監査官の話


以前より告知されていた、聚楽第への道が今日、開かれるという。

「歴史改変されたまま、放置された聚楽第、かぁ……」
「政府があれだけ告知してきたほどだ、油断はしない方が良さそうだろう」
「だよねえ」

近侍を任せている山姥切くんが、固い声で忠告をしてくれる。できる限りの準備は整えたつもりだけれど、さて。
緊張と不安でそわそわしていると、門の方へと出向いていた歌仙さんが戻ってきた。政府からの客人だという、例の謎の人物が傍らにいる。彼は、私の隣にいた山姥切くんへ一瞬視線を渡してから、静かに口を開いた。

「この本丸の審神者は、あなただな」
「……はい」
「政府からの伝達だ」

言って、一つの封筒を私に差し出す。恐る恐る受け取ると、目の前の人物は、今回の来訪の目的を語った。

「放棄された世界、歴史改変された聚楽第への経路を一時的に開く。各本丸は部隊を編成し、1590年の聚楽第、洛外より調査を開始。同時に敵を排除せよ」
「……」
「本作戦への参加は任意である……が、政府は戦いの長期化に懸念を示している。実力を示す機会は、無駄にしないことだ」

確かに、既にこの本丸でも、通常作戦を三年も続けている。普段は歴史改変される前に防ぐのが任務だが、今回は勝手が違う。歴史改変がされてしまった聚楽第での、歴史を取り戻す戦い。相手は既に十分な手数でもって、場を制している。ならば、いつもどおりの戦いとはいかないのだろう。
……しかし、作戦参加は任意か。その点はいつも通りの政府だ。実力を示す機会……。普段とはまた違う点での評価がある、ということだろうか?

「なお、本作戦においては監査官が同行し評定する。以上だ。現地で待つ」
「わかりました」
「不満なら反乱を起こしてもいいが……まあ、無事ではすまないな」

政府から来た謎の人物、もとい、今回の聚楽第作戦における監査官、という人は、私たちを再度一瞥すると、背を向けて去って行った。不満なら反乱、かぁ……。

「なんだあいつは……?」
「まあまあ、山姥切くん落ち着いて……。反乱、って、するつもりは全くないんだけれど、政府も審神者の反乱は懸念事項の一つってことなのかな」
「全てが全て、一枚岩という訳にもいかないだろう。君のように素直な人間は、政府にとって御しやすいのだろうけれどね」
「歌仙さんそれけなしてる? 褒めてる?」
「もちろん、褒めているとも、わが主?」

ううんどこか芝居がかっている気がするぞ。
ともあれ、監査官さんの言葉を思い出しながら、受け取った封筒を開いた。聚楽第での作戦について記されている。
さすがに、今回は敵地に乗り込むと言うことで、破壊の危険性もあるらしい。また、長期任務になる可能性があるため、近侍を擁する第一部隊を出陣させることは不可能とのこと。
……慎重な進軍が求められそうだ。

「敵の強さは……大丈夫そう、かな。ひとまず様子を見ながらいつものみんなで進んでみよう」
「了解。五虎退たちに伝えてくるよ」
「うん、お願い、歌仙さん」

最終目標は、聚楽第に本丸を構えている敵部隊の討伐。加えて、聚楽第に陣取っている敵の調査、及び排除。目安三百体。

「よぉーし、今日もいっちょう、頑張りますか!」


「主様、監査官さんと合流しました」
「了解。そのまま進軍進めて、五虎退くん」
「わかりました。現時点より、作戦の遂行に移ります」

聚楽第に送り出した部隊の隊長、五虎退くんから通信が入る。政府から配布されるサイコロの目の数で、行動できる手数が決定するようだ。すごろくかな……?
敵の強さは心配したほどではなかった。彼らに任せれば、戦力に問題は無いだろう。問題はサイコロの期待値の方な気がする。


進行方向ではなく、進行回数という出目に振り回されながらも、一歩一歩聚楽第を踏破していく。次第に、三百体撃破に効率の良い地点の情報も共有されはじめたため、遠慮無く活用させて貰うことにした。
……いや、別に最短距離で全マス踏破して聚楽第内部に進軍したら監査官さんがしょっぱい評定下してきたのがちょっと痛かったとかそういうやつじゃないです。ないです……ぐぬぬ……。

