ご飯の話


「なまえさん、なんか政府から大量の荷物が届いてるんだけど」
「大量の荷物?」

近侍の愛染くんに促されて、玄関口まで足を運べば、確かに大量としか言いようのない、積み上げられた荷物。なまえ、と、荷物のそばに立っていた歌仙さんが、私の名前を呼んだ。

「歌仙さん?」
「こちらの手紙が一緒に来ていたよ。君宛だから開封はしていないのだけど」
「ありがとう、見てみるね」

審神者様、と記された封筒を歌仙さんから受け取り、ぺりぺりと封を解く。中に入っていたのは、お手紙一枚。

「それにしても、こんなにたくさん、何だろうね。……悪い気はしないというか、むしろ、どこか高揚するような……?」
「そうか? あーでも、言われてみれば、分かるような?」

荷物を眺めながら、そわそわと、どこか落ち着きのない歌仙さんに、きょとん、と首を傾げる愛染くん。確かに、政府から何の前連絡もなしに、積み上げるほど大量の荷物が送られてくるなんて前例がない。悪い物ではない、と思うけれど、ううん……?
悩んでいても答えが分かるわけじゃないので、手にしていた紙へと目を落とす。各審神者様へ、という宛名から始まり、時候の挨拶の後に続けられていたのは、送られてきた荷物の、意外な正体だった。

「歌仙くん、そろそろ夕飯の仕込みを……って、何この荷物!?」
「ああ、燭台切か。それが、僕にもさっぱりでね……。なまえ、手紙には何と?」
「あ、うん。この荷物について書かれてたんだけど……」

続けた私の言葉に、歌仙さんも光忠さんも、愛染くんも目を見開いた。


蓋の隙間から、甘やかな水蒸気が立ち上る。ふくよかな香りは食欲をそそり、思わず喉を鳴らした。

「なまえ。楽しみなのは分かるけれど、そうも熱い眼差しを向けられると、食い意地が張っているようにしか見えないよ」
「うっ……」

くすくすと、歌仙さんが笑う。けれど、この香りには到底勝てそうに無いとも思うのだ。立ち上る湯気は、静かに本丸へと広がっていく。かたりという音に振り向くと、漂う香りに誘われたらしい人影が、厨を覗きに来たのに気付いた。

「ねえねえ、なんだか凄く良い匂いがしたんだけど……」
「なぁに、今日はごちそうでも作ってるの?」
「安定くんと清光くんだー。だよねえ、良い匂いだよねえ」
「うわっ、なまえ顔がゆるっゆるだよ……。まあ、これだけ良い匂いだし、分からなくはないけど」

すん、と鼻を鳴らした清光くんが、「で、これなあに?」と問うと、光忠さんが笑って答えた。

「ご飯、だよ」

ぽかん、と口を開ける安定くんと清光くんを見て、頬が緩む。

「ご飯、って……いつも食べてる、白ご飯、のことだよね?」
「ああ、そうだよ。お米を炊いて作る、ご飯だ」

ほら、と光忠さんが差し出したざるには、軽く洗った白米がどっさり盛ってある。ほんとにお米だ……、と零した安定くんがとても可愛い。分かるよ、ちょっとこの香りとは結びつかないよね。
安定くんの隣で、清光くんが首を傾げ、私へと言葉を投げかけてくる。

「もしかして、良いお米でも買ったの? 宴でもやるつもり? 小烏丸は来なかったけど」
「良いんですー秘宝の里で玉集め頑張るから良いんですー! って、そうじゃなくて。このお米は買ったんじゃなくてね、政府から送られてきたの」
「政府から?」

ぱちくり、目を瞬かせる二人に、私は貰った手紙の内容を思い出す。

「新嘗祭(にいなめさい)のお裾分けです、だってさ」

私の居た時代と同じそれでは無いだろうけれど、要は、今年穫れた新米をお裾分けしますとのことで。全審神者に配ってるんならどれだけ豊作だったんだろうというのだけれど、本丸の畑を見ていれば、案外可能なのかも知れないと思ってしまう。政府お抱えの広大な水田が頭を過ぎったしなんだかトラクターに乗る刀剣男士も見えた気がしたけど、きっと気のせいだ。

