結論
じわり、感覚が侵されていく。意のままにならない体がもどかしい。
「──さぁ、始めましょう」
安心してください、彼との契約はあなたの手で行うつもりですから。
…………安心出来ねーよ。
17th.結論
ビアンキさんが目を覚ます。骸さんは倒れたまま、目を覚まさない。けれどあれは、骸さんは生きている。その最たる証拠が、私自身だ。
手の甲の傷── 契約の証。彼が自殺と見せかけて撃った弾、憑依弾。他人を乗っ取る効果は、今間違いなく私にも発揮されている。
「なまえ、本当にあなたは懲りませんね。……けれど、さすがに自分の手で彼に傷を付ければ、その無力さに気付くんじゃありませんか?」
……ふざけるな。私の手でツナを骸さんと契約させるなんて、そんなことさせない。
「クフフ……なら、止めてみてくださいよ、僕を止められたなら、彼は助かる。簡単な計算じゃありませんか」
…… 簡単に言ってくれる。私が今必死で抵抗しているのを知っての台詞かそれは。
思うままに動かない体。ビアンキさんの暴走をただ、眺めているしか出来ない。動け、と願うも、それは鉄で出来た巨大な扉のように、何の反応も返さない。
ビアンキさんが獄寺を襲う。ツナの言葉に、骸さんが正体を現し、緊張が走る。私の近くで状況を窺っていたゆうこが、緊張した面持ちで言葉を投げ掛ける。
「──なまえ、やばい……、骸が」
その言葉だけで、ゆうこが何を言いたいのかわかったけれど、それに返事は、出来ない。
「────……、なまえ?」
「──────、…… ごめ……」
「っ、なまえ、まさか!」
ゆうこは、骸さんが憑依弾を使ったから、乗っ取られるのに気を付けろと言いたかったんだと、思う。でも、私の意志で発せた言葉は、平仮名ふたつ。
「残念でしたねゆうこさん。なまえは既に、僕の支配下にあります」
ゆうこだけに解るように告げられた真実。その様子からすると骸さんは、私があくまで私だという状況下でツナを攻撃するつもりらしい。
「彼にはその方が、ダメージが大きいでしょうからね」
呟き、刹那。
「がはっ──……!」
…… ゆうこ……!?
「え、ゆうこちゃん……?って、なまえちゃん、何して……」
え、それ、どういう……。
「なまえ?…… ゆうこに攻撃するとか、正気か?」
リボーンのその言葉が、私に事態を理解させた。骸さんは、私の体でゆうこに攻撃をした。おそらく、と前置きを使う必要も無いくらい、目的は明確だった。
ツナと契約するのを、邪魔されたくない、からだ。
正直、私の身体能力上、ゆうこが居れば私があっけなくやられてしまうのは目に見えている。
……でも、同じ体で同じ素手で、威力に違いがあるのは何故だろうか。
「なまえ、ちゃん……?」
「ふふ……私は正気だよ、ツナ、リボーン」
やめろ、止めろ骸!私の意思を完全に無視して!
「だってさ、ゆうこが邪魔だったの」
「……なまえ、ちゃん?」
「ああ、良いことを教えて差し上げましょう、なまえ。今僕が憑依している毒サソリとスモーキン・ボム、彼らには個人の意思というものが存在しません。意識は眠っています。……だからこそ、抵抗しない」
ツナの声と、骸の声がダブる。じゃあ、ツナがまだ私のことを私の名前で呼ぶのは、
「あなたは、どういう訳か知りませんが、意識がある、それゆえに、抵抗し、完全には乗っ取られない。だから彼は、なまえをなまえと呼ぶ……。……クフフ、嬉しい誤算だ」
私が彼に契約されたことを知らないからじゃなく、私が、自我を持って骸に抵抗している、から?
