廻転



いつから私はゆうこのようなトラブル吸引体質になったんだろう。そんな仕方の無いことを考えて、ため息一つ。私の瞳を捕えて離さない、紅と青の宝石のような瞳。それから目を逸らすのは至難の業。

「まったく……本当に興味深い。あなたのような方は初めて出会いましたよ」

でしょうね。骸さん、異世界人に会うなんてこと、さすがのあなたでも初めてでしょう?

「…… 本当にあなた、何者なんです?」

まるで玩具を品定めする眼。本気で知りたいわけでもなさそうだから、黙秘権を行使することにした。ああ、ツナに会わなかったのは一日ちょっとなのに、凄くツナが恋しい。
助けにきてほしいという思いと、傷ついてほしくないという思い。ぐるぐる、ぐるぐる、答えの出ない迷宮を彷徨う。



11th.廻転



太陽の光しか光源のない暗い部屋、その一角に私と骸さんは居た。私は縛られたまま床に座り、骸さんはむかつくくらい優雅に脚を組んでソファに座ってる。あんたの脚が長いのは解っただから何だ私への当て付けか素直に羨ましいよこのやろー!

「あなたは……なまえというのですか」
「なっ……何でわかっ……って何人のケータイ勝手にいじってるんですかー!」
「人が来ないと暇なんですよ僕は」

拗ねたように言う骸さんは正直可愛いが、それとこれとは話が別。

「プライバシーの侵害!」
「クハハ!端末暗証番号を教えたのはあなたですよなまえ!番号さえ判ってしまえばこちらのものです!」
「何その超余裕な顔!」
「知ってます?端末暗証番号っていうのはそのケータイのどの鍵も開けられるんですよ」
「知ってるから止めてぇぇぇ!」
「クフフ、嫌ならあなたが止めてみせてください、ただしその縄を解けたらの話ですがね!」
「出来るかーっ!!」

余裕綽々、しかも加えて人を見下したような態度。ヘタむしり取るぞギザギザナポー!
機嫌を良くしたのか、鼻歌まで歌いだしたナポーもとい六道骸。時たまこっちを見て鼻で笑うな。

「なかなか快感ですね、人のプライベートを覗くというのは。おや……あなたはランキングの上位の方々との繋がりもあるのですか……」

そういえば友達フォルダに入れてたな、山本と獄寺……。まんま「山本武」と「獄寺隼人」でいれてたら、そら骸さんも気付くわな。

「ところで『ツナ』とは誰です?まさか魚のお友達でも?」
「ニックネームだよ。てか何なのその『うわこいつ頭大丈夫か』って顔」
「すみません、事実一字一句間違わずその通りに考えてました」
「ねえ、一発殴るだけだからこの縄解いて?」
「イヤです」

ぐぁぁむかつくぅぅぅ!その清々しいまでの笑顔がっ……!顔が良いから余計むかつくわ!

「……骸様」
「おや、千種。どうしました?」

骸の顔の良さに世界の理不尽さを感じていたまさにその時、千種が私たちのいる部屋に入ってくる。あの……、ちらりと私を見てそんな気の毒そうな顔しないで……。

「侵入者が来たようでしたので、報告を」
「……解りました。千種、あなたも狩りに戻りなさい」
「……はい」

すっと細められた瞳が鋭く空間を刺す。雲雀さんが来たことを、私も理解した。もう、戻れない。

「…………なまえ、これは返しますよ」
「…… え?」

私の体の横にそっと置かれたそれは、私のケータイだった。

「すぐに戻ります、なまえ」

ふわりと、その骸さんの笑顔は今まで見た笑顔の中でも綺麗なものだった。


「また後程そのケータイ覗かせてもらいますよ……クフフ」

………… この言葉さえ無ければ綺麗にまとまったのに。



手も足も縛られている状態というのは思った以上に動けないのだ。誰も居ないのを良いことに、プライドをかなぐり捨てて何とかさっき骸さんが座っていたソファに辿り着く。床に直に座るよりは遥かに気持ちが楽だ。

「…… はぁ」

ここは雲雀さんの入ってきた部屋とは随分と離れているせいか、音が拾えない。(ここは三階であそこは一階だ)
そういえば今頃並盛では獄寺と千種が戦っているんだろうか。……並盛帰りたいなぁ。

「ツナ、大丈夫かなぁ」

私を探してくれてたら嬉しいなぁとか不謹慎にも思ってしまう。最近神経図太くなったよな、私。
崩れた窓から澄んだ蒼い空を見上げて想うことは大空を持つツナのこと。手を伸ばそうにも届かない。あの大空は、まだ遠い。







