鏡の向こうの世界の自分
序章。
この前、ゆうこがびっくりクッキーを作った。
食べた人間の性別が変わってしまうという、そんなびっくりクッキーだ(個人的に、リボーンその他周辺が関係しているのだろうと睨んでいる)。
まあ、一口味見に食べたゆうこが最初の被害にあい、これ以上の被害拡大は駄目だろうと、まあ、ゆうこにしては珍しく、被害拡大をさせない決断を下したものだった。
しかし、そこで終わらないのが逆ハークオリティ。ゆうこが被害拡大を防ぐ為に家から出ないという手段を取ったが、何の連絡も入れないゆうこが心配だ!ってことでゆうこのもとには男たちが何故か集まり、まあ、ゆうこの男体化はばれてしまったというわけだ。
……まあ、当然だろう。
なんか、獄寺が顔真っ赤にしてたり、山本が嫌に爽やかだったり、雲雀さんがぶっ壊れてたり(「ゆうこが男でも大丈夫だよ、僕がちゃんと満足させてあげるから」「ちょっ、ヒバリてめぇ何言ってんだ!」「ははっ、俺だって負けてないのな!」「……何の話?」)(雲雀さん、ぶっ壊れたってかむしろこれがデフォルト化しているんだが良いんだろうか)してたわけだが、ゆうこの男体化はしばらくしたらちゃんと元に戻り、少し野郎どもが残念がっていた気もするが気のせいだったと思うことにしておき、
はい序章終わり。
で、
31th.鏡の向こうの世界の自分
「もがががががが!」
「さーあなまえ!ちゃあんと食べなさい!いいー?ごっくんするまでこの手は離さないからねー!」
「もごごごごご」
「ちょっ、なまえが死んじゃうー!」
「大丈夫よツナ、このくらいで死ぬなまえじゃないわ!」
あんたは私の何を知っているというんだ、つーかこれ苦しい!無理矢理に抑えられた口、その私の口の中にあるのは、ゆうこお手製のクッキーだ。
……そう、男体化するという。
「あんただけ逃げようだなんて浅ましいこと思うんじゃないわよー?」
何処が浅ましいんだ!正当防衛じゃないか!誰だってそんなびっくりクッキー食べたいとは思わないって!
ていうか男体化効果って、ゆうこだから発症したんじゃないの?私も男体化するとか、そんなんやだよ!
「男の体、あんたも存分感じるといいわ……!」
「ゆうこちゃん!それ発言がむちゃくちゃやばいからねー!?」
確かに、字面だけ見れば大変なことになる。でも、ゆうこはそんなことお構いなしに、とにかく私にクッキーを食べさせることだけを目的としているようだ。ツナの突っ込みに返す言葉は無い。
息が苦しくなってきた、口の中のものが無くなり、私が息をするために、取れる行動は一つ。
「──ふふ、ちゃあんと飲んだわね……?」
「…………」
味は、すぐに飲み込まなかったので少し消えている分もあるが、まあ、まずいわけでは無い。料理はゆうこの得意分野だ。
「さーあ、どうなるか、きっちりがっつり見せてもらいますからね!」
「ゆうこちゃん、キャラ違う……!」
まったくだ、と、いつものように口にしようとし、て、
「──っ!」
「……なまえ!?」
ぐらりと、視界が二重に歪む。体のあちこちがギシギシいっている、骨格の強制変化だろうか、全身を貫く痛み。
ばたりと、床に倒れ込んだところまでは覚えている。
それ以降は、
「……ぅ、」
「あ、気がついた!なまえ、大丈夫?」
「……うぁ、あー、……ツナ?」
体を貫く痛みで気を失ったというのに、それによって、私は目を覚ました。まだ腕の辺りがつきつき痛む。
「うん、俺だよ。……大丈夫?」
「あー、う、何と、か、かな……」
横になっていたのだろう、自分の右腕の肘を支えにして、上体を起こした。
普段起き上がるよりも、そう力を込めないで済む。自分で発した声がいつもより、低い。……嫌なことを思い出した。ゆうこに無理矢理クッキーを食べさせられたことだ。
それで、体の変化を感じてるってこと、は。
「──男に、なったんですか……」
「あ、はは……。えーっと、残念ながら、って声をかけたらいいのかな……」
何となく、感覚が違う。あるはずのものがなくて、無いはずのものがある。急な変化に気持ちがついていけず、もやもやとした感じがする。
「はー……」
けれど、なってしまった以上、他にすることと言えば、元に戻るのをじっと待つだけだ。
さあて、どうしようか。
「……、あれ?」
「どうしたの?なまえ」
「服、私のじゃない、ね……?」
「!」
そうだ、視線を落とせば、そこにあったのは私が今日着ていた服ではなかった。しかも、この感覚だと、下着まで違うものになっている。
「あ、の──その、ね、ゆうこちゃんが、自分が男になった時いろいろ大変だったから、せめてこれくらいはしてやる感謝しろ、って」
「まず私を男にするなという話なんだけどさ」
「……だよね」
で、その肝心のゆうこさまは何処に行ったというのか。それを尋ねれば、「二人のことを邪魔するほど野暮じゃないよん」等と言い残して消えたという。
……殴っても誰も怒らないよね?
