兄・襲来
『ちょっ、なまえ、来て!昼休み屋上に来て!』
ゆうこからメールがあったのは、三時間目の中ほどだった。何がそんなに切羽詰まっているのだろう?ゆうこにしては珍しい。
「まあ、何となく嫌な気しかしないけど……行くしかないのかなー」
ディスプレイが嫌なまでに白く光っていた。
33rd.兄・襲来
重い鉄製の扉を、強く押して開く。真っ先に目に入ったのは、真っ青な大空。今日もいい天気だ。まだまだ熱気を含む風が頬を撫でて行った。
「あー!やっと来たー!」
大きく響いた声にびくりと肩を揺らした。声の主は、言わずと知れたゆうこだったが、というか、あいつがこんなに叫ぶのも珍しい。どうしたの、と聞こうとしたところで、その違和感の正体に気づいた。
屋上に集まっているメンバーをよく見てみる。いつものメンバー、とは一味違うようだ。
ツナに獄寺、山本にゆうこ、そして、
「お、なまえちゃん!ひっさしぶりー!」
この場に似つかわしくない男性が一人。見た目年齢は軽く中学生を超しているのに。何故あなたがここにいるんでしょう?
「──奏一さん?」
「おう!」
ともせい奏一(そういち)さん。ゆうこの兄だ。ゆうこほどには薄くないけれど、それでも少し色素の薄い髪は、何処となくゆうこを彷彿とさせる。
けれどここで疑問が生じる。何故、この人はこっちの世界に来たのだろう?
それを尋ねてみると、意外にもあっさりと答えが返ってきた。
「いやー、朝起きたら全然知らないとこでビビったね!いやもう、目が覚めたら、って感じかな」
はっはっはと笑う奏一さんに、がくりと肩の力が抜けるのがわかった。なんかもう、楽観的すぎる兄妹だなあ……。
「……えーっと、なまえ、その人は?」
──あ。
奏一さんとの衝撃的すぎる再会にびっくりしていたせいか、ツナたちに説明するのを忘れていた。話について来れてない3人。
私は苦笑してから、この人を三人に紹介した。
「ともせい奏一さんって言ってね、ゆうこのお兄さん」
「よろしくなー!」
「──ええ!?」
「は!?」
「ゆうこのお兄さんかー!」
素直に驚いてるのはツナ、マジかよ、って顔してるのが獄寺。安心した感じに苦笑してるのが山本。
……獄寺と山本は奏一さんのことをゆうこの彼氏かなんかとでも勘違いしたんだろう、よく間違われていたから。
「……よかったー。なまえが来てくれなきゃどうなってたか……」
「どしたのゆうこ」
「みんなね、お兄ちゃんがお兄ちゃんだって言っても信じてくれなかったの」
「ああ、それは……」
「何でかなあ」
「……」
一つ付け加えておくと、奏一さんはシスコンである。超絶シスコンである。普段からゆうこにべったりで、ゆうこもそれが普通の兄弟のスキンシップだと思ってるから、こいつらはどこぞのバカップルかというくらい、普段からいちゃいちゃしている。それで勘違いされないというのは、ある意味奇跡のようなものだろう。
「ま、いいや」
「良いのか」
だってお兄ちゃんに会えたし、そう言うゆうこは、幸せそうだった。
「……でも、何でまた奏一さんが学校に?」
「ああ、それは……」
「俺にはゆうこが何処に居ても解るからな!」
「だって。凄いよね」
「……」
そうだった、奏一さんにはゆうこレーダーとも言うべきものがあったんだった。大抵何処に居ても、ゆうこに何かあれば飛んでくるという、びっくり能力の持ち主だった。はー、とため息一つ。これまででも大変だったのに、さらに騒がしくなりそうだ。
「……大丈夫かなあ」
呟いた言葉は私のものではなく、ツナのものだったけれど(奏一さん参加によるゆうこ争奪戦の激化を感じたんだろうなあ)。
心底同意してみた。
……それにしても、良く雲雀さんに見つからなかったなあ。……これから見つかりそうな気がしなくもないけど、それでも、まあ、奏一さんなら何とか逃げれるんじゃないかと、そう思った。
だって彼には、最強の雲雀対策がついてる。
その日の夜だった。奏一さんが私の家を訪ねてきたのは。
「なあ、なまえちゃん。いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「……何でしょう?」
「ここ、ゆうこがよく読んでた漫画の世界だろ」
「……ゆうこが、そう言ったんですか」
「いや。──ほら、なまえちゃんも知ってるだろ、俺さ、」
「称号・ウィザードを持つハッカー、でしたね」
「ああ。調べてみたんだ。ゆうこが話してた、ゴクデラ、とか、あと……学校出る時に、ヒバリとかいうやつに遭遇してな。もしかして、と思って。案の定だ」
「ボンゴレに当たりましたか」
「ああ。──ったく、人の妹をとんでも無いことに巻き込んでくれて……」
「でも、ゆうこ、楽しそうですよ」
「お兄ちゃんとしては複雑なんだよなー」
それに、と、言葉が続けられる。
「さっき、俺のところにリボーンとかいう赤ん坊が乗り込んで来やがった」
「あらら。大変でしたね」
「しかもちょうどボンゴレ周辺を洗ってた時だったからなー、目ぇ付けられたかもしれない」
「あらー。頑張ってください、奏一さん」
「他人事みたいに言うね、なまえちゃん」
「他人事ですから」
「……ま、良いや。とりあえず、ゆうこが元気そうだったのもわかったし」
俺も何とかこの世界で生き延びてみることにするよ、そう言って、奏一さんは笑った。
「……獄寺も、雲雀さんも、山本もツナも、まだ中学生なんです」
「……」
「身内である奏一さんが来てくれて、見えないでしょうけどでも、ゆうこは一番安心してると思うんです」
「──そう、なのかな」
「はい。だから……守ってあげてください、ゆうこを」
「──言われなくても」
俺は世界で一番ゆうこが大事だからな、奏一さんは言い残してこの家を去って行った。
その言葉に、無意識に居れていた肩の力が抜けるのを感じた。
「守られるべきは君もだろう、なまえちゃん」
ゆうこは、俺という身内が来た。……なら、彼女は?
身内と触れ合うゆうこを見て、寂しくならなかったわけがない。かといって、俺みたいに都合よく身内がこっちにトリップしてくるということはあり得るのだろうか。……可能性は、低く思えた。
「──どうか、」
願わくば、彼女の家族とも同等程度の存在になれる、そんな人が現れますように。