よしみの話


日は過ぎ、鍛刀キャンペーン期間も残り僅か。もう一振りのソハヤノツルキはまだ来ない。大典太さんを鍛刀出来たしソハヤさんも薬研くんが連れてきてくれないかな、と願掛けをしているのだが、なかなか振るわない。いや、これがいつもの鍛刀時間だ……大典太さんが早かっただけなんだ……!

「資材も順調に減っておりますなー」
「まあ、あれだけ回せばな。使えば減る。当然の原理だな」

遠征の回収量や、日課報酬を合計しても、消費量が上回る。回してるし仕方ないね。
薬研くんと二人、資材管理表を覗き込んで唸る。残りの鍛刀期間、依頼札・資材の所有量。ぐるぐると必要な情報が、頭の中を駆け巡る。
さてどうしたものか、と眉間にしわを寄せたところで、障子戸から顔を出した彼が、声を掛けてきた。

「……帰ったぞ」
「あ、お帰りなさい大典太さん」
「拾った資材は保管庫に入れた。これで良いんだろう」
「ああ、すまないな、旦那。……そうだなまえ」
「うん?」

レベル上げに出陣させていた大典太さんだ。他のみんながなかなかレベルが高いから、いきなりちょっと強いところに放り込まれて、初手検非違使案件とかもあったりするのが、少しばかり申し訳無い。今のところ、重傷までは行かないから、この調子で頑張って貰おう。
今回は怪我は無さそうだ。資材も運んでくれたみたいでありがとうとしか言いようがない。帰ってきたなら、休んで貰おう、と言おうとしたところで、薬研くんが口を挟んできた。

「せっかくなんだ、時間も残り少ないし、ここは一つ、縁の力に頼るって事で、同派の旦那に近侍をして貰ったらどうだ」
「大典太さんに?」
「ああ。案外、ころっと来るかもしれないぜ?」

薬研くんは人差し指を立て、名案だという風に囁く。ちらりと大典太さんの方を見れば、訝しげな視線を頂いた。……ううむ。

「……有りかも?」
「何事も挑戦だな」

薬研くんは笑うと、くるりと大典太さんの方を向いて、二の腕を軽く叩いた。

「薬研藤四郎?」
「ちょっくら近侍交代だ、旦那」
「……は?」

じゃあな、と詳しいことは何も言わず、薬研くんは爽やかに去っていった。彼にしては珍しい丸投げだ。……あれぇー……。
訳がわからない、と珍しく困惑の表情を前面に出した大典太さんを見上げて、私はふっと息を吐いた。……薬研くんは彼なりに、大典太さんと私が接する時間を作ってくれたのかもしれない。そう思うことにしておこう。

「大典太さん、とりあえず座って貰って良いかな。急にごめんね」
「……いや」

言いあぐねて、口を噤む大典太さん。言葉を探す彼をじっと見ていると、大典太さんはしぶしぶと座りながら、居心地悪そうに独りごちた。

「置物の新入りを近侍になど、何を考えているんだ……」
「まあそう言わずに。少なくとも私も薬研くんも、大典太さんを置物の新入り、なんて思ってないから任せるんだよ」
「……はあ。物好きだな、あんた」

ますます理解が出来ない、と言うようにため息をつかれた。む。
全く合わない視線が、少しばかり辛い。が、急かしても意味がない。取り急ぎ、必要なことを伝えてしまおう。

「物好き結構。審神者だからね。……さて、大典太さんの近侍最初の仕事はお風呂に入ることです」
「……は?」

素っ頓狂な指示に、大典太さんも思わず目を見開いて私を見た。こんなに早く彼と目を合わせられるとは思わなかった。思わぬ収穫。

「出陣帰りでしょう? まずお風呂に入って、汚れと疲れを取って、上がってくる頃にはお昼時だね。お昼ご飯食べて、少し休憩したら、鍛刀を行います。大丈夫かな?」
「……ああ、そういうことか」

紛らわしい言い方を、と零す彼に、ごめんね、と謝る。でもうちは出陣から帰ったらお風呂は近侍隊長隊員関係無く必須だからね! あとご飯に戦場の汚れは持ち込まない!

