寝正月の話


今年の正月は例年に比べてのんびりしている。年末までに連隊戦が一区切り着いてしまったからだと思う。
毎年恒例、三日月さんに起こされて鶴丸さんと鶯丸さんと初日の出を拝んでから本丸に戻る。生活音がしない本丸は、どこか神聖な雰囲気があり、足を踏み出すのを躊躇った。
年末年始の連隊戦はこれで四度目だけれど、これほどまでに静かな正月は初めてだ。もしかしてみんな疲れているんだろうか……! クリスマスに頑張りすぎたとは思う。すまない……!

「正月と言えば連隊戦という空気だったが、今年はそうでもないな」
「今年は既に、袮々切丸が来ているからな」

隣を歩く鶴丸さんと鶯丸さんが淡々と喋る。私の一歩先を行く三日月さんは、まあ、そんな正月があっても良いさと笑った。

「俺たちも正月は慌ただしく過ごしていたからなあ……。静かな正月は新鮮だな」
「武家の人たちはそうやろうね」
「なまえ見つけたー!」
「おや、博多に加州」

ぱたぱたと、雪を踏みしめて近づいてきた影は、博多くんと加州くんのものだった。起きたらなまえがいなくてびっくりしたでしょ、と加州くんが言うので、慌てて頭を下げる。思い返せば、近侍の加州くんに何も言わずに出てきてしまっていた。

「ごめんね」
「ん、いーよ。俺が起きられなかったってことは、敵襲じゃないだろうなって思ったし」

でも万が一を考えて、起きてた博多にも手伝って貰ったよ、と苦笑する。本当に慌てて出てきてくれたんだろう、いつもの爪紅もしていなければ、髪も少し跳ねている。

「ああああ、ほんっとう、ごめんね! 毎年初日の出見に行ってるって、言っておけば良かった」
「まあ、そうね。本丸の主として、近侍の俺に伝えてなかったのは失敗。だけど、昨夜は俺たちも遅くまで酒盛りで起きてたしね」
「大体、正月ち言うたら寝正月ばい。なまえさんも寝とけばよかとに……」
「そうなの?」

そーたい、と博多くんは大きく頷いた。

「大晦日の商人は、たまったツケの回収と帳簿付けで走り回るけんね。そんで、ツケた町人側も返せん理由があると逃げ回る。夜遅くまで追いかけ回し回され、正月はどっちも寝正月たいね」
「へえ……そうだったんだ」

私が感心している横で、三日月さんもそうか、と軽く目を見張った。

「三日月さんは違った?」
「ああ。武家の正月と言えば、まあ将軍への挨拶に始まり、方々への挨拶回りで潰れてしまうからなあ、寝る暇など無かったな」
「ああ、将軍様がお相手なら年始めの挨拶大事だよね……」

ここでの挨拶如何によって、将軍様の覚えが変われば、お家の行き先も左右されたのかもしれない。
そう考えると、年末年始にお休みがある現代の風潮ばんざい、と思う。うーん、挨拶回りが多すぎて、代わりに年賀状が生まれたのかなあ……。
ああ。でも。

「みんなとお正月の挨拶するのは、好きだなあ」

また一年、ひとつの年を越えて一緒にいられたのだなあと実感できる。ふ、と零れた言葉に、突然頭が揺れた。

「うわわわ!?」
「まっったく! 君は突然そうやって俺たちを甘やかすんだからな! 油断も隙もあったもんじゃないなぁ!」
「刀たらしの主で困るなぁ」
「はっはっは、そこがなまえの良いところだろう」
「なまえさん、甘やかしてもお年玉増額はせんよ?」
「あんまり俺たち甘やかしてると歌仙に言いつけるよ!」
「何でぇ!?」

理不尽! とわめけばより強くわしゃわしゃと頭を撫でつけられる。というか手が増えてない!? 誰だ、鶯丸さんか!? あっ三日月さんもでは!? じじい包囲網!

「なに、みんなして何!?」
「なに、今年も一つよろしくというやつだ!」
「嘘でしょ鶴丸さん!?」

さて、博多の言葉に倣ってもう一眠りするか、と三日月さんが私の頭上で笑った。いいねえもう一眠り、と鶴丸さんが同意する。俺も、大包平が起きる前に戻らなければな、と鶯丸さんが静かに言った。
頭から手が離れていき、残ったのはボサボサ頭の私と加州くんと博多くん。

「もー……」
「なまえ頭ひっどい。鳥の巣の方がまだまとまってるかも」
「その鳥二人にぼっさぼさにされたんだけどね……」

軽く手ぐしで整えながら、先を行く三口の背を見やった。とん、と軽く背が叩かれる。

「さ、じゃあ俺たちも博多の言い分に倣って二度寝しようか?」
「俺、せっかくやしなまえさんの隣で寝たか!」
「じゃー俺も。なまえ挟んで川の字しようか、博多」
「賛成!」
「流れるように決まった……良いけど。加州くんは隣から布団持ってきたら良いよね。博多くんは、私の部屋の予備の布団出すか……」
「なまえさんと同じ布団じゃだめと?」
「残念ながら主サイズ一人用ですー」
「そうやね……」
「その残念そうな顔されるとそれはそれで」

雪に落ちる影を踏みながら、私たちは本丸へと足を向けた。もう一度起きる頃にはきっと、ねぼすけなみんなの声が本丸に溢れていることだろう。
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