Imprintng
「なまえ、助けて!」
「──は?」
「ゆうこちゃんが、ゆうこちゃんが……っ!」
32nd.Imprintng
ツナに呼び出されて、慌てて応接室へと向かった。ゆうこちゃんが大変なことになってるんだ、きっと収められるのはなまえしかいないと思って、そうツナに言われて、動かない訳がない。人通りの少ない廊下をひたすらに走る。今回ばかりは校則違反も雲雀さんはお咎めしないだろう。なんてったって、あの子の一大事なんだから。
ばたん、と大きな音を立てて開かれる扉、木製のそれにしては大きすぎる音のような気もする。
ふかふかの絨毯に、高そうなソファ、そこに座るのは、
「あ、なまえーっ!」
「……はあ?」
いつも通り、のゆうこだった。どういうこと、とツナに聞きかけるが、それをあいつは見事に自分からバラしてくれた。
「あのねあのね、この人たち凄いよね、見ず知らずの私に凄い親切にしてくれるんだよ、もしかしてこの人たち、私のそっくりさんに何かされたとか?」
…………見ず知らずの人間をそう簡単に信用しないでくださいゆうこさん!
「……解った?」
「よーく解った。よーするに、記憶喪失なわけなんだね?」
「そういうことです……」
今回は、ゆうこが何かしらのきっかけで記憶を失ってしまったらしい。けれど、ゆうこに私の記憶があるところから、しかも、私を呼び捨てにしている辺り、可能性としてはこっちの世界の記憶が完全に消えたか、中学三年生の時間まで記憶が戻ってしまっているかのどちらかだ。
「ねえゆうこ」
「うん何ー?」
「高校の入学式覚えてる?」
「えー?高校なんてまだ決めてないのに、入学式も何もないじゃん!」
けらけらと、ゆうこは笑った。ということは、このゆうこは中学三年生の時点でのゆうこだ。また厄介な、と内心ため息をついた。
「……え、ちょっと待って、もしかしてなまえたちって、こっちの世界に来る前は、高校生、だったの……?」
「うん、──あれ、言ってなかったっけ?」
「言ってないし聞いても無いよ……!う、わあ、まさか同い年だとは思ってなかったけど、そっか、年上、かあ……」
隣でツナがぶつくさ言っている。ツナよりも年上と言うのが何となく私も嫌だった──というか、一応この世界での私は、中学二年生なのだ、だから、
「でも、この世界に来た時点で、私たちは中学二年生に戻されちゃったからね。一応、同い年だよ」
「え、あ、そう、なの……?」
「うん。──精神年齢までは、誤魔化せないけどね」
そこはしょうがないだろう。私が笑ってみせると、ツナも、そっ、か、と小さく笑った。
「ねえ、ゆうこ。僕のこと覚えてないかもしれないから、もう一度言うね。僕は雲雀恭弥。君の所属する委員会の委員長で、君の彼氏だったんだよ」
「へえ、そうなんですか!えと、きょーや、さん?」
「……っ、その呼び方も、何かそそるね……!」
「おいおい、デタラメ言ってんなよなヒバリ!ゆうこの彼氏は俺だっての!」
「お前でもねえだろうが!──チッ、ゆうこ、言っとくが、その場所は俺のモンだからな!」
「何だよ、獄寺のものでもないじゃんか」
「うるせえ、野球馬鹿!」
「ちょっと、そこの草食動物たち、騒がないでよ。僕のゆうこに悪影響でしょ」
「だから誰のゆうこだ!」
「ヒバリー、それって良くないと思うのな!」
こっちのほのぼのとした雰囲気の横、ベルリンの壁がごとき厚さを持って隔てられた向こう側では、壮大なゆうこ争奪戦が起きている。つーか。、記憶がないのをいいことに刷り込みですか、お前ら本当にどこまで浅ましいんだ。──それとも、愛に貪欲と言うべきか。ほら、言葉でフォローしてやったぞ感謝しろ!
「……どれが本当……?」
「僕だよ」
「だから、俺だって!」
「違う、俺だ!」
なおも言い争う三人に、ゆうこの表情がだんだん陰る。──あれ、
「……ね、ねえ、なまえ。なんか……ゆうこちゃんやばくない?」
「あー……!うん、超まずい」
「ええ!?」
私の心配は的を射ていたようだ、ゆうこが小さく呟く。
「──もしかして、みんな、うそつき……?」
────やばい、中三のトラウマ再来だ。ここを収めるには、もう最終手段に掛けるしかない。
最終手段、すなわち。
「ゆうこ、」
「──、ぅ?」
ゆうこの近くに歩み寄って、
がす。
「────ぇええええ!?」
手刀をぶち込んだ。
残念なことに、ゆうことの付き合いの中で唯一と言ってもいいほど他者に特筆できるものが出来てしまった。すなわち、手刀。最近はめったに使わなくなっていたので使えるかどうか自信はなかったが、どうやらまだ効くようだ。暴走しかけたゆうこを何とか止めることができた。
「ちょ、なまえ何してるの!」
「いや、まあ、あのゆうこはね、ほっとくと学校破壊しかねなかったから、とりあえず止めた」
「とりあえず、って……」
「本当は、ゆうこの暴走を止めれる人が、居たんだけどね」
でも、その人は。
「その人はもう、居ないから」
そう、この世界に居ないのだ。あの人が、もしも自分がゆうこの傍にいない時に、その時の為にと、教えてくれたゆうこを止める方法、それがこの手刀だった。かといって、他に応用できるわけではなく、ただ、ゆうこの体のどこを突けば気絶させられるかを体に覚え込まされたというのが正しい。
「──……」
「ま、そういうこと。──つーわけで、これに懲りたら刷り込みなんざしないこと」
「…………」
「もししたら、」
「もし、したら?」
山本の問いに、私は、今日一番の笑みを以て、答えた。
「明日の朝日は拝めると思うな!」
ゆうこを引っ張って応接室を出ていくとき、ツナがぷるぷるしてたのは気のせいだろう。
……ちょ、私は自己防衛のために色々言ったのであって、本当に怖いのはゆうこなんだからね!
「世間じゃそういうのを責任転嫁って言うんだぞ、なまえ」
「煩い知ってる黙ってリボーン」
神出鬼没な家庭教師様にも突っ込まれた。……明日からはお淑やかになれるようがんばってみよう。
「無理だろ」
「煩い」