見知らぬ地


びっくりどっきりな時間旅行を終えて、早何日経っただろう。実際は一週間も終わってないのだけど、相当に早く過ぎ去った気がする。
というわけで、先日の強制的な呼び出しから早二日。私はまたもツナの病室を訪れていた。

『おいなまえ、アホ牛を黙らせろ』

『なんで私なの』

『お前、ツナのこと好きだろうが。チャンスをくれてやってるんだ、活かせよ』

という、ありがたいけれど異常に怖いものを付属させたリボーンのお達しによって。
いい加減、奴は私のことを便利屋だと勘違いしてないだろうか。しかも、ツナをちらつかせればすぐに飛んでいくという。
……間違ってないけどな!



23rd.見知らぬ地



さすがに二日置きでもうお見舞い品は持っていかない。それに、お見舞い品を見れば、ツナは自分が入院していることを強く感じる。そのことはあの戦いを思い出させるもので、それをツナは避けているように見えたから、なるべく思い出させたくない。そんな小さな理由だけど、きっとリボーンは気づいているんだろうな。それでお見舞い品ねだるんだから意地が悪い。

ドアを二回ノックして、返事が返ってきてから開く。無機質な白の中に、目立つ黒と白黒まだらと茶色。ツナは上半身を起こしていた。今日もなかなかに元気そうだ。リボーンとランボが迷惑をかけていないといいのだけど。…そんなわけないか。私がここに呼び出された原因はあの二人だしな。
扉を開けば開くほど、中からの喧騒は大きくなっていく。完全に開ききってしまえば、その声は完全にほかの患者さんへの迷惑にしかなっていない。扉を閉じてからツナに苦笑を送れば、苦笑で返された。

「なまえ、ごめんね、いつもいつも。リボーンから呼び出されてるんだろ?」

「あー、まあ、」

ツナの言葉に、曖昧にしか答えられない。ツナはそういうし、私も「強制的」なんて揶揄するけど、実際、リボーンから強制されたことなんて数えるほどしかないのだ。彼の場合、選択肢を私の目の前にぶら下げて、それでお終い。その後の選択肢は完全に私に委ねられている。そこで見舞いに行くという選択肢を取ったのは私という、ただそれだけなのだ。だけどそれを言うことは、私が進んでツナのお見舞いに行っているということを示すもので、そこを知られるのはなんだか気恥ずかしい。だから、曖昧にごまかした。
そんなに無理しなくていいよ、と笑うツナ。私は、そんなあなたの笑顔が見たくてここに来ているんだと言ったら。

「無理はしてないよ。大丈夫、時間があるから来てるだけ」

「そう?」

言えるはずはない。言えたらという希望。ありきたりに怖いのだ、ツナとの関係が崩れてしまうのが。このままゆったりと、毎日こんな風に過ごせたら。それが無くなってしまうことは、とても怖い。

「それならいいけ……」

「ぐぴゃあぁぁぁぁぁ!」

「って、わ、ランボ!?ちょ、リボーン、いい加減にしろよ!」

ツナの言葉を遮って、宙を舞う小柄な体。大量の黒髪を持ったその小さな子供は、ツナに泣きついていた。またいじめられたのか。……ていうか、いい加減にするのはリボーンだけじゃなくてランボもだと思う。リボーンには敵わないんだからそろそろ諦めればいいのに。

「アホ牛がうるせーんだ。俺の気分を害した」

「それ完全にお前のわがまま!」

淡々と言うリボーンに怒鳴り返すツナ。けが人が叫ぶと傷口開くよー?そう言ってみたところで聞いている二人じゃなさそうだ。

「ぐぴゃぁ……」

ツナの腕の中でランボがもぞりと動いた。その手は頭の中。……ちょっと待て!この展開前にもあったぞ!
驚いた私がそれを止めようと無駄に頑張ってみる。けれどランボは私の願いを聞き届けてくれる気はないらしく、その頭からバズーカを取り出した。銃口は、普通ならランボに向いている所。けど、よーく考えてみて欲しい。今ランボが居るのはツナの腕の中。そんなところでバズーカを取り出せば、ツナがそれを邪魔に思って身をよじる。そうすれば自然と銃口は別の方向を向いて、

空気を震わす重低音。それに続いて、視界の暗転。……ちょい待ち、標的私か!
偶然過ぎる確率の結末。こんな風に事故でバズーカに当たるだなんて、そんなのあの一回だけで十分だったのに!
そんな考えとともに、ああ、またあのへんな重力を感じなきゃいけないんだなという、けだるさが私を襲う。覚悟を決めて、目をつぶって、

「……あれ?」

襲い来るあの重力が無い。むしろ、重力がいつもより増している。体が重たい。手を動かすことすらままならない。じゃあこれは、十年後に飛んでいるわけじゃなく、

「どこか別のとこ」

ろに飛んでいるのかな、そこまで言う暇はなかった。ほんとこの世界は理不尽だ。体が引っ張られる感覚、それは十年後に飛んだ時よりははるかに穏やかだった。重力に従って落ちている感覚に近い。それも、急激にではなく、緩やかに。
行き先はどこなのだろう。それは最大の疑問。


十年後に飛ばされたときよりも少し長めの時間を漂って、それから唐突に付加重力が途切れた。ここは十年後に飛んだ時と同じか。
どさりと背中から落ちる。見えない場所に落とされるというのはとても怖い。ちょっとバズーカに文句を言ってやりたいくらいだ。そんなことできないけど。

そういえば、背中はそんなに痛みを感じていない。体もそう痛みを訴えてはいない。思い切って体を起してみた。

視界は薄暗い。私が倒れていたのは豪奢な絨毯。ふかふかで、ゴシック…、ルネッサンスだろうか、昔のヨーロッパ風の模様が描かれている。絶対高い(値段的な意味で)。目の前には、黒塗りの机。しかもシステムデスクみたいにやっすい物じゃなく、あれは特注だろうと言わんばかりの、気品の漂う机。机を通り越したところにある、床から天井までのガラス戸には、重量感のあるカーテン。その他家具類は、どれを見ても、どこで買えばいいのか想像もつかないものばかり。天蓋付きのベッドなんて初めて生で見たんですけど。
あまりにも違いすぎる生活様式に、思考回路が麻痺しかける。ショート寸前。今すぐ会いたいのはツナだよってちっがーう!なんか違う!
さすがに軽くパニックを起こした。知っている出来事には強くても、知らない出来事には弱い。原作を知っているが故の弱点だ。

「とりあえす、ここがどこかを確認し、」

「(動くな)」

かちり、細かな機械音。それとともに紡がれた、冷たい声。言葉は、知らない。
さっきまで自由に操れていた体が、まるで糸の切れた操り人形のように動かなくなった。これはどういうことだろう。あの声に魔法でもかけてあったのか、それとも、その言葉自体が魔法なのか。
こわばる体、それを解く術は解らない。

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