「あなたにできる選択は二つ。このまま無駄な抵抗を続け、彼にあなただと認識させたままでいるか、僕に体を明け渡して、素直に彼を僕に差し出すか」
最悪の二択じゃねーか……。
どっちにしろ、ツナを傷つけてしまう。
「クフフ……わかったでしょう?あなたが抵抗すればするほど、彼を傷つけてしまうのだと」
「なまえちゃん……骸?」
「やだな、私が骸さんなわけ無いよ!」
「でも、ゆうこちゃんを……それに、何か、違う」
なまえは、友達傷つけて笑ってられる人じゃない。
「そうかな?ツナが知らなかっただけでしょう?私はこんな性格だもん」
……違う、本能のような何かが告げる。でも、なまえでも、ある。何なのだろう、この不安定な推測は。
「だからさ────ちょっと大人しくしててよ、ツナ」
その言葉を言い終わるか否か、その早さで骸はビアンキさんに向かって駆け出した。手にしたのは、三叉槍。
「なまえ……?」
「骸さんの為にさ、契約してくれない?」
くるり、ぱしり。私の手の中で三叉槍が回る。骸はそれを、ツナに向けた。
「やっぱりお前、六道骸……!」
「本当に、そう思ってる?ツナ」
「…………!」
その表情は、まだ私を認めている節がある、ありありとそう語っていた。
骸がツナと話している間に、犬と千種がこの部屋へ入って来る。これで、骸に憑依された人間は、この部屋に私も含めて五人。
ヘッジホッグが、ダイナマイトが、ポイズンクッキングが、幻覚がツナを追い詰める。
骸は、私の身体がそれらに巻き込まれないように動いているようだった。
「……動きたいんですがね、なまえ、普段運動してます?」
う、うるさいな!最近やってないかなとは思ってたけど!
「………… でしょうね、体力がもう限界です。少しは運動しなさい、不健康ですよ」
…………お前は私の母親か。
骸は、持っていた三叉槍を犬に投げ渡し、私の体を攻撃から回避させることに専念させていた。悪かったな運動不足で!
犬が手にしていた三叉槍は、いつの間にか千種が手にしていて、骸は千種の体をツナへと走らせる。その体がツナへとたどり着く前に、千種の体は壊れた人形のように崩れた。
「……!?」
「なあに、よくあることです。いくら乗っ取って全身を支配したといっても、肉体が壊れてしまっていては、動きませんからねぇ」
投げ出された三叉槍を拾い、犬が言う。だらだらと流れる血は、止まらないまま。
「…………それって……ケガで動かない体を無理矢理に動かしてるってこと ──……?」
ツナが茫然としながら呟いた言葉にも、何の価値があるのかと言いたげに骸は千種の体を起こす。
「ああ……っ、ムリヤリ起こしたりしたら……ケガが……!」
「クフフフ、平気ですよ」
「僕は痛みを、感じませんからね」
空気が、冷えた気がした。
それは私にも言えることで、体がぼろぼろになっても骸さんに使われる可能性が無いとは言えない。
何で、どうして。今更ながらの感情が湧いてくる。何で、戦う力の無い私が、ここまで巻き込まれたのか。
「………… 最初は、興味だったんですよ」
私の感情を読んだかのように返された言葉は、ふわりと響いた。
「僕達のことを知る、不思議な人だと。だから、興味が湧いた。もし、害をなす人物であれば、殺せばいいとすら、思っていました」
骸は、私の意識と会話しながら、犬、千種、ビアンキさん、獄寺の体を操り、ツナを追い詰めている。
「けれど……なぜでしょうね、僕は気付いたんですよ。あなたと共に居たあの時間、あの時だけは、色々なことを忘れていられた。わかります?マフィアの僕が、ただ話すことしか出来なかったあなたにほだされていたんです」
そんなこと、私に言われてもわからなかった。私は骸をほだしたつもりなんて毛頭ないし、あの時会話をし続けていたのだって、私の身を守るためだった。会話で意識を逸らせれば、なんてこざかしいこと考えてた結果だった。
