春告げの話


連隊戦も落ち着き、今年も鬼を退治しに都へ向かう。新しい年になってひと月が過ぎ、節分の時期、暦の上では春の気配を見せる立春の頃。本丸の裏山へもたくさんの梅が植えられた。

「紅白入り交じって綺麗だねえ」
「ああ。ほら、こちらには手すりまで梅が届いているよ、なまえ」

近づいてごらん、梅の香りがするよ、と言う歌仙さんに誘われ、近づいてすう、と空気を吸い込んだ。きんとした鋭さを抱える冷気の中に、ほのかだけれどふくよかな香りがあふれている。少し離れるだけで気付かなくなる梅の香りは、華やかさと慎ましさを併せ持っているよう。

「そういえば昔はお花見って言うと、桜じゃなくて梅だったんだよね」
「よく知っているね。昔の歌に詠まれている「花」といえば、桜ではなくて梅をさすことが多い。とはいっても、桜で花を見るようになったのは平安時代からだ、この本丸にいる刀剣男士の多くは、花見と言えば桜がなじみ深いだろうね」
「そうなんだ」

確かに私も、お花見と言えば桜! の人間だけれど、これだけ咲き誇る梅を見ていると、梅で花見もいいんじゃないかと思う。……あ、駄目だ寒い。風が冷たすぎるから花見には季節が早すぎるかも。
ふわふわと、目の前で赤と白の花を抱く枝が揺れた。

「赤と白、という色合いが揃うと、日本だとお祝い事を意味することが多いよね」
「ああ、そうだね。門出を祝うには似合いの色だ」
「なんで紅白なんだろ?」
「諸説あるが……どれも定かではないからね。ここで明言するのは避けておこうか」

相変わらず物知りだね、と見上げた先の歌仙さんは、たおやかに笑んでいた。私が目を向けたことに気付いてか、すいと顔を逸らされる。山を見ながら「梅で一句……」と呟いているところからして、歌を詠みたくて仕方なかったのかもしれない。今、歌仙さんの頭の中では、いろいろな言葉が飛び交っているんだろう。私は、梅を用いた俳句、と言われると、とっさに末代の方の兼さんの元主が浮かんでしまうので、少しばかり申し訳ない。
歌仙さんから視線を外して、裏山を見渡す。耳を澄ませば、遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。春の訪れを告げる鳥が、軽やかにさえずりを響かせていた。

「あ、また鶯が鳴いたね」
「春告げ鳥の名の通り、鶯が鳴くと、春の訪れは近い。……ああでも、梅に鶯、とよく言われるけれどね」
「あれは鶯じゃなくて目白、でしょ?」
「おや、知っていたのかい」
「春告げ鳥の太刀さんが来てから調べた。そういえばうちには紅白揃ってめでたい太刀もいるね」
「鶴丸がめでたくなるのは怪我を負ってからだろう……」

そういえばそうだ。鶴丸さん普段は純白だからな。カンストしている今じゃ、めったなことで怪我もしないし。
口をつぐんだ私たちの間を、春のさえずりが通り過ぎていく。

「……春告げ、かぁ……」

きっともうひと月もすれば、梅の花は散り、桜の木につぼみがあふれることだろう。弥生の終わりから卯月のはじめ、別れと出会いの季節には、短い桜の盛りが心と景色を賑わす。

「なまえ」

寒風に漂う梅の香りに身を浸していた私は、歌仙さんの呼びかけにゆっくりと彼を見上げた。歌仙兼定は、静かに笑みを浮かべている。

「花見は、いつ行おうか」
「三月末。私も四月になる前に本丸でやっておきたいこと、あるし」
「ああ。承知した。そのように予定を組んでおこう」

詳細な日程が分かったら言ってくれ、と歌仙さんは頷いて、私との間を一歩分詰めた。視界一面を覆う、紅白揃った梅の花は、まさに門出を祝う幕の姿に似ている。
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