本心






「うーっ…………!」

「……………………」

「ふぐぐ……!」

「…………」

「……こんなろーっ!」

「……もしかしてなまえ、あれだけ自信満々にボンゴレの所に帰ると豪語しておきながら、作戦もなにも無いとか言いませんよね?」

「作戦、ね……。あったらとっくにこの状況を打破してると思うんだ……」

「…………はっきり言って良いですかなまえ?」

「止めてください聞きたくないです」

「なまえ、馬鹿でしょう?」

「言わないでって言ったのに!」

「大体作戦も無しになんであんなこと言ったんですか」

「帰りたいから!それだけは本当だからね!…………つーわけで、身体明け渡してくださいよ、骸さん」

「イヤです」

「その清々しいまでの笑顔がムカつくわぁぁぁっ!」



18th.本心



ツナの言葉を引き金に、繭になっていたレオンが羽化を始めた。私の体にまとわり付く、レオンから放出される糸のようなものを、骸さんは煩わしそうに振り払った。

「マフィアとは……つくづく面白い存在ですね。この緊急事態にペットの羽化ですか」

クハハ、と独特の笑い声を立ててぶっちぶっち糸を引きちぎる骸さんは正直、怖い。


「まったく……あんなものが何になると言うのですか」


おそらく私に向けたであろうその問いに、しかし答えたのはリボーンだった。

「新アイテムを吐きだすぞ。オレの生徒であるお前専用のな」

「ええ!?アイテム……?」

その会話が耳障りだったのか、骸さんが攻撃に転じる。

「いつまでも君達の遊びに付き合っていられません。小休止はこれくらいにして……仕上げです」

三叉槍を持った犬が走り、ツナを狙うけどリボーンに阻まれる。そこで標的を変え、無防備なレオンを真っ二つにした。
…………解るかな、何か、そう、市販のスライム真っ二つみたいな。うねー、って。……リアルで見るとすげぇ怖いよ、これ。

「レ……レオン!」

「心配ねーぞ。レオンは形状記憶カメレオンだからな。……それより上に、何か弾かれたぞ」

リボーンの言葉に釣られ、私の身体を操り、視線を上に向ける骸さん。……よかった、グローブは無事だ。

「あれが新アイテムだ」

「?」

「あれが……」

ふわりふわり、ゆっくり落ちてくるのは、言わずと知れた、27の刺繍入り、毛糸の手袋。
戸惑うツナに、手袋を付けろと指示するリボーン。

…………ついでに私も戸惑いたい。……あえて聞こう。
何故私の手に、さっきまで犬が持っていたはずの三叉槍が握られている?

「クフフ……そんなの決まっているでしょう?」

んにゃ……普通決まってないと思うよ。
っておーい、骸さーん。

「最後まで面白かったよ、ツナ」

私のツッコミを総スルーでツナに攻撃する骸さん。ていうか私の口調で言うなよ!気持ち悪い!

振りかぶった三叉槍は吸い込まれるようにツナに向かい、けれど貫通する事はなく、手袋で弾かれる。──それに伴うは、硬い音。
不審に思ったツナが手袋を外して音の原因を探る。手袋の中、そこから出てきたのは一つの銃弾。

「あれは……」


特殊弾。


骸さんもその事実に気付いたのか、弾を奪おうとする。だけどリボーンの方が一枚上手だ。骸さんの攻撃を掻い潜って、弾を自分の手中に納める。
弾を奪うことに失敗した骸さんは、弾が撃たれることを阻止する事にしたのか、獄寺の身体を使って大量のダイナマイトを投げつける。

膨大な量の火薬が爆発し、一瞬、視界を真っ白に染め上げた。







思わず閉じた眼を開く。その眼が捕えたのは、ボムをまともに食らい、焼けた肌と流れる血が痛々しいツナの姿。駆け寄りたくとも、叫びたくとも、私の身体の支配権は骸さんにある。なんて、歯痒い。

