残る。
「──じゃあ、行くか、なまえちゃん」
「はい!」
制服だって気にしない。少し険しい山道を歩く。この森の先には、きっとツナが居るんだ。
全力を使って上り詰めた山の、某一帯では、半裸のツナと、死ぬ気のバジル君が相対していた。殴り殴られのその戦いに、痛そう、と思わず声が漏れる。
「はは、なまえちゃんは素直だな!」
「ていうか、あれ痛そうって思わなくなったら終わりだと思いますけどね」
「そういう感情、大切にしろよ」
半分、まだちゃんとツナに会う覚悟が無くて、家光さんに隠れるようにして、ツナとバジル君をうかがう。決着がつかないかに見えたこの戦いは、ツナとバジル君の相打ちという、珍しい形でもって幕を閉じる。
「相打ち……」
「ツナの奴、殴られた瞬間に死ぬ気をコントロールして防御力を高め、ダメージを軽減しやがった」
「まだそんなこと教えてねーんだろ?」
「ああ。本能的にやってのけやがったな」
リボーンが修行の第二段階終了を告げる。わが子ながらやるじゃねーか、と家光さん。
成長しているなあ、と、やっぱり思う。
超死ぬ気モードに初めて覚醒した、あの時を見ていればなおさら。
「……後は、どれだけの時間であいつが目を覚ますかだな」
「それも修行だな」
「──あの、一応聞きますけど、このまま明日まで目が覚めなかったら?」
「このまま放置だぞ」
「ツナ風邪ひくよ!?」
「自業自得だ」
「……ヴァリアー戦を目の前に控えてこれかよ……!」
良いのかこれで、と思う。でもまあ、眼は覚めるかなと、どこか確信にも似た感情があった。
五日間も修行してたんだ、きっと強くなってる。
少しだけ傾いてきた太陽に、眼を細めた。
太陽がぎらついていた昼間に比べ、その輪郭を揺らがせている、夕方。ツナが目を覚ました。
ちなみに今まで、何をしていたかと言うと、リボーンの指導に従って、今日やるべき範囲をノートにまとめるという、結局学校に行ったのと同じようなことをしていた。サボった意味が無い。上半身を起こしたツナと、ばっちり目が合う。
少し気まずい沈黙。私とツナは言うまでもなく、リボーンもバジル君も黙っていた。
「……五日ぶり?」
「あ、……うん、そう、だね」
「うぜーぞおめーら」
「ちょ、そんな言い方は無いだろリボーン!」
本当に五日ぶりの会話で、他に何を話せばよかったのか、皆目見当はつかないが、それでもリボーンの茶々は、空気を溶かすのに使われた。
もう、と一言呟いてから、ツナがこちらに言葉を投げかけてくる。
「──怪我は、大丈夫?」
「……あ、うん。平気だよ」
「そっか。……良かった」
へらりと、柔らかく笑うツナを見て、久しぶりに笑顔を見たな、と実感した。顔すらまともに合わせていなくて、気まずくなったりしないかな、なんて、さっきまで考えていたことが全部吹っ飛ぶ。また、ツナの笑顔を見れた。それが、嬉しかった。
「ってことで、いよいよ修行第三段階にいくぞ」
「ちょっ、待てって!もうたくさんだよ!帰りたいよ!!」
久しぶりの会話にも、それでもリボーンは容赦なかった。スパルタぶりを間近に見て(さっき授業指導していた時も結構スパルタだったけれど、今回はその比じゃない、気がする)、休ませてあげたら、と口をはさみたいところだが、そうすれば私がどうなるか何となく察することができるので、口をつぐんでおいた。ごめんね、やっぱり人間だれでも我が身が愛しいと思う。
「何甘っちょろいこと言ってんだ?そんなヒマは……」
ぐるるるる、空腹を訴える音が、四人の耳を掠める。発しているのは、リボーンだ。
沈黙が、約二秒ほど。
「夕飯に帰るぞ」
「お前の腹優先かよ!!」
まあ、ツナの突っ込みも尤もだと、笑った。
「もー……」
「マイペースと言うか、我が強いというか」
「あれは我が儘って言うんだってば……」
ズボンを穿き、トレーナーを羽織りながら、ツナがぼやいた。先に山を降りていくリボーンの背中を見送り、ツナに顔を向ける。
「──まあ、先生がああ言ってるんだし、帰ろうか」
「そうだね……。あ、そうだ!」
トレーナーを羽織り終わったツナが、私の手を取って、笑う。
「久しぶりに、なまえもうちでご飯食べない?母さんも喜ぶよ!」
太陽と言うには明るすぎる、ともしびと言えば小さすぎる。例えるならば日溜まりのような、そんなふうわりとした笑みに、迷うことなく、頷いた。
帰ろう、家へ。
そして舞台は、流転する。