挑戦の話


まだ日も沈まぬ夕暮れ時。普段なら夕飯の準備も佳境、って頃なんだけど、今日は全く様子が違った。
そもそも、最近はなまえちゃんが本丸に訪れない。来るといっても、携帯デバイスで簡単な指示をいくつか出しておしまい、って感じの日が続いていた。だから、直接顔を合わせたのは、もうしばらく前だ。
今日も、デバイス指示かなあ、って思いながらみんなの夕飯を作っていたら、にわかに本丸が騒がしくなった。何事かと慌てて厨から顔を出せば、他の刀たちに囲まれて、どこか気合いの入った顔つきの、なまえちゃんが居た。

「……なまえちゃんっ!?」
「! 光忠さん!」

僕に気付いたなまえちゃんが、ぱたぱたと走ってくる。その手には、政府からの書簡。まさか、なまえちゃんがこんなに早く来なくちゃならないほど、深刻な何かが起こったんじゃないかと、気が気じゃない。

「ど、どうしたの、こんな時間に? お仕事は?」
「今日の分は終わらせた、問題無い。……光忠さん」

いつもの、ふわふわとした、幼げな声色は無い。固く、何かを決めた声。一体何があったのかと、僕がこくりと喉を鳴らせば、一転、なまえちゃんは唇の端を釣り上げて、不敵に笑った。

「イベントだよ、光忠さん!」


なまえちゃんの急な帰還に、本丸中の刀が慌ただしく広間に集まる。全く、今までなかなか来なかったのに、イベントとなると手のひら返したように顔を出すんだから、と、少しばかりふてくされたような気持ちがあったことは、否定しない。なまえちゃんにも生活があるのは、分かってるんだけど。いっそこっちで一緒に暮らしてくれればいいのになあ。なんて考えていた僕の気持ちは、なまえちゃんの言葉を聞いて、どこかに吹き飛んだ。

「えーっと、今回のイベントは戦力拡充計画です。うん、知らないのは……、大典太さんとソハヤさんだけかな? えっと、政府が用意した演習場を踏破すると、特定の刀剣男士を入手できることがある、っていう、いわゆる実践演習ですね。ええ、うちはカンスト部隊も居るので問題は無いです。ただ、入手率の問題もあるので繰り返し出陣することになるんですけれど……。そうですね、良い機会ですし、大典太さんとソハヤさんもたくさん出陣してレベル上げたいですね。……えっと、違う、本題はそこじゃないです。はーい注目、今回の最終演習踏破報酬は、太鼓鐘のほうの貞ちゃんでーす」

がたたたたっ、と何人かが立ち上がる音がする。むろん僕もその一人だったけど。

「今回は演習の踏破状況に合わせて資材報酬も出るみたいなので、頑張っていきましょうー。戦力拡充計画だし、白金台よりは、楽じゃないかな、っと思ってるんだけどね」

なるほどそれなら、なまえちゃんがこんなにも早く本丸に来るわけだ。気合いが入る。今から出陣だというのなら、当番や部隊の組み直しが必要だろう。50を越える刀剣男士の声で、広間がざわつく。ふるりと震える手のひらを握りしめれば、隣に居た鶴さんが笑ったのが聞こえた。



「うわぁい戦場が変わってらぁ」
「……新しい演習場だね」

パソコンで画面を確認しながら、進軍している部隊に指示を出す。
竹藪はコースが変わっていて、新しく京都市内や延享の時代を元にした演習場が増えている。分からなくはない。貞ちゃん探すんだから分からなくは無いんだけど……っ!

「前の方がボスマスへの到達率は高かった気が……気のせいかな……」

部隊編成さえしていれば、竹藪を避けて進めたので、進軍コースがかなり絞られていた前回とは違い、太鼓鐘貞宗捜索演習と銘打たれたステージは、障害物が一切無い。賽子運に任せ、あとはひたすらゴール目指して進むのみだ。

「まあ、でも敵の強さは今までの戦力拡充計画とそう変わらないし、しっかり用意して進めば大丈夫でしょ」
「大丈夫? 本当に?」
「大丈夫大丈夫ー!」

特に今は、極になった子たちも居る。短刀たちなら、怪我をしても直りは早い。手入れ時間半減の恩恵もあるし! 進むなら今だ。

「……何よりここにはレア4短刀脇差が! 居ない! 居て高速槍! ……今のうちにがんがん行かなきゃ後で白金台で泣きを見るよ」
「うんそうだねそれは辛いね頑張ろうねなまえちゃん!」

散々苦労させられた光忠さんの、やけに実感のこもった、かつ食い気味の同意を頂いた。せっかく用意された部隊、期間いっぱい、這いずり回らせて頂こうと思う。
目指せ、太鼓鐘貞宗くんお迎え!
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