逃避



窓から見える功防戦、それは傍から見れば滑稽な道化。

「……クフフ」

たとえどんなに笑い物にされようと、それでも幕が下りるまで、踊り続ける他に無いのだ。



14th.逃避



イヤホンからは更に戦闘が持続している状態を示す音声が入ってくる。時々ノイズが入っては途切れる音が、更に不安さを増長させる。瓦礫の崩れる音、殴られる音、蹴られる音。どの音が誰に、なんて考えたくもない。いっそこの耳が聞こえなくなってしまえばいいのに。

「目を逸らさないでください、なまえ」
「…………」
「世の中には逃げたくても逃げられないことがたくさんあるんですよ」

それでも、それでも。

「理不尽な事実から逃げ出したくなるのは、本能だと思うよ、骸さん」


初めて呼んだ名前に、彼の目が見開かれた気がした。




ひどくなってきたノイズは、戦闘状況を不鮮明に伝える。きっと飛んできた瓦礫が当たったんだろう。どこかが動作不良を起こしたんじゃないかと思う。それでも骸さんには十分らしかった。未だ骸さんと共有するイヤホンが、ただそれだけがツナやゆうこと繋がっている。
一層ノイズが酷くなった後、雑音の無い音が入ってきた。それは戦いの終了を知らせるもので、ツナとランチアさんの戦いが終わった事を知る。次いで聞こえた擦れた音声に、ゆうこと黄泉さんの戦いも終わったことを知った。
ツナがランチアさんと話しているのが、微かながらに拾えた。彼らが、六道骸が彼でないことを知り、語られ始めるランチアさんの過去。それは、隣に立つ六道骸の過去でもあるのだけど。

「……ここまでにしましょう、なまえ」

不意に、イヤホンを取られた。骸さんの方を見ると、微妙に表情が歪んでいる。……過去を聞かれたくない、といったところか。中途半端に彼の過去を聞いたまま、そのイヤホンは私に渡されることはなかった。

「…………」
「……さあ、いよいよご対面の時間のようですね」

くるり、手のひらの上でイヤホンを弄ぶ。赤と青の宝石が、鋭く光った。

「一緒に来て下さい、なまえ。せっかくのボンゴレとの再会です。嬉しくないわけじゃあ、無いでしょう?」

逃げ道は、無い。






傷だらけの廃屋を、脇目も振らずにただ歩き続ける。
三階の映画館。元はスクリーンが設置してあったであろう、周囲より一段高いそこ。あからさまに挑発するためだけに置かれたと思われる、ソファ。プラスクッションがいくつか。

「さて、彼らの退路は絞りました。待っていれば自ずと此処に来るでしょう」

そう言ってソファに腰掛ける骸さんは、どこまでも余裕だ。
……あの、思うに、骸さん、私の記憶が正しければあなたは真ん中にでんとボスが如くに(いや実際敵のボスなんですが)居座っていた気がするのですが。ちょい左寄りじゃありませんか?
何でにこやかにこっち見るんですか、その右手のぽんぽんソファを叩く仕草は何ですか!

「なまえ、隣に「嫌です」

即答してやったら笑顔が固まった。

「……そう来ますか。なら、」
「へ、ぁわっ!?」

…………敗因は一つ。骸さんの近くに居たことだ。人とは思えない速さで手を引かれ、男女の力差に負けて骸さんの方に倒れ込む。骸さんの太ももの上にうつ伏せ状態だ。しかも腰の方はソファの肘掛けの位置にあるから体が変に曲がってる。痛い。

「……もうちょっと女の子らしい声出したらどうです?」
「断固拒否」

上から降ってくる声に、どうしてもやつの隣に座るのは絶対条件らしいと悟ったのでおとなしく隣に座ってやった。まるでさっきの体勢が良かったと言わんばかりにしょげている骸さんに、罪悪感は残念ながら微塵も無い。この人と5cm程隙間を空けてるのだって、ご愛嬌で済ませてもらいたい。
不機嫌さを示すためにそっぽを向いていれば、静かに名前を紡がれた。

「何ですか、骸さ……」

それでも律儀に返事をして彼の方を向くのは根が素直だからか。この時ばかりは自分の性格に文句を付けたくなった。
一瞬後、背後に感じた痛み。後頭部にも感じた。肘掛けにぶつけたらしい。そして、視界は赤と青の瞳を抱いた顔、その向こうに剥き出しパイプとずり落ちたコード数本。うわ、今にも落ちそうだよあのコードとかあっちのパイプとか……!こんな恐いの見たくなかった!ちょ、骸さんまず背後注意!あ、この場合頭上?どっちでも良いけどホント恐いんですってば!

「なまえ……そういえばあなたは、あのボンゴレやそのファミリーと近しい人間でしたね」

形の良い唇が、冷たく言葉を紡ぐ。今までは僅かながらもそこに人間味、と言うか暖かさがあった気がする。でも今は、無い。

「あなたを傷つけたら、彼らはどんな顔をするのでしょう?」
「……っ、さあ、ね……」

人質。今更ながらに自分の立場を再認識した。冷や汗、なんて本当に流れるんだ。頬を水に似たものが流れ落ちるのが感じられる。
目の前の顔が、笑みの形を作った。

「……っ!?」

右手の甲に小さな痛み。猫に引っ掻かれたような。でもこの場に猫なんているはずが無い。

「準備完了、というところですか」
「…………!まさか、」

三叉槍。その傷は、契約。
お察しの通り、といったところか、その表情に言葉を付けるならば。
骸さんは笑んだまま、右手の人差し指を私の唇に当ててきた。

「ショータイムの、始まりです」

遠くに、軋む音と擦れる音が聞こえた。三人分の足音、そして、




「――――っ、なまえ!!」


イヤホンを通さない、大好きな人の声。



「こんにちは、ボンゴレ十代目。また会えてうれしいですよ」

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