始まりの合図
「ねーなまえ、来ないの?」
「あーごめん、今から宿題やんなきゃ」
「……ツナも来るのに?」
「──おま、それを言うか!」
「だってー、なまえ釣るんだったらツナを引き合いに出せば間違いないでしょ?なまえ、ツナのことだあい好きみたいだし」
合ってるけど、それをゆうこに言われるのは結構屈辱だったりする。
「だったら、あんたも自分に向けられてる熱愛の視線に気づきなさいよ」
「……そんなのあるの?」
ほらね!
35th.始まりの合図
そんな私は今、並盛商店街に向かって歩いている。根負けしたというか、電話しながら宿題の準備をしていたら、ノートが足りないことに気づいてしまったわけで、それも買うついでだ。
どーせ中学校の宿題なんて貫徹する勢いでやっちゃえば問題ないって!とは、ゆうこの言だ。夜は寝たい(のとついでにネットしたい)ので、先にやっておきたかったのだけど。こればっかりは運が無かった、しょうがないと思って諦めるしかないだろう。
運動靴が地味な音を立てる。少し肌寒い気候に、もう一枚羽織ってくれば良かったな、と後悔。この前買ったパーカーが、着心地がよく柄も好みだったから、最近よく着ていた。可愛かったし、ツナと一緒にどこか行くことになったら着ようと思っていたのだけれど、今日に限って洗濯中とは。パーカーは洗濯中だし、予定も計画通りにならないし、きっと神様は昼寝をしているに違いない。
冷えた風が頬を撫でる。もう十月だ。夜は冷え込むし、冬もすぐそこまで来ている。澄んだ空を見上げて、今日もいい天気だ、等と場違いな思考。もとい、現実逃避。
バッグに入れていたケータイがメールの着信を知らせる音を鳴らした。送り主は、ゆうこ。商店街のゲーセンの方だからね、間違えないでね!とのメール。読み終わって閉じようとしたところに、滑り込むかのようにしてもう一通、メールが届いた。誰だこんちくしょうと思って開いてみれば、予想外と言えばまあ予想外で、ツナからのメール。内容は、急がなくて良いからね!と、それと、急に呼び出してごめん、といったもの。
何となく予想はしてたけど、ゆうこの独断か。ため息をひとつ。メールの返信は良いだろう。もうすぐで商店街に着く。そう思って、ケータイをバックにしまってまた歩き出した。
人の少ない商店街を、迷いなく進む。慣れてしまった道のりだ。
途中、文房具屋さんでノートと、使いやすそうなシャーペンを買う。衝動買いは癖なので、そろそろなおさなければと思いながらも、たぶんしばらくは抜けないだろうなと思う。バッグに増えた重み。文具屋さんを出た。こうも連続して歩くと、少しは体も火照ってくる。長袖を少し捲くり上げ、歩くことを再開した。ペットショップを通り過ぎ、服屋の前をスルーして(常々思うが、何故この服屋はいつも女性下着を店頭に置くのだろう)、ゲーセンまであと少し、といったところで、見なれた茶髪と金髪、それから黒いもじゃもじゃを発見した。
一つのテーブルに座るツナと京子ちゃんを見ながら、邪魔しちゃ悪いかな、と思ってゲーセンへ足を向ける。
が、ここで再度言っておく。この商店街は確かにこのあたりが中央部であり、人はそれなりに居るが、今現在の時刻は祝日、昼間だ。当然、ピークに比べれば人は少なく、
「あ、なまえちゃん!」
「え、なまえ?」
見つかるわけだ。
ゲーセンに向けていた足を、ツナたちの方へと向ける。歩きながら軽く右手を挙げてみれば、京子ちゃんが軽く振り返してくれた。
「あー、なまえだもんねー!」
「はいはい、ランボも元気そうだね。イーピンも。昨日ぶりかな?」
笑えば、二人ともが綺麗に笑みを返してくれる。ああ、子供って癒しだわ。こう、笑ってれば実害は無いもんね。
「なまえ、来たんだ」
「うん。先に文具屋さんに寄ったけど、そんなに遅れなかったみたいだね」
今からゲーセンに行けば間に合う?聞いてみれば、大丈夫じゃないかな、と返ってきた。
「なまえちゃん、なまえちゃんもゲーセンに行くんだよね?」
「うん、そのつもりで来た(っていうか強制召喚された)からね」
「じゃあ、一緒にプリクラ撮ろう!」
「あー、うん、そうだね」
わあい楽しみ、なんていう京子ちゃんに、若いって良いなとか思ってしまう。もうそこまではしゃげる年じゃなくなってしまったなー、精神年齢だけだけど。
「あ、なまえちゃんも何か飲む?」
「え?いや、私は良いよ。喉乾いてないから」
「そう?遠慮しなくてもいいんだよ?」
「大丈夫、遠慮じゃないから」
それは事実で、なら良いけど、と、京子ちゃんも引き下がる。ベストタイミングで、ランボが買ってもらった缶ジュースを飲み終わったようだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか、なまえ、京子ちゃん、ランボ、イーピン」
ツナの言葉に、ランボ達が立ち上がりかけて、
「──ねえツナ君」
立ち上がる前にじり、とツナに寄る京子ちゃん。え?とツナの戸惑う声、
「何の音だろ?」
もう一つ、ツナが戸惑う声、それを待っていたかのように近づいてくるこれは──爆発音?
