向日葵と遊ぶ


だめだ、ドキドキする。ツナと顔合わせられない。

『なまえ!』

病室で聞いたあの声が忘れられない。なんで、どうして今のツナまでそう呼ぶの。その呼び方が、なにか引っかかって。

「うあー、無理無理!もうしばらくツナと会えないー!」

枕に顔をうずめてベットでじたばた、どこからどう見ても怪しい女だ。いいんだ、この部屋には私しかいないから!
このまましばらく引き籠ろう、いつものことだとか言うな、なんて誰に弁明してるのか。とにかく私はこの家から一歩も出ないことにしたのだ!

「……でも、権力には逆らえないよねー」

決意は脆くも儚く崩れていった。只今ツナの病室前。犯人は言わずと知れた黒ずくめだ。決意したその時を狙いすましたかのように、私のケータイの着信音(しかも滅多に鳴らない電話の着信音のほうだ)が部屋に響いた。

『なまえ、今日は病院来いよ』

『昨日も行ったじゃん!』

『会わせてーやつが居るんだ。何とかして来いよ。――見舞い品は絶対に忘れんなよ。俺はコーヒー豆がいい』

『おーい、明らかに二つの伝言の重要性が入れ替わってんだけど』


そういった経緯により、私は今ここにいる。切実に誰か助けて。私今なら恥ずかしさで死ねる。



22nd.向日葵と遊ぶ



たった一枚の薄い壁がとても怖いのは何故だろうか。この向こうにいるのがツナとリボーンだからだろうか。考えるのを放棄しかけた脳みそをぎりぎりで思いとどまらせた。ここで思考停止にでもなってみろ。リボーンからどんな仕打ちを受けるのか、考えただけで怖い。
扉に掛ける手が震える。こんなに緊張してるの骸さんと居たとき以上だよ!あのときよりも心臓ばくばく言ってんですけど!
いろいろと言い訳じみたことを考えていても、この扉の向こうにいるリボーンは私がここにいることなんか気配で読んでいるんだろう。ああ、開けるのがマジで怖い。女は度胸とか、そのなけなしの度胸も吹っ飛びそうなんですけど。
つらつらと考えた結果、ようやく心臓が落ち着きを取り戻し始めた。よし、これなら何とかいける。意を決して扉に手をかけて、

「あれ、見ない子だな」

「ふぁっ!」

頭上から降ってきた声。それに過剰反応する自分。もうちょっとましな悲鳴を、なんて言うだけ無駄だ。

「……開けないのか?ドア」

「あ、開けます」

促され、扉を開ければ頭の上すれすれを飛んでいくなにか。

「がふっ!」

「ああ、ボス!」

「あ!ええ!?ちょ、大丈夫ですかーっ!?」

それが私の後ろに立っていたその人に当たったようだ。誰か別の人が心配している。ツナも心配している。音が凄かったのは、何かを投げたのがリボーンだから、ということにしておけば万事解決だ。

「ドア一つ開けんのにちんたらしてんじゃねーぞ、なまえ」

「あ、なまえちゃん!」

「あー、ごめん」

「それに、お前も遅れるなら連絡入れろ、」

私に掛けられていた言葉、その標的がすり変わる。

「ディーノ」

「ってー……。ったく、相変わらず容赦ねーな、リボーン」

「俺の辞書に手加減なんて文字はねぇぞ」

私の後ろに立っていたその人は、眩しすぎる金髪を持った、ツナの兄弟子。キャバッローネファミリーのボス、ディーノさんだった。




「そっか、お前がリボーンの言ってたなまえか!よろしくな!俺はディーノ、キャバッローネファミリーのボスだ」

「あ、どうも。リボーンから聞いたと思いますが、なまえです」

リボーンの言ってた、その言葉が非常に気になるが、そこは聞かぬが仏というものだろう。世の中知らないほうがいいことってたくさんある。マフィアってその代表例だと思うんだけど。
ディーノさんはきらきらと笑っていて、そうだと知らなければマフィアのボスになんて見えない人だった。本当に、紙面で見るよりも笑顔はきれいで、

