日の出の話


かくかくと肩を揺すられて、意識が覚醒していく。いつの間にか開いていた障子戸から入ってくる冷たい風に、ふるりと身体を震わせた。

「ん……」

ぼんやりとした視界は薄暗い。まだ夜明けには時間があるようだ。緩慢な動作で顔を上げれば、整った相好が視界を覆う。やあ、と紡がれる低めの声が耳に心地良い。

「なまえ、起きたか?」
「……みかづき、さん……?」
「ああ、俺だ。朝早くからすまんが、ちと俺に付き合ってくれんか?」
「……?」

声を聞くうちに、段々と目が覚めてくる。重たい身体を持ち上げながら三日月さんを見やれば、彼は綺麗に微笑んだ。

「おはよう、なまえ。そのままでは寒いだろう、半纏を羽織ることを、勧めよう」


パジャマの上からふかふかの半纏を羽織り、足にはもこもこ毛糸の靴下。しっかりと防寒装備を整えてから、三日月さんに手を引かれて本丸の中を歩く。夜明け前の空は、東を薄く明るく色づかせている。

「ええと、三日月さん、どこに……?」
「良いところだ。約束しただろう?」
「やくそく……」

寝起きで回転の鈍い頭では、彼の言う約束を思い出すことができない。まあ、行けば思い出すだろうさ、と言う彼の言葉をゆっくりと脳内で噛み砕きながら、ひたひたと寒い廊下を歩いた。誰かの気配が微塵も感じられない。本丸じゅうが静謐に浸っていた。
玄関で靴を履き、引き戸を開けて外へ出る。朝方の雪で覆われた石畳には、既に二人分の足跡が残っていた。

「さあ、二人が待っている。少々急ぐぞ」
「あ、三日月さん……!」

楽しそうな笑みのまま、引かれる手に逆らえない。待っている二人は誰だとか、結局どこへ向かっているのかとか、何も分からないまま、三日月さんに従うしかなかった。
雪に残る足跡を追うようにして辿り着いたのは、庭の一角にある東屋で、近づくことで三日月さんの言う二人、が誰なのかを知ることになる。

「……二人とも、こんな寒い中で何してるの……」
「ようやく来たか、なまえ! 待っていたぞ」
「その様子だと、何のために呼ばれたのか分かっていなさそうだな」

ぱあ、と私たちに気付いて顔を輝かせる鶴丸さんに、水筒のコップで緑茶を飲んでいる鶯丸さん。何故この二人、と疑問符を頭に浮かべる私に、隣の三日月さんは緩く笑って手を引き、空いた場所へと座らせた。隣に三日月さんが座って、彼の手が一方向を指し示す。

「去年のこの日に、約束をしただろう? 『来年は、共に見よう』、と」
「あ……」

彼の言葉を引き金に、記憶が呼び起こされる。おせちを食べながら、こたつでのんびりしていたとき。三日月さんと、約束をしたのだ。

「初日の出、どうでした?」
「ああ、綺麗だった。日の出は何度も見ているが、年の始まりだと思うと、一際神々しく見えるものだな」
「そっかぁ。私も来年は早起きして見ようかなあ」
「ならば、俺が起こそう。来年は、共に見よう、なまえ」

三日月さんの誘いを二つ返事で受けて、ならば自分もと、隣に居た鶯丸さんが言い、唐突に現れた鶴丸さんも誘いに乗ったのだった。去年の、今日の出来事だ。
思い出したようだな、と言う三日月さんに、私は頷くことで答える。三日月さんは目を逸らさないまま、口を開いた。

「明けましておめでとう、なまえ。今年も、お前と過ごせることを嬉しく思うぞ」
「明けましておめでとう、三日月。こちらこそ、今年もよろしくお願いします」

私が返した言葉に、ああ、と三日月は鷹揚に頷いて、嬉しそうにはにかんだ。なんだか照れくさくて目を逸らせば、ちょうど山々の間から顔を出す太陽を見つける。日の出だ、と思わず呟けば、鶴丸さんが楽しそうに声を上げた。

「お、本当だ。じゃあ俺も、明けましておめでとう、なまえ。今年も一つ、いい驚きを頼むぜ」
「去年の約束通り、なまえと一緒に日の出が見られたからな。今年はいい年になりそうだ。明けましておめでとう、なまえ。今年もまあ、程々に頑張るか」

鶴丸さん、鶯丸さんからも新年の挨拶をもらって、私は頬が緩むのを感じた。照れくさいけれど、今年も新年の挨拶を交わせるのが、嬉しくもある。

「明けましておめでとう。じゃあ、鶴丸さんにいい驚きが提供できるよう頑張ろうかな。鶯丸さんも、あんまり息抜き多いと流石に注意するからね?」

静かな空気で満たされた庭に、小さな笑い声がぱちぱちと溢れて響く。太陽が完全に顔を出しきった頃には、本丸にも声が増えていく。何人かは、起き出したことだろう。

「さあて、では、そろそろ戻るとするか」
「ああ、あまり長居すると、風邪を引いてしまうかもしれないな」
「手が冷えてしまったな。戻ったら、茶を淹れてやろう」

おもむろに立ち上がる三人につられて、私も立ち上がる。すぐに騒々しい声で溢れ返るだろう本丸へと、一歩を踏み出した。
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