701日目の話


赤をベースに袖は黒。三本並ぶ赤のライン。
縁側でよく見かけられた、一つだった背中は、今は二つ並んでいる。

来て早々に「童子切はどこだ!?」と言うくらい血気盛んなひとなので、大人しく座って居るだとか、黙っているのが苦手なのかと思っていたけれど、私の思い込みらしかった。現に今、二つ並ぶ背中の間に、言葉はない。
しんしんと降り続ける雪を眺めながら、時折湯飲みを口に運んで茶を啜る。踏み込みがたい空気があって、私は尻込みしてしまった。
声を掛けるのは後にしようかと、片足を静かに引いたところで、背中の片割れ、鶯丸さんが後ろを振り返る。どうやら私に気付いていたらしい。なまえ、と名を呼ばれて、私は引いた足を前へと進めた。

「鶯丸さん、大包平さん」
「……主か」

おずおずと、慣れない呼称を口にする大包平さんに、私は少しだけ相好を崩した。戦場に出るときとはまた違う、どこか冷えるような、刀の在り方を残したような、ぎこちなさを感じる。顕現して日が浅いからだろうか。
私を呼んだは良いが、続く言葉を見つけられない大包平さんは、静かに視線を逸らした。落ち着いている大包平さんとは所作がまた対照的で、だからこそ見ていて二人はしっくり来るんだろうな、と思わせる。

「何か用だったか……、と言いたいところだが、その手にあるものが、用で良いらしいな」
「でーす。お茶請け、あった方がいいでしょ」

そう、私はお茶請けのお菓子を持ってきたんだった。ちょうどおやつの時間が近いからと厨に顔を出せば、鶯丸さん達に持って行ってあげて、と手渡された。一緒に食べておいでよ、とご丁寧に渡された湯飲みからは、うっすら湯気が漂っている。

「八つ時だったか」
「うん。ご一緒しても、良いかな?」
「ああ。君なら歓迎しよう。ほら」

す、と鶯丸さんが身体を動かして、一人分のスペースを作る。だがそこは、鶯丸さんと大包平さんのちょうど間になるような場所で。良いのかな、と躊躇うも、ぽすぽすと笑顔で縁側を叩く鶯丸さんに、座らないのかと訝しげな目を向けてくる大包平さんを見れば、座らないという選択肢は無かった。
促されるままに二人の間に座って、お盆からお菓子の載った皿を持ち上げる。まずは鶯丸さんに差し出して、次に大包平さんに。

「これは……」
「おまんじゅう。万屋で特売だったんだって」
「味は保障するぞ。ここの菓子は美味い」
「そう、か」

大きな手がゆっくりとまんじゅうを掴み、持ち上げる。柔らかいことに驚いたのか、ちょっとだけびっくりする様は、なんだか幼く見えて可愛らしくもあった。
恐る恐る一口かじって咀嚼するうち、大包平さんの眉間にしわが寄る。どうしたのだろう。

「これは、何と言えばいいのか……」
「?」
「口の中が、重いというか、もそもそするというか……」
「おや、大包平はあまり甘いものが好きではなかったか」
「味の好みばかりは、顕現して口にしないと分からないからね。うーん、じゃあ次は甘さ控えめので挑戦してみよう」

渋い顔をしながら、大包平さんはず、とお茶を一口すすった。途端に、軽く目を見張る。おっと、これは。

「いや、茶と一緒だと、緩和されるな」
「ああ、この甘さが、茶に合うだろう?」
「なるほど。お前が保障するだけある」

だが、こればかり食べるのは少しきついかもしれないな、と大包平さんは苦笑した。気を緩めてくれているみたいで、嬉しくなる。いつか、鶯丸さんと一緒の時だけじゃなくて、本丸のどこに居ても、いつでも、心安らげるようになって欲しい。

「しかし、まんじゅうといい、この寒さといい、人の身では初めて知ることばかりだ。刀であったときも、冬の寒さは刃が冴えるようだと思ってはいたが、体温を得ると、ここまで冷たいのかと驚いたぞ」
「今日は一段と冷えるからな。だが、今しばらくだ。お前もすぐに、春の温かさを知ることになる」
「春、か」
「ああ。これから、ここで過ごすのだからな。まだまだ初めて知ることはたくさんあるさ」
「……そうか」

眼を細めて笑う鶯丸さんに、何かを噛み締めるように笑う大包平さん。やっと二人が揃って、言葉を交わせることが、彼らの主としてもとても喜ばしい。

「俺がこの本丸で得たものを、お前も感じるだろうさ」
「ああ。その時は、鶯丸の時はどんなだったのか、俺にも教えてくれ」
「勿論だ」

頭上を飛び交う二つの声に、頬が緩むのを止められない。私が刀剣男士だったら、きっと桜が大量に舞っているだろうなあ、と想像して、ぱくりとおまんじゅうを頬張った。

「おや、嬉しそうだな、なまえ」
「んふふーまあねー」
「なんだ、そんなに美味いか。俺の饅頭ならやらんぞ?」
「そこまで食い意地張ってないですー! もう。意地悪」
「はは。だがどうした、いつになくご機嫌じゃないか」

鶯丸さんの言葉に、私は笑う。そりゃあもう。ご機嫌にだってなるさ。

「だって、さ。鶯丸さんが、大包平さんに会うまでに得たものって、とっても多いよ」
「そう、なのか?」
「うん、そりゃーもう。だって、なんせ、700日分あるんだからね!」
「……ななひゃく」

呆然と繰り返す大包平さんに、ぱちくりと目を瞬かせる鶯丸さん。きっと本人も、数字として聞かされて驚いたのかもしれない。

「そう。週にして100週間。月にして23ヶ月。だけどね、鶯丸さん。701日目からは、大包平さんと一緒に得ていくんだよ。いやあもう、審神者としては嬉しいよね!」

これからは二人並んで積み重ねていくのだ。この日をどんなに待ち望んだことか!

「そう、か。700日か。そんなに、待っていたかぁ」
「いっぱい話してあげなきゃだねー」
「ああ、そうだな、そう、だな……」

くすくすと、零れる笑い声に私も自然と声を重ねる。

「さあ、まずは何を話そうか……」
「ああ、聞かせてくれ。お前がここで過ごしたこと」

声は続く。701日目の思い出が、ここにある。
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