「あのぅ、監査官さん。今の撃破数は、どれくらいでしょう?」
「敵の撃破数だな。少し待て……二百、八十三。これでいいか?」
「はいっ、ありがとうございます」

審神者たちの間で、通称殺戮ステップ、と呼ばれる二地点を往復していると、次第に撃破数は目標へと近づいた。五虎退くんから監査官さんに確認して貰うことで、そろそろ本丸へと進んでも良いのでは無いか、と判断する。
聚楽第本丸へ向かう場所に立ち塞がる遡行軍を倒し、一度五虎退くんたちに引き返すよう声をかけた。
部隊のみんなの回復を確認して、再度聚楽第へと送り出す。本丸に到達した彼らは、監査官と合流した。私は本丸から、通信を通して彼らの様子を見守る。隣の山姥切くんは、「心配も過ぎるとあいつらも困るだろう」とあきれ顔をしていたが、一緒にのぞき込んでくれているのでなんだかんだ優しい。

「よくここまで来た。聚楽第の中心部、本丸だ。最上階まで強力な敵部隊との三連戦となる。……気を引き締めていけ」
「……はいっ」

大きな虎を引き連れた五虎退くんを筆頭に、彼らは聚楽第本丸の敵を、一体一体、確実に屠っていく。時折槍の攻撃を受けるが、部隊が崩れるほどではない。最後の一体にとどめを刺せば、本丸は少しだけ落ち着いたように見えた。
監査官さんが「状況終了」と呟き、五虎退くんたちの緊張が僅かに緩む。

「これより規則に従い、評定に入る。……聚楽第中心部における強力な敵部隊との戦闘に勝利。また、行軍中における敵の調査及び排除について期待以上の成果。監査官としてこの事実を報告させてもらう」
「……」
「ここに改めて、本作戦における当初の成果を確認。以上、帰還せよ」
「お、お疲れ様でした!」

五虎退くんが監査官さんに声をかけると、ああ、と短く返事が来る。続けて何かを呟いたように口元が動いたように見えたけれど、確かめる前に彼は私たちに背を向けた。
五虎退くんたちが、空間を転移して本丸へと戻ってくる。通信はふつりと途絶え、聚楽第の景色はかき消えた。
近侍の山姥切くんを引き連れて門へと向かえば、ちょうど聚楽第へ出陣していた六人が揃っていた。

「ただいま戻りました、なまえさん」
「お帰りなさい、みんな。長らくの任務、お疲れ様」
「ああ。珍しい形の任務だったが、手応えはあったな」

薬研くんが答えてくれて、部隊の面々が思い思いに感想を言い始める。「なまえ様」、と彼らの言葉を遮ったのは、足下に現れたこんのすけだった。

「なまえ様。聚楽第任務の評定による報酬が届いています。受け取り箱をご確認ください」
「報酬……?」

そういえば監査官さんは「期待以上の成果」と言ってくれていたか。良い評価をくれたのかも知れない。政府に報告するとも言っていたし、資材でも届いたのだろうか。
聚楽第の任務を頑張ってくれた面々には、お風呂に入るよう伝えて、山姥切くんと受け取り箱をのぞきに行く。開いた箱に配置されていたのは、資材や道具などではなく、一振りの黒鞘の刀。

「……主!」
「うぉっ!」

がくん、と肩を強く掴まれる。痛い痛い、山姥切くん極の力を加減してくれ!! 涙目になりながら振り返れば、「悪い」、と手を離された。……しかし山姥切くんがこんなにも声を荒げるだなんて珍しい。どうしたの、と尋ねれば、もごもごと口を動かした後、一言だけを発した。

「顕現してくれ」

確かに今から顕現するけれど、と思いながら、手に取った刀に力を込める。収束した力が刀身に行き渡り、桜の花びらとなってほどけていく。徐々に形作られていく姿が、桜の向こうに現れた。
なびくストールに鞘色の服。白いストールの表と裏は、彼の髪と瞳によく似た色をしていた。

「俺こそが長義が打った本歌、山姥切。聚楽第での作戦において、この本丸の実力が高く評価された結果こうして配属されたわけだが、……さて」

ほんか、……本歌。本歌山姥切?
あまりの衝撃に言葉を理解するのに時間がかかった。

「本歌」
「何かな、偽物くん?」

隣で固く呟かれた、彼を指す呼称に返ってきた言葉は、鋭く私たちを突き刺した。
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