冬の夜の話


縁側にはうっすら雪が積もっている。氷柱も雪も溶けない寒さが続くものだから、当然火鉢のない部屋や廊下の寒さは堪ったものではない。寒いのは私だけではなくて、刀剣男士のみんなだって同じで、冬場は大広間のこたつに団子になっているのをよく見かける。それに、広間はほぼ常時火鉢に火が入っているので、自分の寒い部屋が温まるのを待つよりはずっと良いようだ。
かくいう私だって、この季節は、暖房でぬくぬくした現代の自室から、火鉢が消えている本丸の自室に来るときが少しばかり億劫だ。最近の近侍は、寒い執務室で待つのが辛いらしく、大抵広間でお茶を飲んでる。いや寒いの分かるし悪くないんだけどね。ただ執務室に来たとき真っ暗で誰も居ないの割とへこむんだぞ?
私も火鉢で部屋が暖まるまで待つよりは、一刻も早く暖かい部屋にいきたい気持ちの方が強い。だからこちらへ来ると同時に、自室に置いてある仕事道具を引っ掴んで広間へ直行、こたつの中で作業するのが常になっていた。

今日も変わらず部屋の火鉢は消したまま、広間でずっと仕事をやっていた。出陣関係の仕事を終わらせて、書類仕事に取りかかったときには、日付こそ変わっていないものの、既に時計の針は二本とも上向きだった。
しかし暖房にこたつと来れば、日本の冬の最強アイテムであり、冷えた身体が温まってくれば眠くなるのも道理と言える。まして夜も遅い時間となれば後はもう察してくれと言わんばかりの状況だ。

「うー……」

重い瞼を無理矢理持ち上げようとするけれど、睡魔という本能には逆らえない。ペンを持つ手が緩みきって、視界も霞んできた。
ぱたりと身体を後ろに倒せば、こたつの温かさがじわじわと足先から広がっていくのを余計に感じる。日付はいつの間にか変わっているし、昼間の仕事の疲れも相まって、もうこのまま眠ってしまおうかと欲が囁く。明日やる、仕事は明日起きてからやる……。
狭いこたつの中で寝返りをうつ。こたつで寝たら風邪引くだろうけど、眠気には勝てない。段々と消える意識を引き戻してくれたのは、肩を揺さぶる誰かの手だった。

「おーい、起きろー?」
「んん……」
「もー、こたつで寝ると風邪引くってみっちゃんが言ってたぞ、なまえ?」

ぺちぺち、と手は肩から頬を叩き始める。声とみっちゃんの呼称からして、この手の持ち主は貞宗くんなんだろうなあというのは分かった。だが、眠気が支配している身体は全然起きてくれそうにない。口からは意味のない言葉が零れるばかりだ。

「なまえー。おーきーろー。……もう」

揺すって、叩いて、それでも起きない私に、ため息をついたのが聞こえる。ごめんね貞宗くん、と本人には聞こえてないが謝罪の言葉が浮かんだ。
近くで彼が動いている気配だけ感じている。どうするだろう、諦めて部屋に戻るだろうか。覚醒とまどろみの間を行き来する意識の中、衣擦れの音が近くなったことを知る。

「……なまえ、起きて?」

ふう、と耳に触れる吐息。一緒に吹き込まれた言葉で、肩が跳ねる。沈みかけていた筈の眠気は、あっという間に吹き飛んでしまった。

「あ、起きた」
「……さだむねくん……」

言いたいことはいっぱいあるのに、なかなか言葉にならない。名前を呼んだ後、口をもごもごさせる私に、貞宗くんは「起きてくれて良かったー」と朗らかに笑った。……うん、その笑顔が見られたから良いかな……。にしても今の起こし方吹き込んだの誰だ……。

「仕事遅くまでお疲れ。頑張るのも良いけど、風邪引いちゃったら本末転倒だろ? 眠いときは、寝ちまおうぜ!」
「……ん、でも」
「でもじゃない。今のままやっても、また寝ちまうだろ?」

ぐうの音も出ない。今起きたからって仕事に戻っても、多分また同じように眠気に負ける気がする。明日が少し大変かもしれないが、急ぐものでは無いのが幸いか。

「……そう、だね」
「さ、じゃあ片付けて部屋に戻るか……って、もしかして今日も部屋の火鉢は付けてない?」
「……あー、うん。そうだ、来てからずっとここにいた」
「だよなあ……」

じゃあ今から部屋で寝るにしても寒いよなあ、とぶつぶつ呟く貞宗くんだったが、「そうだ!」といい笑顔を浮かべて私を見た。可愛い。でもなんか聞いちゃいけない気もする。

「俺たちの部屋で一緒に寝ようぜ!」
「!?」

どうしてそうなった。

いやさすがにそれは、や、部屋が暖まるくらい待つ、と言ったが、こうと決めた貞宗くんは押しが強い。まして伊達男たる彼は、こちらの言い訳をことごとく論破してきた。勝てない……!
書類を部屋に置けば、あとは貞宗くんに手を引かれるまま伊達組に宛がった部屋まで連れて行かれる。静かに障子戸を開けば、布団の中から顔を出していた鶴丸さんと目があった。

「…………、なまえ?」
「えっ、なまえちゃん!?」

小声ではあったが、鶴丸さんが私の名を呼ぶことで、光忠さんががばりと起き上がる。彼も小声だったのは流石だと思った。つられて大倶利伽羅さんものそりと身体を起こした。お休み中すみません……!

「なまえが広間のこたつで寝てたから、連れてきた。なまえの部屋火鉢消えたままだからなー。良いだろ?」
「もー、あれほどこたつで寝ちゃダメだよって言ったのに。そういうことなら良いよ良いよ。ちょっと詰めれば寝られるでしょ?」
「お、じゃあ俺の隣に来るか? 貞坊と俺の間だぞ、どうだ」
「……はぁ」

貞宗くんは、自分の布団と鶴丸さんの間に私を連れて行くと、「なまえはここな!」と笑顔で掛け布団をめくり上げた。有無を言わさぬ笑顔ってやつだ……!
もうここまで来れば素直に従った方が良さそうだし、何より眠い。お邪魔します、と呟いてお布団に潜り込めば、仄かな熱の残りが染み渡る。

「あったかい……」
「へへっ、なんなら俺を抱き枕にしていーぜ?」
「……さだむねくんいたれりつくせりかよー……!」

もうろれつが回っていない。正面から抱きついてきたのは貞宗くんだろうか。ならば背中に当たる熱は……鶴丸さんかなあ。

「あー、可愛い。鶴さんと貞ちゃんに挟まれてるなまえちゃん可愛い。ね、伽羅ちゃん」
「……寝かせてやれ、光忠」
「ふふ、それもそうだね。おやすみ、なまえちゃん」
「……ん」

今度こそ、眠りに落ちていく。今日は暖かい夢が見られそうだ。
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