開幕



夏休みも終わって、気怠いまま二学期へと移行した。暑さは未だ拭えない、九月の初旬も初旬。
その日は、二学期開始から一週間しか経っていなかった。

「すみません、人を探しているのですが、少しご協力願えますか?」
「え、別に構いませ……」

背後からかけられた声に答えながら振り替えって、途中でその言葉が途切れたが、それも仕方の無いことだと思う。

「おや……どうかしましたか?」

振り返った先に、オッドアイでナポーヘアの男がいたのだから。



10th. 開幕



何でここに居るんだ六道骸ぉぉぉ!
思わず叫びそうになったのを堪えたから、たぶん私今凄い変な顔してるんだろうな。

「な、何でもないです…それより聞きたいことって?」

まさかツナのことか?いやでもこの時骸さん達はツナ=ボンゴレだと知らないはず。なら、喧嘩ランキングの人探し?……そういや最近風紀委員が襲われてたな。

「ええ、まぁ。……ともせい ゆうこさんという方をご存じではないですか?並盛中の方なので、もしかしたらあなたもご存じかと思いまして」

ゆうこキター!ゆうこ雲雀さんと渡り合えるからな!ランキング同率一位ってとこか!?つーか知ってるよ!幼なじみだよ親友だよ!
でもここで正直に答えるとかそんなことできるはずもない。親友売るとか出来ないっしょ。

「いや、私は聞いたことないです。……本当にその人並中生なんですか?」
「ええ。その筈ですよ。……まぁいいでしょう。どうもすみません、朝からお時間を取らせてしまって」
「いえ…」

無事隠し通せたことにほっと息をついて、学校がありますから、と骸さんに背を向けて学校へと足を向ける。

「………………」

質問が終わったからって、気を抜いちゃ駄目だった。……相手はあの、骸さんだったんだから。
解けた緊張感が、私にたった一言を、呟かせた。


「……そろそろ始まるのかぁ、」
「やはり、何か知っているようですね?」
「!?」

次の瞬間には、動けないように体を骸さんに拘束されていた。しかも声を上げられないように左手を口に突っ込まれるとゆーおまけ付きだ。嬉しくない。

「ここで話すのも何です。……一緒に来て頂きましょうか」
「…………!?」

ちょ、耳元で喋らないでください骸さん!左耳変な感じする!息掛かってる!

「おっと、抵抗しようだなんて馬鹿なことは考えないでくださいよ?君程度なら簡単に倒せますから」

そんなことは知っている。でも、何も出来ないのが悔しくて、苦し紛れに骸さんを睨んでみた。右の紅い瞳がうっそりと細められて、逆に睨み返された感覚を覚える。

ごめん、ゆうこ。私の不注意だったよ。だから間違っても雲雀さんと乗り込んでくるなよ。
…………まあ乗り込んできたところで骸さんに惚れられるのがオチだろうけど。
そこまで考えたとき、私の後頭部に鈍い痛みが奔った。薄れ行く意識の中で、骸さんのあの独特の笑い声を聞いたかもしれない。
















「…………って、夢か」
「そんなわけないでしょう」

目覚めてから開口一番、現実逃避を試みてみたものの、あっさりとしかも即答で否定された。ひどいな少しは乙女心を察知してよ骸さん。まあ手足縛られてる時点で乙女扱いも何もないよな。なにこれ拉致監禁プレイ?

「で、君は何なんです?さっき……というよりあなたがずいぶん眠っていたので、もう今朝の事になりますが。今朝聞いた限りでは、僕らの目的を知っているみたいでしたね?」
「…… まさか」

もう夕方だなんて。……違う違う。
知ってるなんて言えない。あなた達の目的も、その結末も知ってるだなんて。

「おやおや…。どうやら君は自分の置かれた立場を理解していないようだ」

くす、とその端正な顔を歪ませた。…美形は笑っても美形だな。知ってたけど。

「そうですね、君でも解るようにその立場を理解させて差し上げましょう」

どこからか取り出した三叉矛をくるり、と一回転させ、

「六道輪廻、という言葉をご存じですか?」
「サバイバル?」
「それはまつげが素敵なお姉さんの歌です」
(何でこの人あの歌知ってるんだ!?)


やっべ意図的にボケたとはいえ突っ込まれるとは思わなかった!
あれ、よく見れば骸さんキレてね?ヤバくね?いや、もとからヤバいけどさぁ!

「わ、ちょっ、待っ……!」
「待って欲しいなら、素直に吐いたほうが身の為ですよ?」


三叉矛の先が鋭く光る。やべぇこの状況から脱出する方法が解んねぇ!つか無理!殺される系!?

「骸様、」

その状況を変えてくれたのは、寡黙な眼鏡の少年――千種だった。

「千種ですか。どうしました?」
「ただ今20位狩りが完了したので報告に来ました」
「そうですか。その様子だと、まだ当たりではないようですね」
「すみません、骸様」
「いえ。千種のせいではありませんよ。それにしても……」

そこまで話して、骸さんは視線をついっ、とこっちに向けた。忘れててくれれば良かったのに……!