「やはり新米は美味しいからね。政府には感謝状でも書きたいくらいだよ」
「料理も、気合いが入るというものだね!」

ぐ、と握り拳を作ってみせる二人からは、いつもよりも強い気迫を感じる。うちの古参組、厨でも強い。

「じゃあ、せっかくもらった新米で、今日は何作るつもり?」
「それなんだが、すっかり迷ってしまってね……」
「いつもと同じ、お椀に盛るだけでも、もちろん美味しいとは思うけれど」
「かといって、このご飯を調理するのも勿体ない気がしてね……。せっかくこんなに、良い香りなのだし」

先ほどの気迫からは一転、困った顔の二人に、安定くんと清光くんが顔を見合わせる。

「確かに、これをオムライスなんかにしたら、美味しそうだけど、ちょっと勿体ないかもね」

頷く清光くんの横で、安定くんはうーん、と唸っている。と、「そうだ!」と手を叩いて安定くんが叫んだ。

「じゃあ、おむすびにしよう! 具材を色々用意して、自分が好きな具でおむすび作るの! どう!?」
「……ああ、良いね、大和守。採用しよう」
「やった!」
「おむすびかぁ、なんで思いつかなかったんだろ、僕」
「単純すぎて、見落としてたとか?」

喜ぶ安定くんを見て、光忠さんが頬をかき、そんな彼に、清光くんがちょっかいを出す。どうやら今日の夕飯のメインは、おむすびで決まりのようだ。

「じゃあ僕、どんな具が欲しいか、みんなに聞いてくるね!」
「あ、俺も行く。でも俺たちだけじゃ大変じゃない?」
「堀川と和泉守にも手伝ってもらおうよ!」
「賛成。あいつら今日非番だっけ?」

テンポの良い会話を交わしながら、二人は厨を後にする。そろそろ出来上がりが近いのか、室内には炊きあがり間近のご飯の香りが充満していた。

「さて、おむすびメインなら、もっとお米を炊かないと大変そうだね」
「大食らい多いもんねー、うち」
「ああ、具材は足りていたかな……」

ジャージの腕をまくり上げる光忠さんに、冷蔵庫へと確認をしに行く歌仙さん。ぴー、と炊きあがりを知らせる炊飯器の電子音に、私は顔をほころばせた。


大広間の座卓には、大きなおひつがいくつも並べられ、湯気が立ち上る。散見する小皿には、様々な種類の具が用意されていた。みんな待ちきれないのか、そわそわとした様子だ。

「おかわりのご飯はたくさんあるからね、どんどん食べてくれて構わないよ」
「おかずやつまむものが欲しければ、各自で作ってくれ。では、いただきます!」

歌仙さんの言葉を機に、わっと広間が騒がしくなる。あちこちでかき混ぜられるご飯から、いっそう香りが溢れ出した。

「さあ、僕たちも食べようか、なまえ」
「だね! やったーもうご飯炊いてる途中から食べたくて仕方なかったんだー!」
「はいはい、急がなくてもご飯は逃げないよ」

歌仙さんに促され、自分の席へと座る。一番近いおひつから、自分のお茶碗へとご飯をつぎわけ、具を選ぶ。……せっかくの新米だし、最初の一個くらいは、何も味付けしないで食べてみよう、と、そのまま形を整えることにした。手が汚れないように、ラップでくるんで、よく見る三角形の形にしてみるのだが、なかなか難しい。……手のサイズに比べてご飯が多かったかな……?

「うーん、もういっそ丸めるとかでも」
「こら、せめて最初の一個くらいは頑張ってごらん、なまえ」
「うう」

隣の歌仙さんを見れば、綺麗なおむすびが二つも出来ている。き、器用だ……! 私も頑張ってはみたものの、三角形だが綺麗かと言われれば即答できない。ぐっ、もっと厨で練習させてもらうべきか……!

「ま、完成には違いないし。いただきます!」

ぱくりと一口頬張ると、まず口の中が湯気で満たされる。噛んだところから甘みが溢れて、香りと一緒に喉の奥まで抜けていく。噛めば噛むほど甘さは増していくので、一口目がずいぶんゆっくりになってしまった。

「ふわあああ、美味しい……! 良いお米凄い……!」
「ああ、政府も良いものをくれたねぇ」
「具無しでこれだけ美味しいの、初めて食べたよ。今日はおむすびパーティーにして正解だったね」
「大和守には後でお礼を言わなければね」

広間を見渡せば、みんな言い笑顔でおむすびを頬張っていた。うんうん、美味しいご飯は、幸せだ。
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