菊の話


新しい景趣のカスタムキットが実装された! 今度は菊だそうだ。
「へえ、二十四節気にちなんでいるのだね。政府も雅なことをするねえ」とは初期刀の言。

遠征先で菊と柳葉魚を拝借し、畑で取れた薩摩芋と果樹園の柿を集めて政府に献上すれば、庭に菊を植えられるようになった。白石を敷き詰めた庭の周りに、岩と色とりどりの菊。大きなものから小さなものまで。向日葵の景趣と比べると、随分和の趣が強い。

「菊は国の花としても有名だな」
「そういえば。日本の国花は桜と菊だったね」

特に菊はパスポートにあしらわれていたりもするので、見かける機会は多い。三日月さんの言葉を受けて菊の紋章を思い浮かべていると、「時になまえ」と三日月さんが口を開いた。

「菊には……不老不死の逸話があるのは、知っているか?」
「不老不死?」

ああ、と頷いて、三日月さんは語ってくれた。

「菊慈童、という中国の話がある。王の寵愛を受けていた子どもが、ある時法に触れてしまってな」
「法に触れること」
「ああ。なんでも、王の枕を跨いでしまったのだ」

死刑に値する重罪だったらしいぞ? と笑う三日月さんだが、何も笑えないぞ?

「でも王様は、子どものことをかわいがってたんだよね、寵愛してたってくらいだし」
「ああ。だからな、せめて流罪でと、山に閉じ込めた」

そのときに、自分の枕を子どもに持たせたのだそうだ。

「枕を持たせて、山流し……」
「王が私情で法を曲げるわけにもいかないからなあ。断腸の思いだったのかもしれんな」

その後、山に閉じ込められた子どもは、帰り道である橋を切り落とされ、帰るに帰れなくなったのだという。

「それから七百年。平和になった夜に、霊妙な薬の水が湧き出たという。時の天子が水源を探らせてみれば、山奥の咲き乱れる菊花に包まれて一軒の庵が建っていた」
「その庵が、子どもが閉じ込められたという庵?」
「ああ。庵の中には一人の子どもがいた。その子どもは、悲しみに暮れながらも、王の枕に添えられた経文を、菊の葉に書き付けて過ごしていた。経文を書いた葉からしたたる露が霊薬となり、露を飲んで過ごしていた子どもは、不老不死の身体を得ていた……ということだな」

初めて聞く話に、私は相槌を打つことしか出来なかった。菊って日本の国花だし、てっきり日本産だと思っていたけれど、原産地は中国のようだ。そういえば重陽の節句に菊が関係するのも、中国の不老不死伝説が絡んでるって聞いたし、もともと重陽それ自体が中国の文化らしい。

「まあ、そんな伝説もあって、菊は『齢草』とも呼ばれるのだが」

試してみるか? と三日月さんは怪しく笑う。

「ええ……?」
「今なら書き放題だな」
「書き放題て」

困惑する私に向かって、庭を眺めた三日月さんはほけほけと言い放った。そんな詰め放題食べ放題みたいに言われると、今までの話の重みが吹っ飛ぶのだが。

「不老不死。この国でもなよ竹の姫の物語の頃から、人は夢を見ていたからなあ」
「平安生まれのおじいちゃんに竹取物語を引き合いに出されると、せやなとしか言えないんだけど?」
「はっはっは」

笑って誤魔化すな、と突っ込めば手厳しいなあ、と返される。あっ悪びれてないなこの人。

「……富士山で燃やされた妙薬も、八百比丘尼の伝説も、菊の葉の露も。世の中に伝説は数あれど目の前の生き証人ほどの説得力は無いでしょうよ」
「うん?」

首を傾げる三日月さんを小突いて、私は答えた。

「人の思いを受けて生まれ、本体が失われても姿を形作る君たち刀剣男士の存在の方が、数多の不老不死伝説よりもよっぽど身近、って話」
「そうか」

ちなみに先ほどの菊慈童は能楽として演じられることがあるぞ、と教えて貰ったので機会があったら見に行こうと思う。
秋晴れに照らされた菊は、鮮やかな色でゆったりと咲いていた。
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