迷走
…………名前、呼び捨て。
……違う、反応するのはそこじゃないぞ、私!
15th.迷走
ていうかこの体勢やばくないですか。あれでしょう、抵抗できないようにとか言う目的のもと私の自由を奪い取る行為とか説明付けてみたところで、要するに押し倒されていることに変わりはないのだ。
「何で、君はさっき森で迷ってた黒曜生の人質じゃあ……」
むしろ人質は私ですね、はい。
「クフフ……騙すつもりはなかったのですが」
……よく言う。
「僕が本物の六道骸です」
いけしゃあしゃあと。その言葉は引き金であるように、彼の人をこの空間に招き入れた。
「……フゥ太!お…驚かすなよ」
「無事みたいね」
目が虚ろな状態のフゥ太。その手には三叉槍。待て、何時の間に!さっき私を引っ掻いたばかりだろ!
「だ……駄目だ、ビアンキ、ツぅぁっ!?」
「クフフ……おとなしくしておいて下さい、なまえ。色々ご存じのようなのでもう解っているかもしれませんが、今の僕はあなたとなって、その息の根を止めることだって出来るんです」
確かに、その通りだった。憑依弾こそ撃っていないものの、その弾自体は骸さんが所持している。いつ乗っ取られても、おかしくはない。おとなしくすることしか、私には出来ない。
「再三言ってきました。あなたには力が無いんです。おとなしく僕に守られている気はありませんか?」
それに即答することも、出来ない。
嗅覚が、鉄の匂いを捕えた。見なくても解る。ビアンキが刺された。ツナがフゥ太を説得している。鞭の音。
「さぁ、なまえ。……返事を。僕の下に来なさい、なまえ」
甘い誘惑は蜜のように、私に絡み付いて感覚を奪ってゆく。口の中が乾いている。この唇を開いたら、私は何を紡ぐというのだろう。
「させるか!なまえは返してもらう!俺たちと一緒に帰るんだ!」
まるで冷水を浴びたように。四肢に感覚が戻ってくる。ていうか骸さん、いい加減押し倒されたままはきついです。手がちょっと痺れてきたんですが。え、血が通ってない感じですか、これ!
「ほう」
地を蹴る音が二つ、ツナとフゥ太だ。こちらに向かってる。空を切るかのような鋭い音は、ツナが鞭を振った音かな。その後の痛々しい音は……、うん、考えないことにしよう。
「クハハハハ、君にはいつも驚かされる。……ほらほら後ろ…危ないですよ」
そう言いながらようやくソファにきちんと座り直した骸さん。くそぅ、手足と背中とその他もろもろてゆーか体中がきしきし言ってる。……あー、骸さんより天井直に見た方が恐かったとかは口にしないほうが良いですか。
「…… 痛い」
右手の甲、一文字に引っ掻かれた傷。最悪だ。この戦いの最中、骸さんに乗っ取られてツナを殺しにかかるかもしれないなんて。……油断、してた。あまりにも、骸さんが一人の人間として接してくれたから。マフィアだとか、敵だとか感じさせない振る舞いだったから。
なんて、責任は骸さんに無い。敵ということを忘れた時点で、私の責任だ。小さくごめん、と呟いたのは、誰に当てたか解らない。
「おまえは、悪くないぞ」
「「!」」
「全然おまえは悪くないんだ」
それは、フゥ太に向けられたものだけど。ツナの声は何もかもを許してくれそうで。
(すべてに染まりつつ……すべてを飲み込み包容する、大空)
ツナはやっぱり、ボスなんだ。
フゥ太はツナの言葉にマインドコントロールを解かれ、そのまま意識を失った。骸曰く、クラッシュ。要は壊れたと、そう言いたいのか。
「六道骸……人を何だと思ってるんだよ!!」
「おもちゃ…ですかね」
にやりと、底冷えするような笑みがそこにはあった。
「ああ、彼に関して勘違いしないで頂きたいことが一つ」
どくんと、心臓が不整脈を打った。骸さんが何を言いたいのか、解ってしまった。駄目、言うな……!
「ボンゴレの特定に彼を使ったのは確かです。けれど、特定に至らせてくれたのは彼じゃない」
「何だって……」
「どーいうことだ」
駄、目だ……!その、先は!
「このケータイ、見覚えありませんか?」
骸さんが懐から取り出したのは、私のケータイだった。そういや返してもらってなかった……!
「それは……、なまえの」
「ええ。この中に、何があったと思います?」
「止めて骸さん!」
思わず私のケータイに手を伸ばすが、それも軽く手首を握られ止められてしまう。ああ、本当に無力だ、私は。
「画像フォルダに、彼女の友達らしき方々の写真がありましてね」
「止めて……、お願いです、骸さん……!」
「並盛商店街でボンゴレらしき面々と接触したという僕の部下に、確かめて頂きました。その画像データと、接触したという人物を」
誰かが息を飲む音が聞こえる。でも、私も骸さんもそんなことをする立場じゃないし、リボーンはきっと表面には出さない。なら、一人しか居ないじゃないか。
「もうお解りでしょう?あなたを特定させるに至った直接の原因は、なまえにあります」
それでも、あなたを危険にさらしたなまえを身近に置いておくと言うのですか?ボンゴレ十代目。
すぐ隣に居たはずの骸さんのその言葉が、別の何処かから発せられたような気がした。