「ちょ、暴力はダメだってば!」
「むー……」
ツナに止められふてくされてみる。このイライラを何処へやればいいというのか。
あー、もー。
ツナが苦笑している。どうして笑ってられるの、と聞けば、だって、時間がたてば元に戻るのはゆうこちゃんで証明済みだし、それに、男の子になったからって、なまえはなまえだね、なんて。
……なんだろう、ツナと居ると、本当、調子狂うなあ……。
もう、男になったことは諦めて受け入れることにした。
どうやらツナのベッドを借りていたらしい。そこから出ることにする。右足から床に付けて、そのまま重心を右に移そうとして、
「──っわ?!」
「え、ちょ、なまえっわあああぁ!」
普段と違う長さの足、普段と違うバランスの体、普段と違う力加減。慣れないままにいつも通りのことをしようとすればもちろんすぐに崩れてしまうわけで、
「──っツナ、大丈、夫…………っ!?」
「痛たたた……お、れは大丈夫、だけど──なまえ、は…………っへ?」
そんな私を受け止めようとしたツナは、私の下にいて、それって、体勢的にやばいんじゃないか、って。思うわけなんですが、ね。
「あの、ちょ……なまえ?」
「──へ、」
「えーっと、そこ、どいてくれると、嬉しいなあ、なん、て……?」
「あ、っああ、ご、ごめん……」
す、っとツナの上から体を退かす。簡単に倒すことのできるツナの体に、小さく、恐怖を覚えた。
この小さな体で、これから沢山の人と戦い、ボンゴレを背負う存在になるんだと思うと、それで本当にいいのか、とすら思えてしまう。
「あ、俺、何か飲み物持ってくるねっ!」
「──……あ、」
ばたばたと、わざとらしく足音を立てて、ツナは下の階へと降りて行った。
「────何らしくも無く悩んでんだ」
「、あ、リボーン」
不意に聞こえた声はリボーンのもので、それは私の考えを見透かした場所をついてくる。……何時から読まれてたんだか。ていうか何時から居たんだか。
「多少、反乱分子は居るが、ツナがボスになる、それはもう、半分確定したようなもんなんだ。」
「……そう、だね」
「──だから、」
「……」
「ツナが壊れそうになったら、お前が支えるんだ」
ふ、と。それは急に湧いて出たように、水面に石が投げ込まれて波紋を生むように、私を揺らした。
「──そう、かな」
けれど、波紋がいつかは静かな水面に戻るように、その言葉は不思議なくらい、私に馴染んだ。
「そうだぞ」
最初に言った、門外顧問発言、忘れたとは言わせねーぞ、なんて、奴はニヒルに笑って言うもんだから。
「それに」
「?」
「好きな男一人、支えて見せろ。それが日本女性としての美学ってもんだろ」
それを、私がこなせてしまうんだと思わせるような口ぶりで言うから。
「──りょーかい」
まだまだ、頑張れる。