打ち上げ花火



夏休みもそろそろ半分終わっただろうか。近いうちに平和授業のありそうな八月初旬。財布にいつもより多めのお金を入れて、徒歩で並盛神社を目指す。ぎらぎらと鋭い日差しが、アスファルトや私の肌を容赦無く射ている。ああ、暑い。夏だから当たり前か。
……しかし、二時に出る事はなかったな。よりによって何故一番暑い時間を選んだ、自分。もう少し涼しくなってからでも良かったろうに。



9th.打ち上げ花火



石畳で作られた参道脇には原色が多々配色された出店が隙間無く並んでいる。まだ二時過ぎという一番暑い時間にもかかわらず、それなりの人が参道に見受けられた。
浴衣の人が少ないのは昔ながらの風習が廃れていっているからだろうか。私も人のことを言えた義理では無いけど。

「さーて。どこを回るかねぇ」

お昼ご飯は食べてきたし、おやつの時間にしてはまだ早い。かといってくじ引きなどで使いもしないプラスチック製のおもちゃをお土産に貰うつもりもない。考えた末、照りつける日差しにコノヤロウ、と小さく悪態を吐いて、ぶらぶらと参道を歩くことにした。


「あ、なまえ!やほー!」
「…………ゆうこ?」
「ねぇ、その間は何?」

買いもしないのに屋台を覗いて渡り歩いていたところに、聞き慣れた声が耳に入る。声の聞こえた方には白色の浴衣を身に纏ったゆうこが居た。帯は目も眩む程鮮やかな赤色で(パッションレッド、とでも言えば伝わるだろうか)、てかどこで手に入れたそんなもの。

「えへー、恭弥が用意してくれたのー。似合うー?」
「うん、似合う似合う。可愛いよ」

ひまわりにも夏の太陽にも負けないようなきらきらとした笑顔で嬉しさを表現するゆうこは、見ているこちらが笑顔になりそうなくらいだ。浴衣、着れたのが嬉しかったんだろうな。

「……ああ、いた。ゆうこ、行くよ」
「あ、恭弥待って!……じゃねなまえ!後で一緒に花火見ようね!」
「うん。……がんばー」

ゆうこは少し遠くにいた雲雀さんに声を掛けられると、慌てて彼のもとへ走っていった。すみません、雲雀さん。その柔らかな微笑みは何ですか。少し視力の悪い私の見間違いってことでいいですか。
……そういやゆうこ、草壁さんと同じ風紀副委員長だったな。ああ、ショバ代の徴収か。とりあえず雲雀に襲われない程度にガンバ、ゆうこ。


「…本気でやることねーな」

暑さに耐えきれず買ったかき氷も、食べている途中に私より先に暑さにバテて水になった。冷たかったのは冷たかったが、結構複雑な気分だ。あれは氷じゃない。シロップだ。
あれを食べきったので、次は何を買おうかと考えに耽る。暑いので冷たいものが欲しいのはかき氷を食べても変わらないらしかった。けれど、冷たいものが欲しいとはいえ連続してかき氷を食べるのも些か憚られる。

「……あ、ツナ達屋台出してたんだっけ」

そこでその考えに行き着く。冷たいものではないけれど、ツナの顔が見れるだろうから行ってみるかと決着。気が付けばツナのことを考えている自分に苦笑して、チョコバナナの屋台を探すことにした。


途中うなだれている射的屋のおじさんを見つけて気の毒に、と視線だけ投げておく。ここがリボーンの被害にあった射的屋なら、近くにチョコバナナの屋台もあるはずだ。二三度左右に視線をやると、案の定見慣れた三人組を見つけることができた。

「ツナ、山本、獄寺」
「あ、なまえちゃん!なまえちゃんも来てたんだね!」
「よぉ。チョコバナナ買いにきたのか?」
「つーか、買ってくよな?てか買ってけ」
「脅しー!?」
「あっはっは!買うよ買うよ。一本ください」
「りょーかい!」

三人揃ってのテンポのいいやりとりに笑ってから、チョコバナナを一本頼んだ。隣でツナが無理矢理買わせちゃったかな…、的な顔をしていたから、ちょうど甘いものが欲しかったんだよ、と言うとあからさまにホッとしていた。素直で可愛いよ、ツナ。

「そういやさー、ゆうこは一緒じゃねーの?」

屋台から、チョコを塗っていた山本の声。それは気になっていたんだろう、獄寺も反応した。

「ゆうこ?そのうちショバ代回収に来ると思うよ?」
「ショバ代…!?」

驚いているツナに説明しようとしたけど、それは獄寺がやってくれた。

「ここいらを取り締まってる連中に金を払うのが並盛の伝統らしいっス。ここはスジを通して払うつもりっス」
(もしかして裏社会のぞいちゃってる?)

