世話焼きの話
毎度おなじみ秘宝の里で玉を集めて。顕現したるは待ち望んだ二振り目の薙刀。
「巴形、薙刀」
「ああ。よろしく頼む」
す、と見下ろしてくる赤紫色の瞳は、どこか冷たさを感じる。今まで顕現した刀剣男士達は、どこか人間らしさが漂っていたが、彼にはなかなか感じることが出来ない。巴形、と言われる薙刀全ての集合体だからだろうか。彼自身の色味も相まって、氷のような雰囲気すら覚えた。
巴さんが伸ばした手が、私の頭に軽く乗せられる。見上げれば、巴さんは少しだけ首を傾げていた。
「主は……小さいな」
そりゃ巴さんからすればだいたいの人は小さく感じてしまうと思うよ!
顕現当時も感じたけれど、巴さんはみんなと少しばかり距離の取り方が違っていた。刀、というのか、物としての意識が強く、人の身体になれていないような印象を受ける。また、ものを運ぼうとすれば横から取ったり、着替えようとすれば着物を薦めたりと、世話をやかれているのをひしひしと感じた。……いかん、甘えていたら駄目になりそう。
「もー。巴くんがなんでもやってくれると思って。ちゃんと断らなきゃ駄目だよ、なまえちゃん」
「う。でもこう、言い訳させて欲しい……」
一応、断ろうとは思ってるんだよ。思ってるんだけど、あの目に見つめられると、否とは言えないというか。
しどろもどろに事情を話すと、光忠さんはそれでも、と続ける。
「君が、主なんだよ、なまえちゃん」
正論だった。確かにー! そうなんだよなー!
「まあ、分からないでもないけどね。巴くんが、純粋に君を思って色々と世話を焼こうとしているのは、見ていても感じるし。でも、任せきりと頼ることは違うよ」
「はい。そうです。……そうだよねえ……」
今までのあれやこれやを思い出しながら筆を置く。これで今日の仕事は終わりの筈だ。
「お仕事終わった、なまえちゃん?」
「うん、終わったー」
じゃあ気分転換にお茶でも飲もうか、と誘われ、光忠さんと一緒に厨に向かうことにした。冬も間近なこの季節、廊下はしんとした冷たさが漂っている。
「これだけ冷えているなら、温かい飲み物をいれようか。お茶とコーヒーと紅茶とココアと、どれが良い?」
「どれにしよう……どれでも美味しい……」
「はちみつホットミルクもありかな、なまえちゃん」
「寝る……それは寝ちゃう……」
ぺたぺたと足音をさせていると、厨の入り口から巴さんが顔を出してきた。その手には、湯飲みとお菓子が乗ったお盆が握られている。
「あれ、巴さんだ」
「ああ、なまえ。ちょうど良かった。仕事が終わった頃だろう。茶を淹れた」
「わ、まさに今終わったところだったんだけど、よく分かったね巴さん」
巴さんに近づいてお盆を受け取ると、隣に居た光忠さんが口を挟んできた。
「もう、巴くん。あまりなまえちゃんを甘やかすのも……」
先ほどの話題の続きかと思ったところ、だが、と光忠さんの話を遮ったのは巴さんだった。
「燭台切も、なまえと一緒に厨に来たということは、お茶を淹れるつもりだったのだろう」
「えっ」
「お前もよくなまえを甘やかしているではないか」
「……えっ?」
そうかな、と首を傾げる光忠さんをじっと見やる巴さん。と。
「ぶっ、はははははは!」
「!」
突然笑い声が聞こえて肩が跳ねる。一瞬、巴さんが笑ったのかと思ったけれど、彼はこんな笑い方をしないな、と思い至る。むしろ、この声は。
「言われたなあ、光坊。まあ確かに、光坊はうちでなまえを甘やかしている筆頭だなあ」
「みっちゃんー、俺が来たときからみっちゃんはなまえに甘かったぞ?」
「わ、鶴さんに貞ちゃん!?」
あ、やっぱり鶴丸さんに貞宗くんだった。二人に言われたことが思い当たるのか、光忠さんはひとつため息をつくと、頬を掻いた。
「うーん、まあ、僕がなまえちゃんに甘いのは否定しない、けど。……でも、それを言うなら歌仙くんもそうだし、というより」
光忠さんは私をちらりと見た後、鶴丸さんと貞宗くん、巴さんの方を見て口を開いた。
「この本丸で、なまえちゃんに甘くないひとって、居ないと思うんだよねえ……」
「はは、確かにそれは言えているなあ!」
からからと、鶴丸さんが笑って、貞宗くんも破顔して、巴さんは、少しだけ唇の端を持ち上げた。
せっかくだし、このままみんなでお茶が飲みたいと言えば、付き合ってもらえるだろうか。