帰結





浮かぶ意識が閉じていた目を自然と開かせた。歪む視界は徐々に鮮明になっていく。無理矢理に合わせたピントで捕えたのは、素っ気ない白色の天井。

(────────…………、)

ベタに、ここは何処だろう、と思ってしまった。起き上がろうとして、身体の支えにしようとした腕どころか全身が鈍く痛むことに気付いた。……なら、ここは、病院、だろうか。

(……そういえば、骸さんに酷使されたんだっけか)

小さく、息が漏れた。動かすこともままならない身体。ただ上を見上げる。まだ真新しいんだろう、天井の白さが眩しい。



19th.帰結



(…… 終わった、んだろうな……)

私が病院に居るのなら、そうなんだろう。でなきゃ、こんなにゆっくりできるはずが無い。

その思考を肯定する言葉が、不意を突いて右隣から聞こえてきた。少しくせのある高い声。視線を移せば、小机の上にちょこんと座るリボーンを捕えた。

「骸に身体を乗っ取られてた分の精神的・肉体的疲労で、二日ばかり眠ってたんだぞ」

「へぇ……」

二日……正直実感は無い。意識が無かったのだから当然といえば当然なのかもしれなかった。




「……お前、骸に何か吹き込まれたか?」

「へ?」

話す為の話題を見つけられず黙っていたが、先に話題を見つけたのはリボーンだったみたいだ。
だけど、何か吹き込まれた、って……そんな顔してたのかな。

「夏休みに見た感じと何か違う気がしたからな……。…………ああ、そうか、表情、がちげーのか」

答えあぐねる私を余所にぶつぶつと呟いていたリボーンは、どうやら自分で答えを見つけたらしい。ニヒルな笑みを向けてくる。


「『お姉さん気取り』が抜けたな。ようやく自分の立ち位置を見つけた、そんな感じだ」


私以外の声が私の病室に響く。その言葉は何のためらいもなく私の中に入ってきた。流石と言うべきか、彼の読みは当たっている。

「……そう、だね。今までは、元々年上だったとか、みんなの事を知ってるとか、そういう……プライドみたいなものが邪魔をしてた部分が、あったんだと思う」

「…………」

「でもそれって、一線引いてたよね」

「だな」

肯定されて、改めて感じる。私は、怖かったのかもしれない。知識に有るとはいえ、知る人がたった一人しか居ない世界に飛ばされたことが。
きっと、いろんなところで無意識に距離を置いていながら、居場所を確保したがってた。

「でも、骸さんに捕まって、何となくだけど、気付いた」

「……」

「ただ助けを待つだけで、一線引いて、上から眺めてる自分に、さ」

助けが来るという絶対的な妄信、その助けを、私が傷つけるという予想だにしなかった展開。
そうか、リボーンは小さく言った。

「その上で、思った。『ツナの隣に帰りたい』って」

骸さんに身体を使われてツナと対峙して、ああ、これがこの人たちの世界なんだと、実感した。私は「この世界」に居るのだと、実感せざるを得なかった。

だからこそ、ツナの隣に帰りたいと思った。

「ツナの隣に居るときは、無条件で安心できてた。振り返ってみたら、案外そうだ、ってことに気付いて、さ。ツナのこと、本気で好きなんだなー、って」

「…… 惚気か?」

「っていうかむしろ自己満な語り?」

恋人ですら無いのにどう惚気ろと。そう言ったらため息を返された。何なんだ。

「……結局、私はツナの隣に居たい。それだけなんだよね。……もしも出来るのなら、ツナが帰ってきたときに全部をぶちまけられる場所であれたら良いなって、そう思うよ」

「それ、俺じゃなくて直接ツナに言えよ」

「やだよ恥ずかしいじゃん」

「恥ずかしいって自覚は有るのか」

有るよ、そう答えればまたも呆れたようにため息を吐かれた。

(ツナにしてみりゃ、これ以上無いくらいの申し出だろうに)

リボーンはぴょんと音を立てながら、私の枕元に飛んだ。

「おまえの場合、目立った外傷もねーからな、あと一日検査入院でもすれば退院できるだろ」

退院したらツナたちの見舞いに行ってやれ、そう言われた。
ツナたち、その言葉に、あの底抜けに明るい親友の顔を思い出す。あの子は、大丈夫だろうか。
そんな不安も、リボーンにはお見通しのようで、小さなその紅葉のような手で頬をぺちぺちと叩かれた。

「あいつ、なかなか強いな。黄泉との戦いでもそんなに傷は負ってないらしい。唯一の外傷は、骸に乗っ取られたお前の打撃くらいだ。今こそこの病院に居るが、長期入院するほどの怪我はしてねーぞ。……ま、ツナはいっぱい戦ったからな、あと一ヶ月くれーは入院することになりそうだ」

頬に当たるその手は慰めと取っていいのか。ありがとうと呟けば、マフィアは女を大事にするもんだ、と常套句が返ってきた。




その言葉がきっかけか、それとも会話の内に緊張感が切れたのか。緩やかに迫る睡魔に逆らいもせず意識を預けた。


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