祈りの終焉
風になびく銀髪に、ぎゅうとこぶしを握る。奴が無造作に繰り出す斬撃が、街を破壊する。
リボーンが後ろから、お前も避難しとけと言ってくれる。その言葉に甘えて、痛む腕をかばいながらその場を後にした。
バジルとツナ、獄寺に山本、ゆうこを残してその場を去る。腕を伝った紅い液体が、指先を離れて地に落ちた。
36th.祈りの終焉
ディーノが手配した病院がある、そこに行け、リボーンに促されるまま、手にしたメモ紙を頼りに中山外科病院へと歩いた。道行く人々が私の方を振り返る。なんせぼろぼろの服に血がにじんでいるのだ、驚かれない訳がなかった。
腕が痛い、それに足も痛い。でも、それ以上に、何と言えばいいのだろう、もっと痛いものがある。
初めて、言うなれば確かに初めてだ。アトランダムとはいえ、私と言う存在に殺意が向いた。バジルとともにいた人間、それだけで向けられた、暗殺者の纏う殺意。あれが、殺されるという感覚なのか、あれよりももっとすごいものに、ツナたちはこれから対峙するというのか。自然と足が止まる。体の震えが止まらない、どうすれば、いい。
「大丈夫かい、お嬢さん」
それは急に降ってきた。何の前触れもなく、ぽすんと。私の頭を撫でる、大きな手。それにつられてふと上を見れば、人のよさそうな笑みが、そこにはあった。
に、と笑ったその表情。彼とは全然違う、それでも思わずにはいられない。
「ツナの、お父さん……?」
どこかしら似ている雰囲気に、薄れかけていた記憶に。紡ぎだした声に、彼は少しだけびっくりしたように表情を変えた。
ツナのお父さん、家光さんは、私が何処に行けばいいか指示されているだろう、とずばり当ててくれた。ツナの知り合いで怪我をしているという事実から推測されるのは、やはりヴァリアー、スクアーロと言うことだろうか。行き先を告げれば、家光さんは親切にも案内してくれた。ついでに時間も少しあるからと、応急処置までしてくれた。
「──君は、なまえちゃんだね」
「リボーンから、聞いてましたか」
そう切り返せば、まあ、そんなところだと答えられる。
「リボーンがよく話してくれてな。君と──ゆうこちゃんのこと。ツナと仲良くしてくれてありがとうな」
「いえ……」
また、にっと笑う家光さん。それから、時間だし、俺はそろそろ行くぜ、と言って去ってしまった。
家光さんが出て行った扉を眺め、嵐のような人だったなあと思うもすぐに、ツナやディーノさんたちがそこから現れた。……時間だった、なんて実は言い訳で、ツナと顔を合わせないようにするために帰ったとか、まさかそんなんじゃないよな。
ディーノさんに抱えられたバジルは、さっき商店街で見たときよりも怪我が酷い。解っていても、私にはどうすることもできなかった。
小さく息を吐く、それすらもこの部屋には無駄に大きく響いて、ツナがこちらを振り返る。さあっと青ざめるその表情、
「──なまえ!どうしたんだよその腕!」
「あ、」
そういえば、さっき家光さんが帰ったばっかりだったから、腕を隠す余裕すらなかった。包帯の巻かれたその手は外気にさらされている。実際は少し深めの擦り傷、なだけで、患部が広いからガーゼが取れないよう、包帯で固定しただけなんだけれども、それでも包帯と言うパーツは怪我を大げさに見せるらしい。駆け寄ってきたツナが手を握ってくれる。震えている、その手。
「……大丈夫、大した怪我じゃないよ」
「でも、それ──俺が、巻き込ん、」
「大丈夫だってば」
自分を責めるツナに、避けられなかった私も悪いし、と言うと、そんなこと言ってるんじゃなくて!と怒鳴られた。
「おいおいツナ、気持ちは解るが少し落ち着いてくれ。……酷くないとはいえ、バジルにも響く」
「ぁ……す、みません……俺……」
まだ握られる両掌、大丈夫だからと無理矢理引きはがした。
「──なまえ?」
「……大丈夫だってば、ツナ」
にこりと笑えば、それでツナは納得してくれる。
──そう、思っていたのだ。
「……なまえ、無理、してない?」
ずくりと疼いたのは、何処だったのだろう。ツナのその言葉は不明瞭で、正確には私の心情を射抜いてはいなかったのだけれど、それでも何かしら、感づかれたという事実が、酷く私を狼狽させた。
それがツナの成長だと認めるのが怖かったのかもしれない、私だけ何もできないままで、
「──なまえ?」
「……ごめん、私家に帰るね」
「あ、ちょなまえ!?」
その行為が逃げだとわかっていた、それでも。その場に私と言う存在が居ることが、凄く不自然に思えてしまった。
伸ばした手は空を掴む、だなんて、ありきたりな表現かもしれないけれど、それしか言うことができなかった。
俺に背を向けたなまえ、そんなの、初めて見たんだ。
「なまえ……?」
空気に溶けた、その名前。今すぐにでも追いかけたい。
「追いかけようなんて思うんじゃねえぞ、ツナ」
「でもなまえが!」
「あいつにも一人で考える時間が必要だってことだろ。放っておけ」
「リボーン!」
行き場のない感情、沸き上がる衝動に、募るものは苛立ち。
「大体ツナ、お前は何でそこまでなまえに構う?あいつが自分から逃げ出したなら放っておけばいいだろうが」
リボーンの言うことも尤もだ。なのになんで、俺はそこまでなまえに構う?そんなの、
「そんなの──そんなのっ、」
言葉が詰まる。何となく、答えは見えていた。それでも、これは認めていいんだろうか。
怖かった。俺がずっと変わらないものだと思っていたものが、気付かないうちにすり変わっていた感覚。俺にとっての本物は、いつから別のものになり変っていたんだろう。
「そんなの、何だ。お前が言葉にしねえと、何もわからねえぞ」
「──……」
「いつまで過去に縛られる気だ。ツナ、変わらねえものはねえんだ」
「リボー、ン……」
「お前が骸との戦いで覚醒したように、バジルが並盛に来たように。変わらない日常、なんてそんなもん存在しない。毎日どこかしら変わってってんだ。緩やかな変化だから気付かない、でも、気がついた時には原形なんて跡形もなく吹っ飛んじまってるくらいに変化してるんだ」
年を取らない人間はいねぇだろ、そういうことだ。やたら簡潔にまとめたリボーンの声が、嫌にじっとり耳を掠める。
「ツナ、よく考えとけ。これからは甘っちょろい考えで乗りきれるほど、楽じゃねえ」
お前の考えをまとめとけよ、迷えばそこでお終いなんてこともあるかもしれねえんだ。
深い闇の色が、瞬く。そこからリボーンの真意は、読み取れなかった。