江戸城の話


「大阪城の次は江戸城だよ! 村正さん確定報酬だよー!」
「へえ。政府がまた新しい試みをし始めたんだね」

お知らせの手紙を振り回しながら広間に行けば、おやつを食べていた面々のうち何人かが私の方へと目を向けた。返事をくれたのはりんごを飾り切りしていた歌仙さんだ。最近の趣味なんだろうか。あとで一つ頂きたいが食べるのが勿体ない気もする。

「うん、今回は江戸城の探索みたい。進軍方向が選べるみたいなんだけど、居られる時間に限りがあるみたいなんだよね。で、江戸城を探索しながら鍵を集める。鍵5つで宝箱が一つ開封できるって。全200の宝箱に、村正さんとその他諸々の報酬があるみたいだよ」
「となると、単純に全部開けるとしたら、鍵が……ええと」
「1000だね!」

気が遠くなるような数だ。1000も集めきれるだろうか、と少しばかり不安になったが、始めてみれば不安などは吹き飛んでしまった。

「進軍方向が選べるのが凄く嬉しい。集まらなくても方向決めた自分に責任あるからうわーってならないし、たくさん集まったときは達成感ある。3回の通行手形でも結構集まるし箱開けたくてつい深追いしそうになる。……ボックスガチャの闇……っ!」
「ぼっくすがちゃ?」
「いやなんでも」

首を傾げる歌仙さんに曖昧な笑いで答えて、タブレットに目を落とす。本日もさくさく進軍のようでなによりだ。タブレットの端にあるスピーカーアイコンがぽん、と音をたてて、連絡が来たことを教えてくれる。聞こえてきたのは、前田くんの声だ。

『もうすぐ最奥のようです、なまえさん。このまま進軍して大丈夫でしょうか?』
「うん、探索時間も少ないし、そのままボス倒して帰還できるかな」
『了解しました。行きます!』
「気をつけてね」

とは言うものの、心配はしていない。二年の実績が、相手の力量を測りきっている。怪我一つなく、帰ってくるだろう。

「そろそろ村正さんも見つかるかなあ。……残り箱数50切ったけど……」
「でもどれかには必ず入っているんだろう? なら、諦めず、懲りずに箱を開けることに専念するといい」
「確かに。開ければ絶対会えるんだからね」
「ああ。僕も会うのが楽しみだよ」

歌仙さんの言葉に私は驚いて振り返る。意外だな、政府から開示された情報には「脱ぎまショウか?」というとんでもないインパクトの台詞があって、「雅じゃない」と言いそうだな、なんて勝手に思っていたけれど。

「どうしたんだい、なまえ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「い、いや。ちょっと驚いて」
「そうかい? 別に驚くようなことじゃないだろう。彼の刀匠と、僕の刀匠は知り合いだからね」
「そうなの!?」
「ああ。之定は、村正から秘伝を受けたと言われている。かの村正の打った刀に僕が出会えるんだ、楽しみだろう?」
「なるほどなあ……」

これはますます、頑張らねば。歌仙さんもだけれど、なにより蜻蛉切さんは、彼をずっと待っていた。


前田くんたちが持ち帰った鍵を受け取り、歌仙さんと並んで道場へと足を運ぶ。隙間無く並べられていた宝箱も、今や中央に固まった数十個のみだ。

「よーし、今度こそ、見つかりますようにっ!」
「開ければいつか出会えるさ。見つからなくても、落ち込まないようにね、なまえ」

背中を押されて、いざ、と端から宝箱を開けていく。砥石、刀装、御札、小判。今回も見つからないか、と肩を落としそうになった時だった。

「ん?」

持ち上げた蓋の下には、初めて見るものが入っている。細長い影は、見紛うことなく刀のそれだ。

「かたな……村正!?」
「おや、見つけたのかい?」

宝箱に刀は一振りしか入っていない。間違いないだろう。資材や小判を端に除け、広さを確保してから刀を顕現させる。桜の色に、薄い紫色の長髪が混じって靡いた。

「huhuhuhu。ワタシは千子村正。そう、妖刀とか言われているあの村正デスよ。huhuhuhu……」

全体的にしっかりと筋肉の付いた身体に、蜻蛉切さんと似たデザインの衣装。千子村正が、目の前に居る。

「あなたが、審神者デスか?」
「あ、は、はい! みょうじなまえと言います。お待ちしてました、村正さん」
「huhuhu。ありがとうございます、なまえさん」

ふ、と口元を緩めた笑みが色っぽい。こ、これは別の意味で危ない……!
ぐらつく気持ちを必死で押しとどめながら、村正さんを伴って道場を出る。まずは本丸の案内。それから。

「歌仙さん、蜻蛉切さんを捜してきてもらって良いかな」
「ああ。見つけたら、すぐに連れて来よう」

頼もしい笑みを残して、歌仙さんは歩き出す。隣の村正さんは、「蜻蛉切が居るのデスね」と穏やかな声で言った。

「うちに一番最初に来てくれた槍の方でね、とても頼りにしてます。それから、今蜻蛉切さんを呼びに行ってくれたのが、初期刀の歌仙兼定。之定の打刀」
「おや、あの之定の。それはそれは、頼りになることでショウ」
「ええ。とても」

村正さんは、この本丸での生活が楽しみデスね、と笑った。さあ、もうしばらくすれば、待ちわびた二つの足音が届くことだろう。
- ナノ -