向日葵の話


新刀剣男士が増えれば、本丸も手狭になる。折に触れ本丸の拡張を行っていたが、今回、政府主導で全本丸に拡張工事が行われる、という知らせが入った。建物ごと増えた部屋の分、庭も増やして貰ったようだ。
とはいえ、実は数日前に拡張工事をしたばかりだったので、部屋は十分に余っている。空き部屋を放置してしまうのはもったいないな、と考えていたことを、ちょうど一緒に広間にいた男士たちに話せば、「じゃあ」と声が上がった。

「なまえちゃんも、本丸に来るようになって随分たつだろう? 今の執務室も資料や荷物で溢れてきたし、一室くらい離れとして使ってみるのはどうかな」

光忠さんの提案に、それは魅力的だと私は目を輝かせた。しかし部屋を一室私のために使ってしまうのは、もったいない気もするのだが。
今でさえ、執務室とお泊まり用の部屋を使っているのに、更に増やすだなんて。

「しかしね、なまえ。今の執務室だと、もう本棚を増やすスペースもないよ。それに、お守りに修行道具といった重要なものは執務室に置いてある。使わずに増えていく一方だから、そろそろ押し入れも溢れてくる頃だ」

歌仙さんの追撃に、私は「うっ」と唸った。そうなのだ。イベントごとのお知らせはこんのすけとのやりとりが主だけれど、書類も無くなったわけじゃない。以前に私のミスで家に戻れなかったときに提出した書類のコピーはまだ保管しているし、戦績だって三年も続けていればそれなりの量がある。
他にも、彼ら刀剣男士の来歴にまつわる調べ物であったり、戦術書などはどうしても紙媒体で購入してしまう。電子書籍でも購入できるのだが、これは慣れと向き不向きかな。私は紙の本に慣れていて、調べて覚えるには電子書籍よりも紙媒体が向いている、という話だ。
おかげで刀剣男士が増える度に本が増え、新しい戦場が開放される度に本が増え。ぜーんぶ経費で落として貰えるから助かってるんだけど! 部屋の物理的な面積までは本に付いてこないんだよな!

「離れ……というよりは書斎かな。主に資料類を置く部屋として活用してみてはどうだろう。今の執務室からさほど遠くない部屋であれば、行き来も苦ではないだろうしね」

蜂須賀さんの追撃で、私は反論の弾を消失した。もう否やとは言えない。あと憧れの書斎が手に入るという誘惑には勝てない。無理。書斎は本好きの夢。本で一室埋めたい……! 今回は全部資料だけど! 資料も本!

決まった後は早かった。手の空いている男士を呼び、書斎にする部屋を決めれば、あとは執務室から資料類を運び出す。連隊戦も終わったので特に急ぎの任務もなく、暇を持て余している男士が多かったこともあった。やることがあるというのはなかなかに刺激になるらしい。

書斎となる部屋は、執務室より少し広めの部屋だった。運び込まれた本棚に、あっという間に書籍が詰められていく。あっまってカテゴリ違う! 本の並び順だけはこだわらせて欲しい! 職業的にも!
壁に沿ってずらりと置かれた本棚に、見慣れた書籍が並ぶ。部屋の出入り口となる、手すりと御簾付きの縁側からは、まっさらな土ばかりの庭が見渡せた。

「……景色が寂しいねえ……」

ぽつりと独りごちれば、確かに、と横から同意する声がする。見上げれば歌仙さんが私と同じ方向を向いていた。ひたすらに奥へ広がる土だけの土地。好きなようにしていいのだろうけれど、ここまで何もないと逆に何をして良いのか。
頭をひねる私に、歌仙さんはふ、と笑みを零した。

「いっそ、花でも植えてみるかい? 一面の花畑、というのはよく聞く話だろう?」
「一面の花畑!」

確かに、これだけ広いとそういうことも出来ちゃうのか。しかし花の種がいくついるだろう。本丸経理部が許可を出してくれるだろうか。出なかった場合は自腹かな……?

「こんちゃんこんちゃん?」
「どうされましたなまえ様?」
「ここのお庭作るのに、いろいろ買いたいものとかあるんだけどね」
「ああ、それでしたら!」

本丸のことならお任せ、こんのすけを呼び出して尋ねてみればなんと、本丸の拡張工事に際して、拡張された庭のカスタムキットが付随しているらしく、「こちらいろいろ出来ますよ!」と教えてくれた。政府サービスが過ぎるぞ!

「しかし活用に際して、対価を少々いただきます。現在購入可能なカスタムキットは向日葵セットですね。こちらへの対価は、本丸で収穫された赤茄子と真桑瓜、それから向日葵の花と太刀魚になります。向日葵と太刀魚は、出陣先や遠征先で見つけられたものをお持ち帰りください。私に言っていただければ納品物として保存いたしますので! 腐敗の心配もございませんので、安心してご利用くださいね!」
「また政府がちょっとよくわからないことしてるね……?」

景趣カスタムセットの対価になんでお野菜や花やお魚がいるんだろう……? まあ必要というなら納めますけれども。いつもの政府の無茶ぶりに比べれば、畑仕事の収穫物を少し確保したり、遠征出陣でちょっと寄り道するくらいなので、お仕事の片手間に出来るだろう。

「向日葵畑か……楽しみだねぇ」
「ああ、どんな景色になるのだろうね」

そのためにもまずは対価を集めねば。「畑仕事お願いしまーす!」といえば「出陣遠征でも構わないだろう!」と顔をしかめて言われた。まあ歌仙さんはステ値上限なので畑仕事は別の人にお願いするだろうけれど。冗談だよ、と笑えばまったく、と軽く小突かれた。


日課の合間に納品物を少しずつ蓄えていく。政府から提示されている数量に達したところで、こんのすけに納品作業をして貰った。デバイスでカスタムキットのページを開けば、利用制限が解除されている。

「よーっし! どんなカスタムが出来るのかな……っと」

書斎から窓の外を眺めながら、デバイスであれこれと試してみる。見える景色が一瞬で様変わりするのは、なかなかに驚く光景だ。

「山が見える景色……向日葵畑……それから……?」

なんかちょっと木とか生やしておくかのノリで置けちゃう。庭対象のどうぶつの森やってる感じだ。
ぱっと顔を上げて縁側を見やれば、ずうっと奥、地平線まで続く向日葵畑に、おおきな山が一つ。山の向こうを入道雲がゆったりと流れていた。

「……地平線まで向日葵畑かあ……」

いやこの庭そんなに広くなかったはずなんだけど、と思ったが、カスタムセットで配置しちゃったから、奥行き感的なやつも一緒なんだろう、きっと多分。うん。
一番の最盛期、満開の向日葵で埋められた景色。日の光を反射するまばゆい黄色が、今日も元気に咲き誇っていた。


「なまえ! カスタムがこんなに広いとは聞いてないんだけれど!?」
「おつかいに行った謙信くんが迷子になってるんだけどー!」
「小さい子と鬼ごとや隠れ鬼をするのにもってこいですね!」
「向日葵の種は美味しいらしいね?」

「歌仙さんの言い分はごもっともです。私もこんなに広いと思ってなかった。光忠さんは門から東の方を探してみて。他のエリアは私の方から手の空いてる人たちに声かけておく。毛利くんは遊んでも良いけど迷わないようにね。あとご飯の時間までには切り上げて戻っておいでね。鯰尾くんは食べたいなら万屋で買っておいで……食べるには花が枯れないとだからね……?」
- ナノ -