「別段、近侍だからって構えることはないよ。いつも通りの生活に、ちょっと私と一緒に居る時間が増えるくらいだから」
「……くらい、か」
「?」
「いや。……風呂だったな。行ってくる」
「あ、うん。行ってらっしゃい」

立ち上がり、部屋を後にする大典太さんを見送った。重たげな黒髪が、ゆっくりと遠ざかる。今度は前田くんも誘ってもう少し長く話がしたい、かな。


今日は全員揃ってお昼を食べ、少しばかり休憩時間を取った後、大典太さんを連れて鍛錬場へ向かう。気付けば後ろを歩いていたはずの大典太さんが隣に居たり少し前を歩いているの、コンパスの差が如実に出て大変悔しいです。くっ、身長が欲しい。

「……ここの連中は」
「?」
「新入りが、いきなり近侍に付いても、異を唱えないんだな」

道中、大典太さんがぽつりと呟いた。独り言のようだが、どこか答えを欲しているようにも聞こえる。高いところにある二つの目が、私を一瞬見下ろした。
先ほど、昼食時間に大典太さんに近侍を任せるってみんなに伝えたときも、割とすんなり受け入れられていた。むしろ歌仙さんなんかは「迷惑を掛けるね」、なんて苦笑してた。ちょっと異を唱えたい。

「主人の傍に、見知らぬ刀を置くなど、恐ろしくないのか」
「恐ろしい、か。考えたこともなかったなあ」
「は?」

本気か、という声色の大典太さんに、だってと私は返す。

「縁あって、私の本丸に来てくれたんだから、そこに悪意はないって、勝手に思い込んでたのかも」

あっけらかんと言う私に、大典太さんは大きくため息をついた。

「……あんた」
「うん?」
「いや。……箱入りと蔵入りで似合いかもな」
「?」

ふ、と零れた息。見上げる形だったので、もしかしたら気のせいかもしれないけれど、口元が少しだけ緩んだように見えたのは、少しでも心を開いてくれたと思って良いのかな。


「成る程、同じ刀派なら鍛刀出来るかも知れない、と」
「浅知恵でごめんねー。藁にもすがる思いというか」

どこぞで一期一振に鍛刀を任せたら粟田口しか来ない! って見かけたので、ワンチャンあるかもしれないとは思う。可能性は無くはない……!

「眉唾だろう」
「わっかんないよー? 薬研くんだって、袖振り合うも多生の縁、って言ってたしね」

三池光世の鍛冶場が、自身の現世の居住地から近いって話してたら、大典太さんが来た訳だし、と言うと、少しばかり間を置いて、そうなのか、と返ってきた。

「……近いのか」
「? うん、まあ、長谷部さんや日本号さんが居る場所よりは、三池の鍛冶場の方が近いかな」
「そうか」

返事をして、大典太さんは資材を式神さんに渡していく。鍛刀時間は3時間を越えるものは無い。

「……期待されたところ悪いが、蔵に封印されていたんだ、こんなものだろう」
「いやいや、大典太さんのせいじゃないって」

こっちが勝手にお願いしている訳だし、そもそも今回は大典太さんが来てくれただけでも十分驚きだ。てっきり鍛刀には縁がないと思っていたし。
だけどやっぱり、大典太さんに任せたら、何か縁の力が働きそうだなぁ、と思うのもまたある。強い霊力がある、と言われているし、ソハヤノツルキは同じ三池派だ。

「そうだ、せっかくだし富士札使おう」
「……それ、貴重な物じゃないのか」
「使わなきゃただの紙だし使ってもただの紙だけどね! まあこれも縁を引っ張る一つの要素、ってことで」

霊力ブースト的な力があるかもしれないし、と冗談交じりに言えば、大典太さんはふっと息を吐いた。……笑った、のかな?

「まあ、あんたが使うというなら、使ってみるか」
「……よろしくお願いしまーす!」

資材と富士札を一緒に大典太さんに渡して、彼から式神さんに渡して貰う。かたかた動いた掲示板の数字は、4時間。

「……4時間っ!?」
「……初めて見る時間だな」

……うんよし落ち着け。だからレシピは太刀だ。三日月さんの可能性もある小狐丸の可能性もある。大典太さん二振り目の可能性もある。うん。よし。

「手伝い札!」
「迷いがないな……」

ばんっ、と叩きつける。みるみる数字は0に近づき、差し出された刀は、……やはり、見覚えがない。

「……」
「……顕現、しないのか」
「はっ」

大典太さんの言葉に慌てて、目の前の鞘に触れれば、ぶわりと桜が舞い上がる。その刀を手に現れたのは。

「ソハヤノツルキ ウツスナリ……。坂上宝剣の写しだ。よろしく頼むぜ」

隣に立つ、大典太さんと揃いの制服。跳ねる明るい毛色の髪に、不思議な纏い方をした防具。

「あんたが主か?」
「……あっ、はいそうです! 私です!」
「だよな、そっちは俺の兄弟だ」

くつくつと笑うソハヤさんに、私もふと肩の力が抜ける。

「……縁って、本当にあるなあ」
「ああ、あるみたいだな」
「?」

笑顔から一転、きょとんと首を傾げるソハヤさんに、私は笑った。少し上の方から聞こえた、喉の鳴る音は、きっと大典太さんの、分かりづらい笑い声だ。
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