「何の効果も表れないところを見ると、特殊弾もはずしたようですね」

「…………」

そうなのかな。そうじゃないと、信じたい。……物語は、変わらずに進んでいるんだと、そう、信じたい。

身体の支配権すら奪い返せない私はただ、祈る。

小言弾が当たったことを信じて。私の言葉が届くように。


負けるな、とも、勝て、とも言わないから。ただ、

「起きて、ツナ…………!」


ただ、それだけを。



小さく、ツナの身体が跳ねた。歯ぎしりの音を拾う。
大丈夫、ツナは生きてる。わたしがそう確信するのとほぼ同時に、ツナの眼が開かれた。

「ほう……この期に及んでそんな目をしますか」

それに気付いた骸さんが、千種の身体を使い、三叉槍を振り下ろす。空気を裂くような音を伴って繰り出されたそれも、ツナは食い止めた。

手袋が光り、形状が変わる。
それは10を示す]をその手の甲に備えた、ボンゴレ10代目の武器────]グローブ。


「骸……おまえを倒さなければ…………」



「死んでも死に切れねえ!」





再び、炎が灯る。それは、反撃の狼煙のように。






「その頭部の闘気……なるほど……特殊弾が命中していたのですね」

三叉槍を壊され、距離をとった千種が呟く。普通の死ぬ気状態のツナなら、それに答えていたんだろうけど、今はハイパーモード。ただ静かに敵を見据えるだけで。

どこまでもどこまでも冷静で、急に背後から襲ってきた犬すら、軽くいなす。──いなすどころか、裏拳をたたき込んだ。

「まったく……。だが、これで終わりではありませんからね」

骸さんが呟くのが聞こえる。幻覚の千種を作り出し、本体は左側から回り込んで攻撃を仕掛ける。けれどそれすらも、見破られて。

「くっ…………!何ですか、あれは!!」

まるで歯が立たない。
そうだろうな、あれは、さっきまでのツナと違う。
完全に覚醒した、ボンゴレの血統特有の力。
"見透かす力"────またの名を、「超直感」。

あれがある限り、骸さんは単純な幻覚攻撃は出来ない。それがわかったのか、骸さんはツナの仲間の ──獄寺やビアンキの身体を使った攻撃に出た。連続で繰り出される打撃攻撃。けれどそれすらも超直感によってねじ伏せられる。打撃にで神経を麻痺させられた身体は、崩れるように地に沈む。
これで、ビアンキと獄寺は、戦闘不能。

────残るは、私、だけだ。


「来いよ、骸。────なまえの身体を、返してもらう」

琥珀を灯す二つの瞳に射抜かれる。動くことを許さない、その目は力強く。










「クフフ……僕もそう易々となまえの身体を取られたくはないんです。 ────ささやかではありますが、抵抗というものをさせて頂きましょうかね」


三叉槍はさっきで既に弾き飛ばされている。故に、私が……というか、私に憑依した骸さんが使える武器は、私の自殺に見せ掛けようとして使った、獄寺のナイフのみ。
ナイフの刃をツナに向け、タイミングを図り…………駆け出す。

一瞬ためらったように見えたツナも、次の瞬間には私の手からナイフを弾き飛ばし、獄寺達と同じように手刀を入れられた。
ガクン、と、まるでスイッチが切れたかのように身体から自由が奪われる。


「ごめん、なまえ────待たせて、ごめん…………」



消えていく意識の中、私ははっきりとその声を捕えた。











「……これは、負けと、言うべきなのでしょうかね」

現実とも夢とも区別の付かない領域で、骸さんは語りかけた。

「負け……勝ち負けで区別を付けるなら、負けになるんじゃないかな」

私はそれに答える。

「せっかく目的を果たせるかと思った矢先に……これだからマフィアは」

「…………ほんっと、マフィアが嫌いですね、骸さん」

「当たり前でしょう」

「そうですか」

さも当然といったふうに答える骸さんに、私は思わず苦笑した。

「……それでも、」

「ん……?」

ぽつり、小さく呟いただけであろうその言葉は、静寂な空間に、この空間によく響いた。
私は疑問符を投げ掛ける。

「それでも、そんなマフィアと馴れ合っているなまえを嫌いになれない自分が、一番嫌いですよ」

それだけが唯一の失態だと言わんばかりの表情。歪められた双眸は、最初に見たときのような恐怖は感じなかった。
私が図太くなったのか、骸さんに心情の変化があったのか。それは、解らないけれど。

「──私は、そんな骸さんが嫌いじゃないですけどね」

思うことを口にすれば、思った以上の反応が返ってきた。骸さんの呆気にとられた表情はレアだと思う。

「…………本当に、」

あなたって人は、声にならなかったその言葉が、聞こえた気がした。

空間が静寂に支配される。流れゆく時間すら感じられないこの空間で、どれだけの時間が流れた頃だろう。

骸さんが、口を開いた。

それに伴う表情は、私の目が間違っていなければ、きっと、微笑。


「──── なまえ、」

「……はい、」

柔らかな紅と青の瞳を、しっかりと、こちらに向けて。

「また、いずれ」

骸さんは、いった。


世界が白に回帰する。


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