「……寝ますか、普通?」

僕が雲雀恭弥と戦い、大広間に帰ってきた時に見たもの、それはなまえがソファの上で寝ている姿でした。敵地で、しかも捕まっているのにここまで堂々としている人間は初めて見ましたよ。
座りながら眠るなまえに器用ですねと感心しながらも呆れの溜め息が自然と出る。それがいつも以上に軽いことに、少なからず僕自身が驚いた。
彼女を起こさないよう、静かになまえの隣に腰を下ろす。スプリングの効かない、布地の硬くなったソファが濁った音を立てた。

「本当に……何なのですか、あなたは」

答えの出ない問い掛け。はぐらかしているのが解るからこそ聞きたくなる。何故未来を知っているのか。何故僕達の目的を知っているのか。
そもそもこの子は何なのか?今までに得られた情報は、この女の名前がみょうじなまえだということ、並盛中のケンカの強さランキングで雲雀恭弥と同率一位である少女、ともせいゆうこと友人であること、その他ランキング上位の人間と友人関係であること、『ツナ』という人だか何だか解らないニックネームを持つ者と交友関係があるらしいこと。……ケータイの端末暗証番号が1014であること。

「…………まあ、良いでしょう」

一位の雲雀恭弥はマフィアと関係は無かったが、同率一位のともせいゆうこと友人ならば、たとえそのともせいゆうこがマフィア関係者で無くとも彼女をおびき出す餌くらいにはなる。それに、一位と四位は潰した。それならば二位か三位の少なくともどちらかはマフィア関係者であるはず。その両者と友人関係。

「本当に……運が良い」

自ら人質にしてくれと言っているようなステータス、加えて彼女は非戦闘要員。条件は圧倒的に、こちらが有利。
眠る彼女を視界に捕え、知らず知らずの内に笑みが零れた。










「三位……って、獄寺くん!?しかも一位にゆうこちゃんいるし!」
「…………ツナ!」
「ゆうこちゃん!?」
「あのね、ツナさっき私になまえを見てないか聞いたよね」
「え、うん……」
「あのね、私がなまえに一日くらい会わないのはわりといつものことだから気にしてなかったんだけど……」
(なまえちゃんもしかして巻き込まれたくなくて避けてる?)
「でもさっきツナに言われたことが気になって調べたら、昨日は無断欠席だったみたいで、でもなまえは連絡入れずに休むような子じゃないし」
「だよね!なまえちゃん休むときは俺かゆうこちゃんに連絡入れるもんね」
「………… おいゆうこ、ケータイは開いたか?」
「……え?」


それまで俺の足元で黙っていたリボーンが口を開いた。その漆黒の瞳は、帽子に隠れてこそいるが、穏やかでないことくらいは感じ取られた。

「あ……充電切れそうだったから昨日から電源切ってた……!」

ゆうこちゃんが慌ててポケットからケータイを取り出し、電源を入れてメールセンターに問い合わせる。その過程で、いつも笑顔を絶やさないゆうこちゃんの顔が今まで見たことないくらいに青ざめていくのを見た。

「どーやら、なまえから何かしら返事があったみてーだな」
「え、そうなの!?」

返事が来たってことは、なまえちゃんは無事?でも、じゃあゆうこちゃんの顔が青いのは何で?

「ゆうこ、なんて書いてあったんだ?」
「………………59、 4」
「ごひゃくきゅうじゅう、よん?」
「黒曜……黒曜センター!なまえっ…………骸に捕まったんだ……!」
「!」
「なぁっ!?」

その時は、ゆうこちゃんの言った骸ってのが誰なのかよりも、なまえちゃんが捕まっていたという事実のほうが衝撃が大きかった。

「……ツナ、ゆうこ。お前等は獄寺の様子見に行ってこい」
「なっ!?なまえちゃんはどーすんだよ!?」
「……なまえのことは、大丈夫だと思う。あの人は私の親友だと解ったなまえを殺すような人じゃない。むしろ人質として利用してくる人だわ」
「……でも!」
「ゆうこ、ツナを頼むぞ。俺は気になることを調べてくる」
「リボーン!」
「ツナ、なまえはちゃんと助かるから。今は隼人のところに行きましょう。……それに、恭弥も帰ってきてないの」
「え、雲雀さん、が……!?」





ただ平穏を望んだ。今までみたいに、少し騒がしくても、みんなと、なまえちゃんと過ごす『日常が続きますように』と。
そんな小さな願いすら、叶わないと突き付けられた気がした。

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