うん、ツナ。その気持ちはわからんでもない。たかが祭りでショバ代はねーよな。……っと、

「あ、ゆうこ来た」
「マジかっ!?」
「何処だっ!?」
「5万」
「ヒバリさんー!!?」
「お、チャオっ、武、隼人、ツナ!そしてさっきぶりなまえ!」
「「ゆうこ!」」

おぉう、雲雀よりゆうこか。正直でよろしいことだよ、山本に獄寺。

「てめー何しに来やがった!」
「まさか…」
「ショバ代って風紀委員にー!?」
「そーだよっ!」
「活動費だよ」

雲雀さん、活動費て言い訳にしか聞こえないですよ。とか心の中で反抗してみたり。

「さ、早く払っちゃってー!」
「払えないなら、屋台をつぶす」

……そんな嬉しそうな顔しないでください雲雀さん。てかゆうこも悪乗りするな。
隣で実際につぶされてる屋台を見ながら、獄寺が渋々と売上金の中から五万を取り出しゆうこに渡した。

「ほら、ゆうこ。これでいいだろ」
「ん、いち、にー、さん、しー、ご。よし。回収かんりょーう!」
「確かに」
「そういやゆうこ、浴衣にあってるのな!」
「ホント!?わぁありがとう!」
「……ゆうこ、次行くよ」
「うわわ、ちょ、どうしたの恭弥!?」

ゆうこの手を引っ張りずんずん歩く雲雀さんは不機嫌なのが一目見て解るのだけど、如何せんうちのお姫さまはとことん鈍いらしい。あのゆうこを誰が落とすか見てみたいものだ。

「…そういえばなまえちゃんは浴衣じゃないんだね?」
「……まあ、ね」

正直、浴衣を着てツナに「可愛い」とか言われてみたいとかいう願望は無きにしもあらずなのだけど。下手に着飾った私よりも、いつもの私を見ていてもらいたい、とか、ちょっと格好付けてみたり。

……ごめん浴衣持ってないだけなんです。



「チョコバナナくださーい」
「ハル!京子ちゃん!!」

ゆうこ達がいなくなった屋台の次のお客さんは京子ちゃんとハルちゃんだった。二人とも浴衣よく似合うなー。

「すごーい。お店してるの?」
「うん、まあ…」
「なまえちゃんもですか?」
「んにゃ、私はお客さん」
「そうなんですか。ならよかったですけど…でもちょっと残念です。みんなで花火見ようって言ってたんで…」
「そーだね」
「なぁ!?」
「……ツナ知らなかった?花火あるの」
「し、知らなかった…。なまえちゃんは、知ってたんだよね?」
「うん、まあ、半分それ目的だしね」

隣でうなだれるツナが「一緒に見たかったな…」と呟いていたが、その主語が誰なのか私には推し量ることしかできない。

「でも全部売れれば見に行けると思うよ?」
「……そっか!が、頑張って…早く終わらせちゃわない?」
「10代目のお望みとあらば!!」
「あー、そーだな!」

ツナの一言にやる気を出す二人を見て、私はちょっと笑った。

「じゃあ、私はお店見てくるよ」
「え、なまえちゃん……?」

私の告げた言葉に意外そうな顔をしたのはツナだった。少し不安そうなツナに、安心するようににこりと笑ってみせる。

「大丈夫。少ししたら手伝いにくるから」
「え、あ、そ、そういうつもりじゃ…」
「ふふ。…頑張れ、ツナ。花火、見るんでしょ?」
「う、うん!」




あれからリンゴ飴とか箸巻きとか適当に買っては食べて、一種食べ歩き状態。今日食ってばっかだな、私。
ふと気が付くとさっきツナ達と別れてから結構時間が経っていた。これくらいが適度だろうと思って、ツナ達の屋台を再度目指す。

