海の向こう側



高校に入ってからは何かと忙しくて遠出する機会が少なかった。まして私の家から海は車で何時間、という遠い場所にあったものだから、自然と海に行くことは少なくなる。だから、久しぶりの海(しかもツナと!)にテンションが上がっていたのも事実である。



8th.海の向こう側



海に着いた後は、男子と女子に別れてそれぞれ水着に着替えることになった。京子ちゃんやハルやゆうこより早く着替え終わった私は、「パラソル立てるの手伝ってくるね!」と残して先に更衣室を出させてもらった。
男の子はやっぱり着替えるのが早くて、私が出ていったときには山本がビーチパラソルを立てていた。

「山本、手伝うよ!」
「お、みょうじかー。わり、じゃあビニールシートの方頼むわ」
「おっけー」

透明なビニールに入ったビニールシートを出して、出来る限り広げる。だけどファミリーサイズのビニールシートは私一人で広げるには少し大変だった。でかいわ、これ。

「あ?みょうじか?何してんだ?」
「ああ、獄寺。ナイスタイミング。これ広げるの手伝って」
「ちっ、何で俺が……」
「後でゆうこの昔の写真を贈呈しよう」
「よし任せろ」

ああなんて扱いやすい。向こうで山本が「俺にもくれよー」と言っていた。隣にいる獄寺だけに聞こえるように言ったのに何故。

「あれ、なまえちゃん?何してるの?」
「ツナ!今ね、ビニールシート敷くところなんだよ」
「そっか。俺も何か手伝える?」
「んー、いや、大丈夫だよ」
「…………あ、そう、なんだ……」

ふ、と一瞬陰ったツナの瞳。その意味を捕える前に、ゆうこ達の声が聞こえた。

「おまたせー!」
「着替えてきましたー!」
「武ー!隼人ー!ツナー!あとなまえも!」
「私はおまけか」

相変わらず可愛いなぁ三人とも。うん、世の男どもが放っておかないぜ。

「あれ、なまえパーカー脱がないの?」
「あー、日焼けしたら困るし」

そもそも自分の貧弱な体を人に見せるとかいう自虐プレイできるかバカヤロー。

「なまえちゃんの水着姿見たかったなぁ……」
「?……何か言った、ツナ?」
「え、ううん、何でも!」

軽く頬を染めつつ慌てるツナを見ながら、ゆうこが来た途端私の手伝いを止めてくれやがった獄寺のかわりにビニールシートとのバトルに戻る。意外に手強いビニールシート(熱でくっついていて離すのが大変だ)をなんとか広げ、山本が立てたビーチパラソルの下に敷いた。そのまま日陰きゃっほいとか思いながらビニールシートの上(日陰)に座り込む。海の方を眺めると、ライフセーバーらしき男三人が京子ちゃんとハルとゆうこに手を出しているのが見えた。こらそこ、ゆうこは強いから心配しないけど、他の二人に手ぇ出すの止めやがれ。沈めるぞコラ。

(あ、リボーン物理的に黙らせた)

てことはスイム勝負か。ツナが絶望的な表情してるけど、大丈夫、勝てるから。

「しっかり応援するね!」
「応援します!」
「ツナファイト!」
「うん!」

ここにいると、みんなの声は少し小さくなるが、聞き取ることは出来る。京子ちゃんとハルとゆうこ、そしてツナ。

(ツナが京子ちゃんを好きなのは解ってるんだよね。解ってる、けど、)

「…………キツいなぁ」

頭じゃ理解していても心は複雑らしい。ちくしょう。割り切れよ。

「帰ってきたときの為にかき氷でも買っとくか」

ただあまりにも早く行きすぎると、彼らが帰ってきたときに氷が溶けてる可能性もあるから、今はまだ買いに行かない。とすると暇なので、パラソルの下からスイム勝負を観戦することにした。山本、獄寺に続いてツナのターン(何か違う…)。動きは拙いながらも、ツナが泳いでいることに地味に一人拍手。

「ツナすごーい」
「誰か――!うちの子を助けて――!」

と、唐突に割って入る声。何事かと海を見やると、そこには浮きとはまた違うものが浮いている。……子供だ。しかも小さな女の子。
遠浅なんかじゃないこの一般的な海であの距離まで流されたら、それこそライフセーバーにでも救助を頼むべきだ。けど、肝心のライフセーバーはあのチンピラだしな。
あ、ツナが助けに行っ……沈んだー!

「ツナ!」

気付いたら、パラソルの下から抜けて駆け出していた。脇目も振らず、海岸線に駆ける。人混みを掻き分けて抜け出したとき、ゆうこに左腕を掴まれた。

「ツナ……!」
「なまえ、大丈夫だって。落ち着いて。助かるから」

ゆうこの最後の言葉は主語を抜いたものだったけれど、それが誰を指すかはちょっと考えればすぐに思い当たった。そうだ、この後リボーンが死ぬ気弾を撃つんだ。何で、忘れてたんだろう。忘れるくらい、必死になったんだろう。

「復・活!!!死ぬ気で救助活動!!!」

揺れる波の向こうからツナの叫び声が聞こえる。あぁ良かった、無事だ。



「疲れたなー」
「全く、あいつら卑怯なことしやがって」
「お疲れ、山本くん、獄寺くん」
「二人ともお疲れさまですー!」
「お疲れっ!隼人も武も格好良かったよっ!」
「ほ、本当かゆうこ!?」
「ゆうこに褒められて悪い気はしねーな」

パラソル近くで賑やかに話す山本達から少し離れて、私はツナにタオルを渡した。海水に濡れた髪はいつもよりぺしゃりと落ち着いていて、ツナが全く違った人のように見える。

「お疲れさま。女の子もツナも無事で良かったよ」
「あ、ありがとう、なまえちゃん……」

わしゃわしゃと髪を拭くツナを目の前にして、ああ、無事だったんだと今更ながらにもう一度思う。
あの時あんなに焦ったのは、恐かったからだ。ツナが居なくなるのが、恐かった。
もしかしたら私の世界はもう、ツナ無しでは廻らないのかもしれない。

「ツナ、頑張ったからかき氷奢ったげる!」
「え、なまえちゃんの、奢り?」
「うん。おーい、山本、獄寺、京子ちゃん、ハルちゃん、ゆうこ!かき氷食べよー!」
「やったなまえの奢り!?」
「お前は自分で払え」
「いやん最近なまえちゃんの愛が冷たいよドライラブだよ!」
「安心しろ、今にフローズンラブになるから」
「凍った!?」



今はまだ言葉に出来ないけれど、いつか伝えられる日が来るまで。君の隣で笑っていたい。


- ナノ -