「骸様、その女は?」
「何かを知っている様子でしてね。……さっさと喋るようにお願いしているのですが、なかなか強情でして」

彼女が喋ってくれたなら、少しは楽になるかも知れないんですけれど、なんてわざとらしく言われた。

「いい加減喋りませんか?言っておきますが、僕は優しい人間じゃありません。いつまでもこの状態が続くと思わないでください」

千種も帰ってきたことですし、今日は諦めますよ。まぁせいぜい、明日になっても僕の気が変わっていないことでも祈っていたらどうですか?

それが、今日最後に聞いた骸さんの声。
去っていく骸さんを見ながら、千種が足元に置いてあった鞄を指して、「これ、君の?」と聞いてきた。そうだよ、と答えると、「ふぅん、」と呟いて去っていった。



……ねぇ、私ご飯ちゃんと貰えるよね?


事後報告をしておくと、ご飯はちゃんと貰えた。その日の夕飯と、次の日、つまり今日の朝食。あ、食事中はさすがに縄は解かれた。
昨日は帰ってきた犬に「骸さんに逆らうから縛られるんだびょん」等とすげぇバカにされた。後で殴っていいかな。
そういえば、鞄の中にはケータイが入っていた。追加で言っておこう、私のケータイはオールロックがかけてある。つまりケータイを見つけられたとしても暗証番号が解らなければゆうこの情報が渡ることはない。つーかあれ解かれたらツナとか獄寺とか山本とか、ファミリーの情報だだ漏れだよ!
…… 自分からバラさなきゃしばらくは安全かな…。あれ、でも今日は確か九日……って、まさか雲雀さん来る!?来ちゃう!?こーなりゃ隠しても無駄かなぁ。


「さて、今日は喋ってもらいますよ」
「…………ねえ、今日は何日?」

遅目の朝食を終えた後、気が変わらなかったらしい骸さんが質問を再開した。だけど私は骸さんの質問に答える前に確認すべき事がある。

「知りませんよ、そんなの」

それを訝しく思ったんだろうな、しかめっ面をしながら答えた骸さんに、私の鞄の中にケータイがあるから、と答えた。

「日付を教えてくれたら、喋るから」
「おやおや……昨日と打って変わって素直じゃないですか」

答える、と言ったのが良かったのか、クフフと笑って私の鞄の中を漁り始めた。あ、ちょ、そんな乱暴に扱わないでよ!それネタ帳!わぁぁ投げないで!後でちゃんと入れといてよ!

「っと、これですね、…………すみませんロックがかかってるんですが嫌がらせですか?」
「……暗証番号は半角数字で1014」
「…………ガセじゃないみたいですね。開きました。今日は……九日です。ついでに未読メールが十通を越えてますが」
「開けてみたら?」
「君の話を聞くことの方が僕にとっては大事なので」
「その未読メール、大半がともせい ゆうこからだと思うよ」
「やはりあなた、知り合いでしたか」
「まさか親友を売るなんてそんなことできないしね」
「では、今僕が彼女のメールを見ているのはともせいゆうこを売ったことにはならないと?」
「うん。だってゆうこ、きっと来ちゃうから」

雲雀さんと一緒に、殴り込みにくるだろう。戦い好きかつ、復活キャラ好きなゆうこなら。

「あ、そうだ。一番新しいメールで構わないから、ゆうこに返信してくれません?」
「……内容によります」
「…594、とだけ」

別に696でもいいんだけど気付かれそうじゃん、骸さんに。
骸さんも、黒曜だと解っただけで何になる、とでも思ったのか、三桁の数字が記されたメールはゆうこに送られた。

「ではそろそろ、君の知っている情報を教えて頂きましょうか」
「タイムリミットは、今日。今日中に、全部片付くから」
「ほぅ…………」
「ゆうこも、ボンゴレ十代目も、今日、此処に来る筈」
「……素晴らしいですね、君は。予知能力者か何かですか?」
「いや。一般人だよ」
「………… いいでしょう。今はそういうことにしておきましょうか」


赤と青の瞳を細めて、骸さんはそう言った。











「リボーンどうしよう!なまえちゃんに連絡付かないよ…!昨日から連絡も無しに学校休んでるみたいだし、ゆうこちゃんに聞いても知らないっていうし、家には鍵が掛かったままだし!」
「落ち着け、ダメツナ」
「落ち着いてられるわけないだろ!?」

声を荒げたところで、リボーンには軽くあしらわれるだけだった。さっさと学校に行くぞ、と促され、納得なんて出来ないまま家を後にする。学校へと足を進めながら母さんに手渡された多数のチラシを見ながらも、俺の思考は全く別のところにあった。

「なまえちゃん、どうしたんだろう……」
「そんなになまえの事が気になるのか?」
「当たり前だろ!なまえちゃんは大切な……大切……な、友達だし……!」
「………………そうか」

どうしてすぐに友達だ、ってはっきり言い切れなかったのか、その理由を探す暇すら惜しい。

「なまえちゃん……」


君は今、何処にいるの?



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