「ツナー!」
「なまえちゃん!」
「お、ちょうど良かった!俺これから的当て行くんだけど、ツナと店番してくんね?」
「あ、おっけー!」
「さんきゅーな!」

本当にベストタイミングだったらしく、屋台には私とツナの二人だけだ。

「なまえちゃんなまえちゃん、あのね、あと一箱で完売なんだよ!花火見に行けるよ!」
「本当!?」
「うん!一緒に花火見れるよー!」

喜ぶツナにつられて私もテンションが上がる。だから、気付けなかった。近づく人影に。

「花火見るなら何処にしよ…………っだっ!?」
「なまえちゃん!?」

急に背中をどつかれ、前のめりになる。地面に激突することは避けたけど、どつかれた拍子に左腕を地面で擦ってしまった。擦り剥けた部分が軽く熱を持つ。

「なまえちゃん大丈夫!?」
「大丈夫!それより売り上げが…!」
「あ…!まさかあの子が噂のひったくり犯!!?うそー!!!」
「ちょ…!ツナ、追っ掛けるよ!」

傷を気にするのもそこそこに、ひったくり少年を追い掛ける。少年は境内へと続く階段を駆け上がり……ちょ、暑いのになんでそこまで体力あるんだ少年!?途中でバテてスピードを落としながらも、なんとか上に辿り着けた。一呼吸遅れてツナも登りきる。

「女…?っと、元気そうだな、ツナさんよぉ」
「ライフセーバーのセンパイ!!?」

そこにいたのは、まあ知ってたけど、いつぞやお世話になった、てか先週見たはずの色黒の高校生。……きっとたぶん高校生。……あれ、よく考えると私この人たちと同い年……?…………恐いから考えるの止めよう。

「ひったくりはオレらの副業で、夏はかせぎ時なんだわ」
「え!?」

稼ぐとか以前にひったくりは犯罪だということに気付け。職業じゃねえ。
しかしどうしたもんか。さっきの階段でバテた私に、高校生達(男)を相手に逃げ切れる自信はない。かといって戦って勝てるわけもない。

「どうすれば……のぁっ!?」
「んだよこいつ、もうちょっと女らしい悲鳴でもあげろよ」
「なまえちゃん!!」

……あれ、違う。これゆうこのポジションだろ。捕まったヒロインを逆ハーで助けられるポジションだろ。…………ああ、ゆうこが強いうえに風紀副委員長だからか。だから空いたこのポジションに私が居るのか。

「…………ツイてない」
「ぎゃはははは!運が悪かったな、女!」

……あー、うん。いろんな意味で運が無かったね。止めてくれよ。巻き込まれるのはゆうこだけで十分だろ。一応仮にも私は逆ハヒロインの友達ポジション。この役回りをする人間じゃない。だからゆうこ、来い。この役いらないっつっても譲るから。

「この時を待ってたぜ!二度としゃべれなくしてやるよ!」
「そっ… そんな!」
「おっと、下手な真似はするなよ?まあ、したところでそこのなまえちゃんとやらが人前に出れなくなるだけだけどな」



…… マジですか。



「さて、どこから切り裂いてやろーか?」
(ひーっ!こ、怖…!でも、なまえちゃん……助けなきゃ……っ!)


「そーこーのーいーろーぐーろー!人の親友に何さらしてくれとんじゃあぁぁぁ!」


… お前が何してくれとんじゃ。
境内に響き渡るほどの声を発しながら突撃してきたのは、逆ハヒロイン、ゆうこ嬢。可愛い顔してあの子、割りとやるもんですよ。その手に持つのは長短二本の棒が繋がった形の二節棍。短い棒の方には鉄のトゲトゲ。一般呼称、フレイル。何処で手に入れた。

「天誅ぅーっ!」

叫びながら、両手に持ったフレイルで敵を薙ぎ倒すゆうこ。エンドレス組み手じゃないんだから。敵さんもスーパーサドンデスみたいに簡単に吹っ飛ばないでください。あ、やっぱり吹っ飛んで。こいつらに捕まってるのもめんどくさい。

「… うれしくて身震いするよ。うまそうな群れをみつけたと思ったら、追跡中のひったくり集団を大量捕獲」
「ヒバリさん!!!」
「なまえ、大丈夫!?」
「あ、さんきゅーゆうこ」
「ん、どーいたしましてっ!」

雲雀さんの登場で、場の空気は一気に緊張する。ぞろぞろと後輩さん達がぞろぞろと、ぞろぞろと……何処に隠れてたんだ、こんなに!

