因果の交差路
状況を整理しよう。
……私は今どこにいる?
答え、並盛公園。
「なまえねーちゃ!」
もう一つ問おう。私は今誰といる?
答え、沢田綱吉。
「なまえねーちゃ?」
ただし、10年前の。
25th.因果の交差路
事情は以前とほぼ似通ったようなものなので、割愛させていただこう。さて。私がいるこの並盛公園のベンチ、10年前。ここで出会ったのは、さっきも言ったとおり、10年前のツナだ。単純計算で、今のツナは4歳。少し舌っ足らずなところも可愛い。ふわふわの髪はこの頃から顕在していたようで、頭を撫でてみれば、何度か感じたことのある感触が掌を通して伝わってきた。撫でれば気持ちよさそうに目を細めるツナは、どこかしらネコを彷彿とさせる。まあ、でも猫に近いのは雲雀さんか。
「ねーちゃ、つかれた?」
知らず知らず、ため息をついていたようだ。ツナにそれを指摘されなければ気づかなかっただろう。大きな瞳を潤ませ、私を覗き込んでくるツナは持ち帰りたいくらいかわいい。そこ、変態言うな!
「大丈夫、疲れてないよ」
「でも、さっきからためいきばっかり!なまえねーちゃ、ほんとうに、だいじょうぶ?」
潤んだ瞳がさらに水を含む。ああ、本当に泣き出す一歩手前だ。
……そもそも、私がツナと出会ったのは偶然なのに。
急に10年前に飛ばされて、飛ばされた先のこの公園。それに隣接している道路に、今にも泣きそうになっていた少年がいて、私は彼とたまたま目を合わせてしまって、それを慰めようとジュースを買ってやって、そのあとに、その彼自身から告げられた名前が沢田綱吉だった、それだけのことだ。
聞くところによると、彼自身も迷子だという。それなのにツナの家に連れて帰らないのは、ひとえにツナに懐かれ、一緒に遊んだ挙句に、ツナが「まだ帰らない!」と言い張ったからだ。
そういう経緯で知り合っているため、実際、ツナには私の心配をする余裕などないはずなのに(家に帰ることが先だろう)、それでもこうして聞いてくれる。本当に、優しい子だ。
「……大丈夫。ツナ君は、私の言うことが信じられない?」
「…………ううん、そうじゃないけど」
その小さな頭に手を乗せて、撫でてやれば不服そうにしながらも何とか納得してくれる。子供ながらに鋭い子だ。
おいで、と両手を差し出せば、ぱあっと表情を輝かせて膝の上に乗ってくる。どうやらこの時代のツナは、人の膝の上に乗るのがお気に入りのようだ。さっきまでの不服そうな表情は何処に行ったのやら。笑顔だけを見せてくれる。頭を撫でてやれば、それはもう至高といった表情をするのだ。可愛いことこの上ない。
ずっと撫でていたいくらいだ、そう思っていたところに、唐突にツナから声が掛けられた。
「ねえ」
「うん?」
「なまえねーちゃは、とおいところからきたんだよね?」
ぴたり、私の、彼の頭をなでる手が止まった。そのあたりは触れていないはずなのに、なぜ判ったのだろう。このころからの超直感だなんて、まさかそんなの。
「いつかは、かえっちゃうんだよね……?」
ぎゅう、と。ツナが自分のズボンをしっかりと握っている。膝を通して伝わるのは、僅かな震え。
「……おれ、ねーちゃと、ずっといっしょにいたい!」
小さな叫び、でもそれは、私に直に響いた。ねえ、だめなの!?ツナが振り返って私に言った。その瞳は、涙を零して。
「……どうして?」
「ねーちゃ、おれのこと、わらわなかった、から。こけても、しっぱいしても、ぜったい、わらわなかった、から……!」
だから、ねーちゃと、いっしょなら、わらわれても、がんばれるから。
……随分と、嬉しいことを言ってくれる。でもそれは、私には叶えることのできない願いだ。
だから、約束をしよう。
「ねえ、ツナ君。ツナ君は、私がいなくてもちゃんと頑張れる子だよ」
「……やだ!ねーちゃといっしょがいい!」
「うん。そう言ってくれて、凄く嬉しい」
「……じゃあ!」
「でもね、」
ぱっと輝いた表情、それもすぐに曇ってしまう。そんな表情が見たいわけじゃないのに、それでもそんな表情をさせてしまう。
「私も、帰りたい場所があるから、ずっとツナ君の傍には居られない」
「……うー……!」
泣きそうだ。その表情に、今も10年前も、弱いのだ。
「そんな泣きそうな顔しない!……大丈夫、ツナ君はやればできる子だからね。ちゃんと頑張ってたら、また会いに来るよ」
「……絶対に?」
「うん、絶対に」
その言葉に、嘘偽りはない。ここが確かに10年前なのなら、私はこの時代から10年後、この世界にトリップしてくるはずだ。そこで、会える。
しっかり、ツナの目を見て頷けば、ツナはどうにか納得してくれたようだ。……隙あらば頼みこもうという表情だけど。
「……それじゃ、ツナ。お家に帰ろうか」
「──!」
名前を呼べば、ツナは目を大きく開いた。……何か驚かせるようなことをしただろうか?