「この世は本当に難しい。何もが、本人の思うままとは行かない。……ですから、あなたが悲観的になることなんてないんですよ。これは、僕すら想像していなかった行動なんですから」
だから。
「クフフ……沢田綱吉。君を見ていて一つ、気付いた事があるんです」
「……何、を」
獄寺くんが骸の口調で言葉を紡ぐ。ズボンのポケットから折り畳み式のナイフを取り出して、それをなまえへと、投げた。
「っ、なまえ!?」
なまえはそれを何事も無かったかのように、さも当たり前のように受け止め、ナイフの刃を、自分の首へ添えた。
なまえが、口を開く。
「君は彼女の事が相当気になるようですね。……なまえを、傷つけたくは無いでしょう?」
その口振りは、紛うこと無き、六道骸のものだった。
「骸、お前やっぱりなまえに……!」
「クフフ……僕は何も言ってませんよ。……さぁ、逃げずにおとなしく契約してください。君の……想い人を死なせたいのなら、話は別ですが」
「僕の個人的な我が儘です。あなたをボンゴレに渡したくない、それだけです」
すみませんね、個人的事情で命の危機にさらして。
そう続ける骸に、全くだと思った。
「そ、んなこと……」
ツナの声に、意識がそちらに向く。ツナがリボーンに助けを求めるも、小さな家庭教師から返ってきたのは強烈な蹴り。
「いいか、ツナ。お前は誰よりも、ボンゴレ10代目なんだ」
「!?」
「お前が気持ちを吐き出せば、それがボンゴレの答えだ」
「!」
「……お前は、どうしたい。骸を、なまえを、どう、したいんだ」
琥珀色の瞳が揺れている。視線が彷徨い、下を向き、それを見下ろして、犬の体を操る骸が嘲る。
「…… ちたい……」
「!?」
「骸に……勝ちたい──……」
その声に、先程までの弱気は無く。
「…… こんなひどい奴に……負けたくない……。こんな奴に、なまえを渡したくない……!並盛に連れて帰るって、約束したんだ……!!こいつにだけは、勝ちたいんだ!!!」
ツナの強い瞳が、骸を、私を射抜く。
骸の意思と、ツナの決意と。
「…………あのね、骸、やっぱり私、骸の願いを叶えてあげられそうにないよ」
「おや、それを僕が許すとでも?」
挑発するかのような骸に、私はただ不敵に笑う。骸に私のこの表情が見えてるかどうか、わからないけど。
「許してもらえなくったって、それならそれで、骸が諦めるまで対抗するまでだよ」
私だって、決めたんだ。
「私は絶対、並盛に帰る」
たとえ無力と嘲られようと、たとえ適うことが無くとも、私は精一杯、出来得る限り抵抗しよう。
「見つけた、気がする、から。──私の居場所は、きっと、あそこだと思う」
「帰る、場所、ですか……」
どうしてそこまで執着するんです、そう訊ねてきた骸さんに、答えなんて一つしか無いでしょう、と返した。
意識を共有してるから、骸さんも気付いたはずだ。
「気づいちゃったんですよ、私は、ツナが好きなんだ、って」
好きな人の居る場所に、帰りたいんです。
今までも散々ツナのこと好きだと言っていたけれど、あれは、もとの世界で感じていた憧れに近い感情と、存在しないと割り切っていながら持っていた恋愛感情、その二つがごちゃ混ぜになっていたものだった、んだと、思っている。……うまく言えないなぁ……(感情の正しい説明の仕方なんて存在しないと思う)。
でも、今改めて解った。やっぱり、一人の人間として、ツナを、好きだ。
だから。
「私は、帰ります、並盛に」
ツナは、自分を危険にさらした存在の私ですら、仲間と言ってくれた。そこに、居場所が出来た気がした。存在を許された気がした。
だから私は、帰りたい。
だってそこが、きっと私の居場所だから。