「やっべ逃げれね!」

音に出さずに呟いた。どーにかして逃げれないかな、と考えてると、視界の隅っこに、ニヒルに笑うひょっとこお面の赤ちゃん発見。タイミングを見てこっちにこいとでも言っていると勝手に解釈して、リボーンがツナに死ぬ気弾を撃つのと同時に、リボーンの方に全力ダッシュ。どうやらその読みは合っていたらしく、リボーンのところに辿り着くと、安全な場所に誘導してもらえた。

「ツナ達大丈夫かなぁ…」
「大丈夫だぞ」

ちら、と戦場を覗くと、嬉々としてフレイルを振り回すゆうこが一番最初に目についた(浴衣なのに…!)。……おとなしく終わるのを待とうと思った。


その後日が沈むまで繰り広げられた高校生VS中学生のバトルは中学生側の圧倒的勝利で幕を閉じた。
返り血の付いたフレイルをぶんぶん言わせながらまだ物足りないと喚くゆうこに、返り血などというものは付いていない。浴衣で暴れ回ったのに、着崩れ一つしてないとかどーゆーことだ。

「さて、じゃあひったくりの物の回収といこうか」
「あ、ちょ、ヒバリさん、これは……!」
「恭弥、これは見逃して?」

ひったくり犯が残していったお金を全部回収する気だったんだろう雲雀さんに交渉に出たのは、なんとゆうこだった。

「……何?ゆうこ、その草食動物の味方するの?」
「んー、そういうんじゃないけど……ダメ、かなぁ?」

こてん、と可愛らしく首を傾げれば、折れないものは居ないだろう。雲雀さんはため息を一つ零して、好きにしなよ、と言った。

「さっすが恭弥!大好きっ!」
「な!?」
「あー……」

……まぁ、ゆうこも罪な女だ。ゆうこの言葉に一喜一憂するみんなを見てると、なんというか、頑張れといいたくなる。
機嫌の良い雲雀、対して悪い山本と獄寺。諦めろ、三人とも。ゆうこの言葉に良かれ悪かれ他意は無い。

で、とりあえずお金は守れた。…もう完全に日が沈んでたけど。

「しっかしヒバリのヤロー…ゆうこ連れていきやがって…」
「ヒバリのやつ、独占欲強いのな」
「でも…今からじゃもう花火まにあわないね…」
「……そうかな?」
「え?」

ツナの落胆した声に、私が境内の方を見やる。そこにはリボーンが呼んだ京子ちゃんとハルちゃん、イーピンにランボの姿。

「ここは花火の隠れスポットだからな」

リボーンの言葉を合図にしたかのように、花火の一発目が打ち上げられる。
…うん。暗いのを良いことにツナの右隣に座ってみましたよ。私にしては頑張ったよ!
なんて感慨に耽ってると、きゅ、と左腕を捕まれた。私の左隣に座ってる人なんて、一人しか居ないわけで、

「つ、ツナ…?」
「……傷、ごめんね」

なんのことか、と考えて、あのときひったくり犯にどつかれた時にできた擦過傷のことかと思い当たる。

「え、いや、あれは事故みたいなもんだし!」

実際、この擦り傷は気を付けていれば出来なかったものだ。

「でも、俺が気付かなかったから傷つけたようなもんだし、」

ぎゅう、と私の腕を握る力が強くなる。そこだけが、いやに熱い。

「ツナ、傷なんてすぐに治るよ。それにさ、良い思い出じゃない?」

入れ墨みたいでかっこよくね?なんて茶化して言ってみる。実際かさぶたで格好良いも何もないけど。

「……そっか。ごめんね、ありがと」

これで謝るのは最後、といったふうに笑ったツナに、私も笑い返す。


「なまえちゃん」
「ん?」
「来年も、さ、ここに花火、見に来よう?」
「……ん、約束だよ」

「うん。約束」




鮮やかな火の粉が墨のような夜空に輝く。
そっと、軽くツナの手を握ってみた。握り返してきたその手の温度が、涼んだ夏の夜に心地よかった。



- ナノ -