掻き消すように


「もう大丈夫でしょう、明日には退院できると思いますよ」

担当医だった先生の言葉を聞いて、奈々さんがふわりと笑った。安堵した笑み。私も、嬉しくなった。



26th.掻き消すように



「というわけで、今日はツナの退院パーティをするわよ」

「お料理もいっぱい作ったから、たくさん食べてちょうだいね!」

目の前にたくさん並べられた料理は、奈々さんお手製だ。種類だって様々。ツナの退院記念であるこのパーティ用に作られた料理。こんな料理が出来る人になりたいものだ。

「ありがとうございます、おばさん!」

「い、頂きます……!」

「どうぞどうぞ、たくさん食べてちょうだい!獄寺くんも、そんなに固くならなくて良いのに」

ツナの家だからか、幾分か緊張している獄寺、それに笑う奈々さん。近くには、料理にそわそわしているちびちゃんズが居る。

「前置きが長いのも面倒ね」

「というわけで、乾杯だぞ」

色々と思う暇もなく、乾杯の音頭が取られる。まあ、これくらい緩いほうが合ってるのかもしれないなと、ふっと思った。

「なーゆうこ、そこの唐揚げ取ってくれねぇ?」

「ん、いーよー?」

「バカ、ゆうこ!そうホイホイ野球バカの言うこと聞いてんじゃねぇ!」

「えー?いいじゃん、別に。……あ、なまえ、それ取ってー」

「オレンジでいーよね?」

「さっすがなまえ!よくわかってる!」

「あいよー」

ゆうこからのラブコールを何時ものことだとスルーして、自分が欲している食べ物に手を伸ばす。奈々さんの料理は何度か食べたことあるけど、本当、美味しいんだよな……!

「……まあ、楽しめ。滅多に無いから、な」

部屋の片隅、黒いヒットマンが笑ったのを、私は知らない。






くたりと倒れているのは、獄寺、山本、ゆうこ。それから加えて、ランボ、イーピン、フゥ太の子ども組。ビアンキは、「眠いぞ」と言ったリボーンを連れて二階──ツナの部屋へ。奈々さんは、お片付けに、キッチンへと行っている。つまり、このリビングに居る──というより、このリビングで話すことができる相手は、ツナしか居なくて、

「なまえーっ」

……まともな会話を交わすことのできる相手は、一人として居なかった。

「ちょ、ツナっ!」

「なまえー……」

うっすらと顔が赤くなっているツナ。これは確実に酔っている、だなんて、冷静に状況分析してる場合じゃなかった。つーか、この部屋に充満する酒の匂いがそれを物語っている。
だらり、と寄りかかってくるツナは、一見すれば酔っているようには見えない。まあ、ボスとしてはパーティなんかに出るときには便利ですね、とか、じゃなくてもう!

とにかくこの状況をどうにかしなければ。
頼れる奈々さんが居ないのだから。(リボーン?面白がって傍観するだけだ!絶対!)

「ツナ、もう酔ってるしさ、そろそろ寝よう?」

優しく、刺激しないように言ってみるけれど、ツナは何も答えてくれない。それどころか、ぎゅう、と腕に絡まれて、そのままツナは喋らない。これはどうするべきか。残念な感じに、酔っぱらいの相手というものはしたことが無い。ツナをあしらうこともできずにもがいていれば、ぎゅう、と一層腕を掴む力が強くなった。

「……ツナ?」

「どーして、」

「……?」

ぼそりと、まるで空気のようにこぼれた言葉を掬いあげる。

「なまえ、は、……」

紡がれたのは私の名前。それって、何なんだろう。

「なまえ、は、……て、行か……い、で」

もっと、もっと。まるで離れまいとするかのように、腕を強く握られる。

「ツナ……」

「俺、にげない、から」

「!」

酔っていて、それでも、ツナはそうしっかりと言葉を紡いだ。

「にげ、ないか、ら。なまえ……を、まもら、なく……」

ぐたり、と、ツナの頭が私の膝の上に落ちてくる。それでも私は動けなかった。あんな言葉を聞かされて、それでどう動けというのだろう。

……どう、しよう。

「なまえー……」

まるで体温を求める子猫のように、ツナがすり寄ってくる。ふわっふわの猫っ毛に、手を通してみた。

「ツ、ナ」

……好きだよ、大好き。呟いた言葉が、届いていないことを祈った。




「あらあら、ツッくんたら、甘えんぼさんね」

「あ、奈々さん……」

「ふふ。最近甘えてきてくれないと思ってたけど、そうね、なまえちゃんが居るのなら、しょうがないのかも」

「え、それってどういう……」

奈々さんは、ふふ、と意味深に笑った。これからもツッくんをよろしくね、って、


……そんな風に言われたら、変に誤解してしまう、のに。

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