ふるさとの話
「千代さん、千代さん」
「なんだぁ?」
まだ、日差しが強くなる前の午前十時。ちりりと風鈴を鳴らした風が、執務室にも吹き込んでくる。千代金丸さんの、重たくも涼しげな水色の髪を揺らして、反対側へと吹き抜けていった。
夏も本番になろうかという頃。今年も今年とて蛍集めに精を出した。規定数の十万を集めて報告すれば、本丸に送られてきた一振りの刀。
琉球の宝剣、千代金丸さん。本人の纏う雰囲気はゆるやかで、せかせかした日々を忘れられそうな気がする。肌を舐めるような熱風が正面からぶつかり、いくつかの汗を増やしていった。
「今日のおやつはアイスとかき氷どっちが良い?」
「んー……、今は氷の気分かなぁ」
甘いものよりさっぱりした気分だなぁ、と千代さんが言うので、私は頷いた。じゃあせっかくだ、私のとっておきを出そうじゃないか。
書類をいったん片付けて、千代さんを連れてキッチンへと向かう。広めのキッチンの少し奥、食料用の冷蔵庫とはまた別に設置してある、小さめの冷蔵庫に手を掛けた。
「いつも使ってるあっちの冷蔵庫じゃないのか?」
「あっちは食事用。こっちはおやつ用ー」
さすがに人数が増えると、ご飯を保管する冷蔵庫だけでもかなり大きいし数も必要になる。肉、野菜、その他要冷蔵品。七十人分の食料は、目の前にすると圧巻だ。業務用冷蔵庫でもぱんぱんになるので、要冷蔵のおやつ用に冷蔵庫を別途用意した次第である。
冷凍庫の扉を開ければ、汗を凍らせてくれそうな冷気が漏れ出す。さっと見渡して、目当てのものを見つけると、二人分を手に取った。
「氷……」
「氷。です」
長方形の袋に入った、ピンク色のかき氷。地元じゃ夏の定番商品だ。
「袋氷だよ。地元の名品。良かったら食べてみてくださいな」
言って、戸棚からガラスの器を出す。袋の口を開いて器に添えれば、きらきらと光るピンク色が滑り出てきた。
スプーンを添えて差し出すと、千代さんは素直に受け取り、掬った氷をゆっくり口元へ運んだ。ぱちりと見開かれた目が、すぐにとけるように緩む。
「うまい」
「美味しい? よかったー!」
「ああ。なまえの、ふるさとの味なんだな」
私の方を見て、千代さんはなんてこと無いように言った。ふるさとの味。当たり前にあるものに、改めて名称を付けられるとなんだかくすぐったい気持ちがする。
「そう。私の、ふるさとの味。今度は、千代さんのふるさとの味を教えて欲しいな」
「楽しみにしとくといいさあ」
二人で顔を見合わせて、私たちはくつくつと笑った。一際強い夏の風が、器の氷を少しだけ溶かした。