「……え、いや、ちょっと待て」
「なまえ?」
もうだいぶ薄れた記憶に鞭打ちながら、それでもと思いだそうとするのは話の流れ。
黒曜編が終わって、秋の大会が終わって、そういえばみーくんin骸にクロームちゃんのこと任されて、
「って、ヴァリアー編かよ!」
思い至った記憶、それは声に出してしまったものの、都合よくというべきか、土煙を巻き上げるほどの爆発音にかき消された。
「な……何!!?」
思わず立ち上がるツナ、遠くで鉄がぶつかるような音、その音から少し遅れて、土煙に一つ、黒い影。
「なまえ、」
「え?」
急に握られた手。何かあったら、すぐ逃げられるから、と小さく言われては、了承せざるを得ない。
視線をビルのほうに向ける。影が濃く、大きくなっていた。
「え……ええ!!?」
影はツナに近づいてくるように飛んできて、その影は、近づいてくれば来るほど、その正体を明らかにする。
人だ。人間だ。朽ち葉色と言うべきか、そんな色をした髪を持った少年──手っ取り早く言おう、彼のことは覚えている、バジルがツナに突っ込んできた。
「ぎゃああっ!」
「あ、ちょうわぁああ!?」
ツナの判断は悪い方向に働いたようだ。すぐに逃げられるよう手を握る=何かあったら巻き込まれる。バジルの飛んできた勢いに飲まれて吹っ飛んだツナに引っ張られて、レンガで造られた地面に思いっきりスライディング。袖を捲くり上げていた分、肌へ直にダメージ。すりむいた肌も痛いが、何より摩擦熱が熱い。痛みを上回る熱さだ。かといって、痛みが無いわけではない。剥けた皮膚に触れる砂は、びりびりとした痛みを伝える。熱と痛みに耐えきれず、反射的に上半身を起こした。腕を地面から離す行為を最優先で行う。
行ったからといって、痛みが引くわけではないんだけどもね。気休めだ。
身体を起こしてからは、とりあえず袖を下ろした。傷を外気に触れさせないため、これ以上の傷口へのダメージを減らすためだ。服が傷口に触れて、また小さく痛みを生むが、それも傷の悪化と天秤にかければ、どうするのが適切な処置かは熟考するまでもない。
ついでに、怪我をしていない方の袖も下した。下手に突っ込まれるのを防ぐ意味もある。
ゆうこなんか、きっと傷を見たら暴走してしまうだろう。血が落ちてきてしまえばそれまでだが、それくらいは何とか防げる、気がする。
砂にまみれ、少しほつれた服。今日お気に入りのパーカーを着てこなかったのは正解だったかも、と思った。人間、自分の理解を超えた事態に巻き込まれると、思考が無駄に冷静になるらしい。
「す、すみませ……!」
ツナの上に乗っていたバジルが身体を起こす。とともに、下敷きになっていたツナを見て驚いたふうな声を上げた。痛がりながらも律儀に突っ込みを入れるツナを見て、小さくため息。
と、聞きなれた声が三つ、聞こえてきた。
「10代目ー!」
「大丈夫かツナ!」
「何か凄い音したよー!?」
獄寺、山本、それからゆうこ。反対からは、京子ちゃん。
「ツナ君、なまえちゃん大丈夫?」
「あー、うん、平気平気」
「っいたたたた……」
「──!大丈夫ですか!?」
バジルの手を借りて上体を起こすツナ。ツナも目立った外傷はないと言っても、背中を強く打ちつけてるだろう、大丈夫かと声をかけたかったのだが、
「う゛お゛ぉい!」
それも男の声にかき消される。声が発された方を、ほぼ同時に見上げた、私とバジル。
ビルの入口だろう、ひび割れたコンクリートの上に佇むのは、黒を身にまとった、銀色の長髪の男。その左手には、剥き身の剣。
「なんだぁ?外野がゾロゾロとぉ……。邪魔するカスはたたっ斬るぞぉ!!!」
一瞬にして張りつめるこっちの空気。とうとう来たのかと、半分あきらめにも似た心境で。
銀色はむかつくほど綺麗に、秋の太陽に照らされて煌めいていた。