川の字の話


秋晴れの気持ちいい午後、のんびり縁側を歩いていると、ある部屋の障子戸が開かれているのを見つけた。あそこは確か……そうだ、来派の部屋だったはず。障子を開けてるって事は、中に誰か居るだろうから、声の一つでもして良さそうなんだけど、ここで立ち止まっていても、聞こえるのは木の葉が風に揺れる音ばかりだ。

「……?」

不思議に思って部屋を覗くと、何と言えばいいのか、座布団を枕にごろりと身体を横たえる、明石国行。……うん、お前かー!
蛍丸くんも愛染くんも、部屋の中に姿は見えない。ということは、保護者さんのお昼寝タイムというやつか。普通この時間にお昼寝するなら二人の方じゃないのかなあ、と、相変わらずの明石さんの姿に苦笑が漏れる。来派のちびっ子二人は、外で遊んでいるのだろうか。

「んん……」
「……」

吹き込む風に、明石さんが、少しだけ身じろぐ。暑さは随分和らいだが、代わりと言わんばかりに、時折冬の気配も見え隠れする。ジャージだけじゃ少し寒いのかもしれない。今は特に急ぎの仕事もないし、いつも前線で戦ってくれている彼らだ。こういう、のんびりした日は、ゆっくり休んで欲しい。
忍び足で室内にお邪魔して、押し入れから薄手の毛布を一枚取り出す。明石さんの上へ、静かに広げる。これで気持ちよくお昼寝できるだろう。私もよくやるからわかる。
あまりお邪魔するのも申し訳無いし、と入ったときと同じように忍び足で出ようとした私の背後から、小さく、声がする。

「……なんや、一緒に寝てくれませんのん?」
「……!」

慌てて振り返れば、顔を起こして私を見上げる明石さんが居る。明らかに、今起きましたって顔じゃない……!

「起きて、たんですか……?」
「なまえはんの気配に気付かんほど、気ぃ抜いてるつもりもあらしまへんけど?」
「……うう」

確かに! 気配を殺すとか微塵も出来ない現代人ですので!
反論できずに唸っていると、明石さんは首を傾げながら、「で、寝てくれんの?」と唇の端を持ち上げて笑う。魅力的な、とっっても魅力的な、お誘いだけども!

「い、いや、遠慮して……」
「あれっ、なまえだー」

断ろうと口を開いた私に重ねるように、高い声が響く。振り返れば、蛍丸くんと愛染くんがちょこんと背後に立っていた。

「俺たちの部屋で、どうしたの?」
「国行なら寝てるだろ?」
「……いやそれが」

言い淀む私を不思議そうに見上げたあと、彼らはふいと室内を覗き込んだ。あれっ国行起きてる、と零したのは蛍丸くん。

「起きてるんと違うけどなあ……。ま、ええわ。なあ、蛍、国俊。なまえとお昼寝、したない?」
「!」

明石さんの言葉に、ちびっ子二人がきらきらと眼を輝かせたのがよく分かった。明石さんの唇の端がつり上がる。勝利を確信した笑みだ……!
一緒に寝てくれるんでしょう、と言わんばかりに見上げてくる蛍丸くんと愛染くんを見れば、もう否とは言えなかった。……うん、私も今は急ぎの仕事、無いし。

「……いいよ、一緒にお昼寝しようか」
「やったー! なまえ大好き!」
「なあなあ、俺、なまえの隣がいい!」
「えー、国俊ずるい。俺もなまえの隣がいいー」
「……俺は?」

右手を蛍丸くんに、左手を愛染くんに引っ張られながら、来派の部屋へと踏み込む。話し合いの末、明石さん、愛染くん、蛍丸くん、私という並びになるみたいだ。

「次は俺がなまえの隣で寝るからなー」
「はーい」

少しだけふくれっ面を作っているけれど、それでも蛍丸くんや明石さんと一緒にお昼寝出来るのが嬉しいんだろう、すぐにゆるっと表情が崩れる。毛布を被せてあげれば、愛染くんと蛍丸くんはくふくふと笑った。

「えへへ、いい夢見れそう」
「だなー」

一緒にお昼寝、という珍しい状況に、テンションが上がっていたのか、お喋りの絶えない二人も、しばらくすれば毛布の暖かさと、秋の気候に誘われてゆっくりと瞼を落とした。今は穏やかな寝息ばかりが聞こえてくる。

「寝てしもうたなあ」
「うん。気持ちよさそう」

たまにはこんな時間も悪くないな、と独りごちれば、明石さんがくすりと笑った。

「さっき、国俊と次の約束してはりましたやん。またすぐせがまれるんやないですか?」

それもそうだなあと私も笑う。次はいつになるかな、と考えながら、蛍丸くんの頭を撫でていると、ところで、と明石さんが口を開く。

「こうして並んで寝とると、なんや家族みたいに見えへん?」
「……!」
「気付いとらんかったん? ……かわええなあ」

くつくつと、からかうような、どこか楽しそうな笑い声に、ほんのり顔が熱を持つ。秋の風でも、この熱さは冷めそうになかった。
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