乗馬の話
「秘宝の里開催だよー! 玉集め頑張るぞー!」
「今回の報酬一覧が届いていたよ、なまえ」
「ありがとう長義く……十万……だと……」
突然の玉数増量に、鈍い動きで長義くんの方を見やったけれど、彼は綺麗に整った笑顔を浮かべてくれるだけだった。うっ、顔がいい……!
いつもの通りに隊を組んで、巡り巡るは秘宝の里。焙烙玉にも落とし穴にも負けず、集めたのは十万の玉。
いざ、おいでませ!
「郷義弘が作刀、名物、豊前江。歌って踊れるって言ってるヤツがいるらしいんだけど……。まあ、なんにせよ、走りじゃ誰にも負けるつもりはねーから」
「いらっしゃいませ豊前くんー!」
いやー、博多くんに続く福岡系の方言男士! めちゃめちゃお会いできるのを楽しみにしていたんだよな。よろしくお願いします! と言えば、そう畏まんなくてもいいだろ? と気さくに言ってくれる。お兄ちゃん属性を感じる……。
出陣の他には馬当番が性に合っているようで、割と進んでやってくれるから助かると歌仙さんが言っていた。
「助かるの」
「助かるんだよ」
助かるんですね。
事務的な作業も早く片付き、出陣関連も一通り終わった日の午後、厩を覗くと今日も豊前くんがいた。随分と馬が懐いているようで、おとなしく豊前くんに世話をされている。性に合っているというか、相性が良いんだろうな、と思いながら眺めていると、豊前くんは手を止めてこちらを振り向いた。
「お、なまえじゃねえか。どうしたんだ?」
「お疲れ様。手が空いたから本丸の中を見回ってたんだ」
「へえ、てことは今暇なんだな」
一緒に走っか? と言って豊前くんはにぱりと笑った。走る……。
「馬で?」
「他に何がいんだよ」
もしかして乗ったことねえ? と言われたので、私は否定の意で首を振った。
「随分前だけど、馬に乗った経験はあるよ。ただ、本丸の馬に乗るっていう発想は、なかったかな……」
本丸の馬たちは、刀剣男士みんなが出陣する時に連れて行くもの、という考えが強い。馬当番の人たちが、最近出陣していない馬たちを走らせているのは知っていたけれど、自分が乗ることは考えたことがなかった。
実際、乗馬経験だってもう記憶の彼方だし、勝手に乗ってみんなの出陣に支障がある方が怖い。
「なるほどな。将としちゃその考えは分からなくもねえ。けどま、俺が一緒だしそこは心配すんなって! 走るのが無理なら、まずは歩くところから始めっか」
いつの間にか乗ることが決定していたけれど、まあ、今やることも特にないので良いかもしれない。豊前くんは厩の奥まで行くと、一頭の馬を連れて戻ってきた。
「青毛?」
「ああ。疾くはねーけど、大人しいし脚が丈夫だ。揺れも大きくねえから、安心して乗れるぜ」
「その感想、一度は乗ったと見た」
「ははっ」
やっぱり、疾いやつに乗ってみてーからな! と笑う豊前くんは楽しそうだ。きっと彼のこういうところが、馬たちに懐かれる理由なのかもしれない。
「よし、じゃあ乗ってみようぜ。足の置き方は分かるか?」
消えかけている記憶を辿りながら、馬の乗り方を思い出す。たとえ思い出せなくても、私の目の前で笑っている豊前くんが教えてくれるんだろうなと思いながら、私は記憶の中の手順を口にした。