「……そういやリボーン、ゆうこはもう退院したのか?」

ゆうこの犠牲者だった。奴の体質に年齢制限というものは無いらしい。

「ああ、もう退院したぞ。昨日もツナの見舞いに来てくれたんだ」

「そっか、」

軽くしゅん、てなってるディーノさんは本当に大人の人か疑わしいくらいに可愛くて(ツナに似ている)、失礼だとは思いながらも、笑ってしまった。普段からゆうこの凄さを実感しているツナも呆れながら笑ってるのかな、と思ってちらりと盗み見してみたら、意外にそうではなく、むしろ無表情に近く、あえてそれを表現するなら、面白くなさそうな顔。……なんで?

「――ったく、なまえもそんなに笑うなよ!」

「あはは、すみません、つい」

「ボス、大人の面目丸つぶれだな!」

「黙ってろロマーリオ!」

ディーノさんに付いてきたロマーリオさんにも笑われて、ディーノさんは顔が真っ赤だ。大の大人にやっぱり可愛いは可笑しいだろうか。それしか思いつかないんだけれど。それをずっと眺めるのも少し意地悪な気がして、私はこの部屋に来る途中に見かけたゆうこの情報を提供することにした。

「ゆうこなら、今は獄寺と山本の部屋にいると思いますよ」

「マジか!サンキューなまえ!」

「すまねえな、嬢ちゃん」

「いえ」

私の言葉を聞くなり、輝かんばかりの笑顔を見せてこの部屋を颯爽と立ち去っていくディーノさんに、お礼を添えてくれたロマーリオさん。どっちがボスかわかんねーな、リボーンの呟きに心の中で同意した。

「……どうした?ツナ」

訝しげなリボーンの声に促され、私はツナのほうを向いた。そうだ、こういうとき、ツナならディーノさんに失礼だ、くらい言ってもよさそうなものなのに。

「……ツナ?」

声をかけてみれば、俯いていたツナががばっと顔を上げた。あまりにいきなりの行動にびっくりして、それ以上にツナの真剣な眼差しに息をすることすら忘れて。

「俺も、なまえ、って呼んでいい?」

無意識のうちに身構えていたらしい私は、その言葉に少しだけ拍子抜けして、あまりにも、表情と想像していた言葉にギャップを感じて、その気の緩みから、ツナの言葉を肯定していた。

「――っやった、ありがとう、なまえ!」

そう呼ばれてから、気づいた。その声が、記憶の中の10年後と微妙にダブって、

(もしかして、10年後のツナが呼び捨てだったのはこれが発端!?)

ツナを見れば満面の笑みで、その笑顔を見てしまったら、今さらやっぱり恥ずかしいだなんて言えるはずも無くて。そのうえ自分も満更じゃないとか思ってたりするから。

(ま、いっか)

これで良かったんだと思うことにした。
さあ早く、この気恥ずかしさに慣れなくては。









「おいツナ、ディーノが来てた時ずいぶん不機嫌だったじゃねーか」

「あー、うん、何ていうか、なまえ、昨日とか俺の顔見て逃げ出してさ、それなのに今日もお見舞いとか来てくれて、でも俺とは話してもくれないしいつもみたいに笑ってくれないし、でもディーノさんには笑ってるし、そう思ったら」

「……そーか、(要するに単純な嫉妬か。――でも、それだけでも十分な進歩かもしれねーな)」

笹川京子に夢中だった時のツナは、京子がほかの男子と話していてもここまであからさまに感情を露にはしていなかった。むしろ京子は学園のアイドルだからと諦めている節があった。それが、兄弟子で、あいつがゆうこに惚れ込んでいるのを知っていながらも、こうも感情を剥き出しにして。

(少し独占欲が強すぎるかもしれねーが、ま、それも良いだろう)

なまえもゆうこも、本人たち言うところの「異世界の人間」だ。何時、唐突に消えてしまうかもわからない不安定な存在。

(しっかり、繋ぎ止めておけよ、ツナ)

病室の窓から、家に帰るなまえを眺めているツナの背中に、リボーンはそう投げ掛けた。声に出して言うことは、憚られた。

- ナノ -