二年目の話


大広間に吊してある、就任日までのカウントダウンを記していたカレンダーは、全てめくられた。本日就任日。私がこの本丸の審神者となり、初期刀、歌仙兼定を手にした日から、丸二年を迎える。

「戦況を考えると、二年を経てもなお芳しくないのだと苦い顔をする他無いのだけれど。しかし今日は、君が就任してから二年間、大きな問題もなく本丸を運営できていた証の日だ。こんな日くらい、お祝い事を催しても良いんじゃないかな」

緑青色の目を細めて、歌仙さんは言った。去年のごちそう凄かったね、と言えば、「少しばかり浮かれすぎていたんだ」と照れた顔が愛おしい。

「今日という日を、また君と迎えられたことを、僕は嬉しく思うよ。二年間、よく頑張ったね。さあ、それじゃあお祝いといこうか」

歌仙さんの言葉で、広間には乾杯の声があちこちから上がる。私も合わせるように声を上げて、両隣の歌仙さん、前田くんと杯を合わせた。
お酒を呷り、美味しい料理に舌鼓を打つ。今日も私の好物が中心に並べてあって、やっぱり歌仙さん張り切っちゃったんだろうなあと思わずにはいられない。言わないところがまた、なんだかくすぐったくも嬉しくなる。
最初の盛り上がりが落ち着いてくると、みんなが入れ替わり立ち替わり、声を掛けに来てくれた。本来なら私の方から、二年間ありがとうございます、これからもよろしくお願いします、って、言って回った方がいいはずなんだけど。絶え間なく来てくれるものだから、私が立つ暇がない。ああ、もう、これもみんなからの好意だと思ってありがたく受け取ろう!


岩融さんの背に乗って、手を振ってくる今剣くんに、私も手を振り返して見送る。彼らの次に来たのは、源氏の二振りだった。

「思えば、俺は去年、来てすぐに君の就任を祝ったな。正直なところ、実感は無かったのだが、改めて今日を迎えて、君の成長を感じているところだ」
「うんうん、やっぱり一年も一緒に居ると、感慨深いものだよねえ」

膝丸さんと髭切さんに言われ、私は苦笑を浮かべる。あの頃は何が何だか分からなかっただろうな。とはいえ、就任日は動きようがないので仕方ない。

「まあ、去年は去年で楽しめたのでな。構わない。それに、今年はきちんと君の仕事ぶりを知った上で、祝えるのだ。これも、君がこの一年を頑張ってきた結果だろう、なまえ」
「また、来年も僕たちにお祝いさせてね、なまえ」
「ふふ、そう言われたらますます頑張らなくちゃだね。ありがとう、膝丸さん、髭切さん」

いい子いい子、と髭切さんが頭を撫でてくる。この一年間で子ども扱いが加速したような、気が……気のせい、かな。どうかな……。
ひとしきり私をなで回した後、二人は立ち上がった。もう行くのか、と問えば、後を待たせては悪いからな、と膝丸さんは言う。確かに、六十人も居るのだ。一人一人、ゆっくり話すには少しばかり時間が足りない。
源氏の二人を見送れば、なまえちゃん、と柔らかい声が降ってくる。よく耳に馴染む声。見上げれば、光忠さんと、隣には太鼓鐘くんも居た。
二人は私の前に座り込むと、「まずは二年目おめでとう」と微笑んだ。

「光忠さんも、本当に最初期から、二年間ありがとう。明日からも戦いは続くけど、これからもよろしくね」
「もちろんだよ。たくさん頼ってくれて良いからね!」
「頼もしいなあ、本当に」

いつになく張り切った声に、私は笑い声を零す。光忠さんも、今日は浮かれているのかもしれない。

「それと。この一年は特にありがとう。貞ちゃんに会わせてくれたこと」
「……、うん。私も、太鼓鐘くんお迎え出来て、本当に良かったよ。太鼓鐘くんも、来てくれてありがとうね」
「良いって良いって。俺も、みっちゃんに会えて嬉しかったしな!」

朗らかに笑う太鼓鐘くんに、私も釣られて笑う。就任二年目を振り返れば、本丸に居るみんなと何かしら縁のある刀を多く呼んだ年だった。
織田に縁のある不動くん、粟田口派の短刀をふたり、信濃くんと包丁くん。待ちわびた来派の太刀明石さん。青江派の数珠丸さん。前田くんに縁のある大典太さん、彼と同派のソハヤさん。目の前で光忠さんと並んでいる太鼓鐘くん、獅子王くんと縁のある小烏丸さんに、鶯丸さんに会わせてあげたかった大包平さん。
新しい出会いは少なくても、充実した一年間だった。そう振り返ると、太鼓鐘くんの笑顔が少しばかり曇る。どうしたのかと尋ねれば、彼は少しだけ視線を彷徨わせた後、「どうしようもないことだけど」と零した。

「どうしようも無いけど、みっちゃんたちは、俺が知らないなまえの一年間を知ってるんだよな、って思ったんだ。俺も、なまえの一年目を、一緒に居たかったなあ」
「貞ちゃん」
「太鼓鐘くん……」

ほんと、分かってんだけどな、と太鼓鐘くんは言う。確かに、時間ばかりはどうしようもない。最初からみんなが居たら、楽しくもあっただろう。

「じゃあ、そうだなあ。光忠さんの一年間に負けないくらいの思い出作らなきゃだね」

だけど、今あれこれ過去の「もしも」を論じてもどうにもならない。ならばこれからのことを考えた方が、きっともっと楽しい。

「そうだ、手始めに二人で何か食べに行かない? 実は二人っきりのお出かけって光忠さんとやったことないんだよね」
「……、良いね、乗った! 俺が完璧にエスコートしてやるぜ、なまえ」
「ええ!? ずるいよ貞ちゃん! ちょっと、なまえちゃんも!」

途端慌て出す光忠さんを横目に、私と太鼓鐘くんは顔を見合わせて笑った。埋まらない時間は確かにあるけれど、時間ばかりが全てじゃない。

「出掛けるときは俺を懐に入れて欲しいな、良いだろ、なまえ?」
「あ、じゃあお願いしようかな」
「ふふん、懐に入るのは短刀の特権だからな。これはみっちゃんには出来ねえよなあ」
「もう! 二人ともずるいなあ」

次は僕と行ってもらうからね、と眉を吊り上げて言う光忠さんに、私は頷いた。
きっと三年目も、たくさんの思い出が残る年になるだろう。
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