「いま、ねーちゃ、ツナ、って」
「え、あ、ああ……嫌だった?」
あ、しまった。つい癖でそう呼んでしまった。
「う、ううん!それがいい!」
……でもまぁ、満更でもなさそうなので、そう呼ぶことにしよう。
ベンチから立ち上がって、ツナの手を引いて沢田家へ。家を訪れれば、今よりもまだ若い奈々さんに出迎えられた。……若いな。
「本当に、ありがとうございました……!」
「いえいえ、そんな大したこともしてないですよ」
「ほら、つーくんありがとうは?」
奈々さんの呼びかけに、ツナはとてとてとこちらに寄ってきて、
「なまえねーちゃ、しゃがんで?」
「うん?」
言う通りしゃがんでみれば、手に何かを持たされていて。
「なまえ、ありがと!」
耳元でそう言われた。……いつの時代も、不意打ちが得意だな……!
ばいばい、にこやかに手を振るツナに、何とか平静を装って手を振り返した。ばたん、ドアがしまる音と同時に、その手を振るのをやめる。
「……卑怯だ……!」
その手で、赤くなっているであろう顔を抑えた。
帰る手段は解らない。今来た道をくるりと回れ右、公園へと戻ることにした。夕日が道を赤く照らす。何もかもが赤いこの世界で、私の腰辺りを、淡い色が駆け抜けていった。
「……?」
その色は、なんだか見覚えがある色で、それが妙に引っかかった。
「……誰かの、髪の色と似てた……」
答えは期待していない。背後から、その子を呼んでいるのだろう、女性の声が聞こえた。
「……──、帰るよー」
「はぁい!」その幼い声も、どこかしら記憶をくすぐった。
どむ、その音を聞くのもこれで6回目だ。桃色の煙の向こう、見えるは無機質な白。
「あ、やっと帰ってきた!また入れ替わった後のなまえが来ないから、びっくりしたよ!」
「あー、それは、まあ、ね」
まさか、来るはずもないだろう。10年前の私だなんて。
反動をつけて、座っていた床から立ち上がった。拍子に、手に握らせられたものが床に落ちる。固い音が、響いた。
「あれ、なまえ、何それ?」
「え、あ……飴、かな」
拾い上げてそれを見た。パッケージは普通の飴玉。ツナに渡してみると、とたんに目を輝かせた。
「わ、これ、俺が小さかった頃すっごい好きだったやつだ!最近どこでも見かけなくなったんだよね!ね、これどこで買ったの?」
「え、いや、人に貰ったんだけど、……あげるよ」
「……いいの?」
「うん、好きな人に食べてもらったほうがいいでしょ」
なんだか複雑な気持ちだ。10年前のツナが渡した飴を、10年後のツナが食べる。ツナの目はきらきらと輝いていて、可愛かった。
ほのかな甘みが、口内に広がる。この飴について、一つ、思い出があった。
大好きなこの飴、最後の1個になったから、大事に大事にポケットに入れて、そのままそのことを忘れて遊びに出たとき、確か迷子になって、それで、助けてくれた人に、その飴をあげた、はずだ。昔の記憶は随分とあやふやだ。
それでも、あの暖かな手は、あの優しげなまなざしは、忘れることができない。
「あの人、元気かなぁ」